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第一章
哀しき最後
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見張りの男が居眠りしている隙に、ハナさんは息子を外に逃した。幼い子がかろうじて体をねじ込める程度の小窓で、そこから必死に外に出たのだ。
『さぁ、行きなさい、信。決して振り返ってはいけないよ』
『おかーたま、かならず、おとーたまをつれてきます』
幼くとも、決意を込めた眼差しにハナさんはかすかに微笑んだ。
『おまえならできると、母様も信じてます。気付かれる前に行きなさい』
『はい』
軽く手を振り、誇らしげに走り出す。
明け方のほのかな光が頼りだ。途中何度も転びながら、ただひたすらに道を駆ける。母の危機を父に知らせるために。
ようやく水ノ森神社の湖に着いた頃には、朝日が湖を照らし、希望の光のように輝いていた。息を切らしながら、湖に体を浸し、父である水神を呼ぶ。
『とーたま! おとうさま! おかあたまを助けて!』
手を合わせ祈りながら父を呼び続けると、遠い空から一匹の龍が飛んでくるのが見える。瞬く間に湖に着くと、身を翻すように体をくねらせ、人の姿へと変幻した。
『どうした、信。いったい何があったのだ?』
人になった水神が信さんの側まで来ると、信さんはこぼれ落ちる涙を手で拭いとりながら、懸命に父に伝える。
息子の話を聞いた水神の顔は、一気に険しくなっていく。
『事情はわかった。信、おまえは湖の中で待っていなさい。追手が来ても、湖の中なら安全だ』
水神は信さんを抱きかかえ、湖に飛び込んだ。幼い息子を透明な球体の結界で守りながら、湖の底へとたどり着く。
『ここで待っていなさい。いいね?』
信さんがうなずいた時だった。
『待て。湖面に人の声が聞こえる』
水神と信さんの間に緊張が走った。
水神は幼い息子を守るように、しっかりと抱きしめた。湖面辺りにいると思われる人間の動きを、注意深く見つめている。
しばらくすると、『せーの!』というかけ声と共に、何か大きなものが投げ込まれた。どぷんという水音と共にゆっくりと、力なく沈んでいく存在。それは、水神の花嫁であるハナさんだった。
『ハナ!』
水神は信さんを抱きかかえたまま、ハナさんの側まで急ぎ向かった。そっと抱くと、ぐったりとしたハナさんの体がピクリと動いた。細い手首から、止めどなく血が流れている。水を赤く染めるたび、ハナさんの命が少しずつ失われていくのがわかった。
『ハナ、しっかりせよ! もう大丈夫だ』
『最後に、お会いできて、嬉しゅうござい、ました……』
『そのようなことを申すな。ハナ、わたしと共に生きるのだろう?』
青白い顔になったハナさんは静かに頭を振り、悲しげに微笑んだ。
『お別れで、ございます……』
『ハナ!』
『かーたま、おかーたま!』
幼い信さんも何かを悟ったのだろう、母の体にしがみつく。
水神はハナさんを抱え込むように、深く抱いた。水神の耳元にささやくように、最後の力をふりしぼるように何かを語りかけると、その身はかくりと力を失った。
『ハナ、ハナ!』
『かーさま!』
水神と信さんがどれだけ声をかけても、ハナさんの目は二度と開くことはなかった。
『ハナ、すまぬ。おまえを守ってやれなんだ……』
『かあさま、目を開けてぇ』
妻を、母を求める声が、水の中でも響いてくる。
嘆き悲しむ水神と幼い信さんが、哀れでならなかった。
再び、湖面から人の声がする。村の人々だ。
『水神様、ハナの命を捧げましたので、どうぞ村をお守りくだされ』
『水神様、水神様、お頼みもうす……どうかうちの子が、ちゃんとメシを食えますように』
手を合わせてお参りをすると、満足したように湖を去っていってしまった。
ハナさんの命を勝手に奪ったのに、なんであんなことをお願いできるのだろう?
