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第一章

君と友だちに

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 銀色の髪の少年と友達になる! と決意したものの、何をどうすれば友達になれるのか。
 うんうんと悩んだあげく、私はある作戦に出た。

 まずお世話になっている親戚の家で、せっせとお掃除のお手伝いをするようになった。やり方さえ教われば、ひとりでもできるところがいい。伯母さんが掃除を嫌がる納戸の掃除や庭の草むしりなども積極的に行い、わずかずつだけれど、伯父さんからお小遣いをもらえるようになった。

 泣いて落ち込んでばかりだった私が積極的に動くようになったから、伯父さんたちも安心したのだろう。お手伝いをするようなると、伯母さんの笑顔も少し増えるようになり、私も過ごしやすくなった。
 そうして貯めたお小遣いを握りしめ、私はとある場所に向かい、無事に目的の品を手に入れたのだった。

 水ノ森神社は到着すると、今日も穏やかで清らかな空気が私を出迎えてくれた。
 湖の辺りをきょろきょろ見渡すと、木々の間に銀色の髪の少年がいる。にらむような視線で、ぎろりと私を見ていた。
 少年が私を見ていることを確認すると、愛用のリュックの中からお小遣いで購入したものを取り出した。それは、当時の私の大好きだったお菓子『ちょこぼぅる』だ。親指の爪ぐらいの小さなチョコレート菓子が、シガレットケースのような小箱に入っていて、箱のデザインと共に子供に人気があった。他に駄菓子などを数点取りだし、銀色の髪の少年に見せつけるように食べ始めた。

 当時の私が考えた『銀色の髪の少年と友達になる作戦』。それは少年に美味しいおやつを見せつけ、彼が興味を示したら、わけ与えて一緒に食べること、だった。
 なんとも子供らしい考えだけれど、その時はそれが最良の方法だと思ったのだ。
 かくして少年の視線をちらちらと確認しながら、ちょこぼぅるを次々口に放り込み、「あーおいしー」とわざとらしく叫んだ。
 しばらくすると、銀色の髪の少年が不思議そうな顔で私を見ていることに気付いた。頭をかしげながら、身を乗り出すように見ている。
 よしよし、もう少しだ。

「あーちょこぼぅるはおいしいな~。このおいしさをおいしさとだれかと話したいな~」

 やがて銀色の髪の少年が、私のすぐ近くまでやってきた。
 うんうん、狙い通りだ。
 お菓子あげるよ、一緒に食べよう! そう誘おうと口を開けた時だった。

「おまえ、それ鹿かうさぎの『ふん』だろ? そんなもの美味そうに食べるなんて、アタマ大丈夫か?」

 一瞬、なんのことか全くわからなかった。この少年はいったい、何を話してるの?

「ふ、ふん? え、え? 鹿かうさぎの、うんちのこと?」
「さっきからおまえが口に入れてるの、そうだろ?」

 ようやく意味を理解した。なんと彼は、『ちょこぼぅる』を鹿かうさぎのふんと思ったのだ。

「ち、ちがう、 ぜーんぜんちがう!! これはお菓子! チョコなの、ちょこぼぅるなの!」
「ちょこぼぅる?」
「ほら、クッキーみたいな生地にチョコをかけて丸めてあって。そりゃ、見た目は似てるような……ち、ちがう。とにかくこれは私の大好きなお菓子なの!」

 少年のありえない勘違いに混乱した私は、半べそになりながら説明した。

「ふぅん、おいしいの?」
「美味しいよ! すごく!」
「ふぅん……」

 少年は興味津々といった様子で、ちょこぼぅるを見つめている。きっかけはどうあれ、銀色の髪の少年はお菓子が気になるようだ。

「欲しかったらあげるよ。もうひとつあるから。それでよかったらね、一緒に食べない?」

 涙をため込んだような青い瞳が、澄みきった空みたいに輝いた。

「どうしても、って言うなら食べてやってもいいぞ。ちょこぼぅるを」

 少々偉そうだなところが気になるが、とりあえず目的は達成できそうだ。

「じゃあ、あげるから座って」
「ん」
 
とんでもない勘違いはあったけど、作戦は上手くいったと思っておこう。
 私と銀色の髪の少年は少し離れたところに座った。まだ少し警戒してるのは感じるけど、仲良くなるのはこれからだ。
 それでもちょこぼぅるが気になって仕方ないようで、顔だけはそわそわとこちらを見ている。

 人が怖くてたまらない、でもおやつは欲しい、という状態のわんこみたいだ。きっとすごく怖い体験をしたことがあるんだ。なら、無理に近づこうとせず、ゆっくりいこう。

 銀色の髪の少年の様子を見て、無理強いはしないと決めた私は、ちょこぼぅるをどうやってあげるか考えた。最初の予定では手渡しするつもりだったけれど、彼の警戒心を思うと難しそうだ。ちょこぼぅるの小箱は2つある。少しもったいないけど、もう一箱は彼にあげよう。またお掃除いっぱいして、お小遣いを貯めればいいんだもの。

「ねぇ、投げるから受け取って。いい?」
「え? う、うん」

 驚きつつも、私をしっかり見つめていることを確認すると、ちょこぼぅるの小箱を彼に投げつけた。両手をのばしてしっかり受け取った少年は、嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう!」

 へぇ、お礼は言えるんだ。それならきっと、悪い子じゃない。

「それ、全部あげる」
「本当に? いいの?」
「うん。一緒に食べたくて持ってきたから」

 銀色の髪の少年は、少し驚いたような顔をした。

「あのさ、これどうやって開けるの? 初めて見るからわからないんだ」
「見たことないの? ちょこぼぅる。人気のお菓子だよ?」
「人の世界には近づかないようにしてたから」

 だからちょこぼぅるを、『鹿のふん』だなんて言ったのね。
 やっと納得できた気がした私は、少年に小箱の開け方を説明した。一度の説明で理解した少年は小箱を開け、ちょこぼぅるをそっと手に取り出した。おそるおそる口に入れ、かりかりと音を立てながら、ゆっくり食べていく。

「美味しい!」

 銀色の髪の少年の顔が、一気に輝いた。

「でしょ? 私がこの世で二番目に好きなお菓子なの」
「二番目ってことは、もっと美味しいものがあるのか?」
「一番目は私のお母さんが作ってくれたクッキー。チョコチップが入っててすごく美味しいの! ……もう食べられないけどね」
「なんで?」
「お母さんとお父さん、もう会えないもの……」

 「死んでしまった」とは、なぜか言いたくなかった。
 銀色の髪の少年の目を見ていたら、つい余計なことまで話してしまった。

「そうなんだ……それは辛いな。ぼくも母様には、もう会えないから」
「そうなの? お父さんは?」
「いるけど、最近はほとんど会ってくれない。忙しいんだって。今は父様とは別の場所で暮らしてる」
「一緒だ……。私もね、親戚の家にひき取られて、ここにいるの」

 驚いたことに、彼とは似たような境遇だったらしい。
 銀色の髪の少年と仲良くなりたい。今度は意地ではなく、心からそう思った。

「あのさ、『ちょこぼぅる』のお礼に、明日はぼくからもいいものあげるよ。だからさ、その……あの……」

 少年は頬を赤く染め、口をもごもごと動かしている。どうやら彼も、私と同じ気持ちだったようだ。

「一緒に遊ばない?」

 私から言うと、銀色の髪の少年が、はにかむように笑った。

「うん! 遊ぼう!」
「私の名前は、秋山 楓。あなたは?」
「ぼくは信!」

 こうして、私と銀色の髪の少年信は、友達となったのだった。
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