そう思ったのは、私だけではなかった。
泣き続けていた水神が、ゆっくり顔をあげた。その顔はぞっとするほど、憤怒に満ちていた。
『人よ、人間よ。なぜ己のことしか考えられぬ。そなたたちが生贄と称して勝手にハナをおくりつけても、わたしはハナを妻として大切にしてきた。それなのに、今度はわたしから、幼い息子から、ハナを奪うのか。わたしが守ろうとしてきた人間は、そこまで自分勝手で心が狭い生き物だったのか。わたしは、わたしは……!!』
悲しき叫び声をあげた水神は、その身を一気に龍へと戻し、ハナさんの亡骸と幼い信さんをそっと地上に置くと、天高く飛んでいく。その姿が見えなくなると、やがて恐ろしいほどの雨雲が村の上に集まってきた。
その後、ハナさんの命を奪った村の付近にだけ大雨が降り続け、地を揺るがすような雷鳴が響くようになった。雨と雷は八日間続き、村の人たちは水神の祟りと怖れ慄いた。
雨と雷が止むと、村の人は祟り神がいる地には住めぬと生まれ育った場所を捨て、他の地へ移り住んでいってしまった。
雷鳴と雨が、水神の嘆きと涙と気付く人間はいなかった。
雨と雷が村に鳴り響く最中、水神は冷たくなってしまったハナさんと息子を、自らが作り出した神域へ連れて帰った。
幼い信さんは母の体にすがり付き、いつまでも泣いている。父である水神は、何をどう息子に言えばいいのかわからないといった様子で、そばで見守ることしかできなかったようだ。
泣き続ける信さんに、ある異変が起きた。
ハナさんと同じ、艶のある黒い髪と瞳が、少しずつ変化していく。涙と共に黒色がながれ落ちていき、父と同じ銀色の髪と、涙をため込んだような青い瞳へと変わっていったのだ。涙と共に徐々に変幻していく様子は、切なくなるほど美しい。
『かあさま、ぼく、とうさまと同じになりました。どう見ても、人の子ではないでしょ? だからもう、ぼくが神の子ではないと人間に疑われたりしません。かあさま、ぼくのせいです、ごめんなさい……』
信さんもまた、父と同じように母を守れなかったことを悔いていたのだ。
その悲しみと後悔は、彼の神の子としての力を芽生えさせ、姿を変えさせてしまうほどのものだった。
涙が枯れ果てた頃には、とても人とは思えない、神秘的な美しさをもつ少年へと生まれ変わっていた。
彼の絶望と悲しみを、私は知っている。信さんのように姿を変えることなどできなかったけれど、そうなってしまうのも理解できる気がした。
神と人との婚姻とはいえ、あれほど幸せだった家族が、こんなふうに壊れていったなんて。
もう抑えることができない。涙がほろほろと、頬を流れ落ちていくのを止められなかった。
「信さん、ごめんね。私が泣いたってどうにもならないのに、涙が止まらないの。こめんなさい……」
顔を抑えて泣く私を、信さんが優しく抱きしめてくれた。
「泣くな、楓。おまえが泣くと、私も辛い。なぜなら、楓との出会いが、わたしに新たな希望を与えてくれたのだから──」
『さぁ、行きなさい、信。決して振り返ってはいけないよ』
『おかーたま、かならず、おとーたまをつれてきます』
幼くとも、決意を込めた眼差しにハナさんはかすかに微笑んだ。
『おまえならできると、母様も信じてます。気付かれる前に行きなさい』
『はい』
軽く手を振り、誇らしげに走り出す。
明け方のほのかな光が頼りだ。途中何度も転びながら、ただひたすらに道を駆ける。母の危機を父に知らせるために。
ようやく水ノ森神社の湖に着いた頃には、朝日が湖を照らし、希望の光のように輝いていた。息を切らしながら、湖に体を浸し、父である水神を呼ぶ。
『とーたま! おとうさま! おかあたまを助けて!』
手を合わせ祈りながら父を呼び続けると、遠い空から一匹の龍が飛んでくるのが見える。瞬く間に湖に着くと、身を翻すように体をくねらせ、人の姿へと変幻した。
『どうした、信。いったい何があったのだ?』
人になった水神が信さんの側まで来ると、信さんはこぼれ落ちる涙を手で拭いとりながら、懸命に父に伝える。
息子の話を聞いた水神の顔は、一気に険しくなっていく。
『事情はわかった。信、おまえは湖の中で待っていなさい。追手が来ても、湖の中なら安全だ』
水神は信さんを抱きかかえ、湖に飛び込んだ。幼い息子を透明な球体の結界で守りながら、湖の底へとたどり着く。
『ここで待っていなさい。いいね?』
信さんがうなずいた時だった。
『待て。湖面に人の声が聞こえる』
水神と信さんの間に緊張が走った。
水神は幼い息子を守るように、しっかりと抱きしめた。湖面辺りにいると思われる人間の動きを、注意深く見つめている。
しばらくすると、『せーの!』というかけ声と共に、何か大きなものが投げ込まれた。どぷんという水音と共にゆっくりと、力なく沈んでいく存在。それは、水神の花嫁であるハナさんだった。
『ハナ!』
水神は信さんを抱きかかえたまま、ハナさんの側まで急ぎ向かった。そっと抱くと、ぐったりとしたハナさんの体がピクリと動いた。細い手首から、止めどなく血が流れている。水を赤く染めるたび、ハナさんの命が少しずつ失われていくのがわかった。
『ハナ、しっかりせよ! もう大丈夫だ』
『最後に、お会いできて、嬉しゅうござい、ました……』
『そのようなことを申すな。ハナ、わたしと共に生きるのだろう?』
青白い顔になったハナさんは静かに頭を振り、悲しげに微笑んだ。
『お別れで、ございます……』
『ハナ!』
『かーたま、おかーたま!』
幼い信さんも何かを悟ったのだろう、母の体にしがみつく。
水神はハナさんを抱え込むように、深く抱いた。水神の耳元にささやくように、最後の力をふりしぼるように何かを語りかけると、その身はかくりと力を失った。
『ハナ、ハナ!』
『かーさま!』
水神と信さんがどれだけ声をかけても、ハナさんの目は二度と開くことはなかった。
『ハナ、すまぬ。おまえを守ってやれなんだ……』
『かあさま、目を開けてぇ』
妻を、母を求める声が、水の中でも響いてくる。
嘆き悲しむ水神と幼い信さんが、哀れでならなかった。
再び、湖面から人の声がする。村の人々だ。
『水神様、ハナの命を捧げましたので、どうぞ村をお守りくだされ』
『水神様、水神様、お頼みもうす……どうかうちの子が、ちゃんとメシを食えますように』
手を合わせてお参りをすると、満足したように湖を去っていってしまった。
ハナさんの命を勝手に奪ったのに、なんであんなことをお願いできるのだろう?
そう思ったのは、私だけではなかった。
泣き続けていた水神が、ゆっくり顔をあげた。その顔はぞっとするほど、憤怒に満ちていた。
『人よ、人間よ。なぜ己のことしか考えられぬ。そなたたちが生贄と称して勝手にハナをおくりつけても、わたしはハナを妻として大切にしてきた。それなのに、今度はわたしから、幼い息子から、ハナを奪うのか。わたしが守ろうとしてきた人間は、そこまで自分勝手で心が狭い生き物だったのか。わたしは、わたしは……!!』
悲しき叫び声をあげた水神は、その身を一気に龍へと戻し、ハナさんの亡骸と幼い信さんをそっと地上に置くと、天高く飛んでいく。その姿が見えなくなると、やがて恐ろしいほどの雨雲が村の上に集まってきた。
その後、ハナさんの命を奪った村の付近にだけ大雨が降り続け、地を揺るがすような雷鳴が響くようになった。雨と雷は八日間続き、村の人たちは水神の祟りと怖れ慄いた。
雨と雷が止むと、村の人は祟り神がいる地には住めぬと生まれ育った場所を捨て、他の地へ移り住んでいってしまった。
雷鳴と雨が、水神の嘆きと涙と気付く人間はいなかった。
雨と雷が村に鳴り響く最中、水神は冷たくなってしまったハナさんと息子を、自らが作り出した神域へ連れて帰った。
幼い信さんは母の体にすがり付き、いつまでも泣いている。父である水神は、何をどう息子に言えばいいのかわからないといった様子で、そばで見守ることしかできなかったようだ。
泣き続ける信さんに、ある異変が起きた。
ハナさんと同じ、艶のある黒い髪と瞳が、少しずつ変化していく。涙と共に黒色がながれ落ちていき、父と同じ銀色の髪と、涙をため込んだような青い瞳へと変わっていったのだ。涙と共に徐々に変幻していく様子は、切なくなるほど美しい。
『かあさま、ぼく、とうさまと同じになりました。どう見ても、人の子ではないでしょ? だからもう、ぼくが神の子ではないと人間に疑われたりしません。かあさま、ぼくのせいです、ごめんなさい……』
信さんもまた、父と同じように母を守れなかったことを悔いていたのだ。
その悲しみと後悔は、彼の神の子としての力を芽生えさせ、姿を変えさせてしまうほどのものだった。
涙が枯れ果てた頃には、とても人とは思えない、神秘的な美しさをもつ少年へと生まれ変わっていた。
彼の絶望と悲しみを、私は知っている。信さんのように姿を変えることなどできなかったけれど、そうなってしまうのも理解できる気がした。
神と人との婚姻とはいえ、あれほど幸せだった家族が、こんなふうに壊れていったなんて。
もう抑えることができない。涙がほろほろと、頬を流れ落ちていくのを止められなかった。
「信さん、ごめんね。私が泣いたってどうにもならないのに、涙が止まらないの。こめんなさい……」
顔を抑えて泣く私を、信さんが優しく抱きしめてくれた。
「泣くな、楓。おまえが泣くと、私も辛い。なぜなら、楓との出会いが、わたしに新たな希望を与えてくれたのだから──」
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