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第一章

ハナの気高き心

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 村人に捕らえられ、連れて行かれたハナさん親子は納屋に閉じ込められた。

 不安そうに身を寄せ合うハナさんと幼い信さんが気の毒で見ていられない。
 でも信さんの言う通り、今の私たちには何もできない。彼にとって辛い過去の記憶を、水鏡を通して見せてくれるのは、私に知ってほしいからだ。ならば、辛くともしっかり見届けよう。
 覚悟を決めた私は、水鏡をしっかりと見据えた。

 ハナさんは体をひきずるように納屋の壁にずりより、隙間から外を確認している。立ち上がろうとするが、足がよろけて立ち上がることができない。男たちに叩かれたときに、足を痛めてしまったのかもしれない。痛みに耐えながら、村人の声に耳を傾ける。

 納屋の外では村人たちが、ハナさん親子をどうするか相談しているようだ。

『あの女の両親が死んでから、村で世話をしてやった。その恩を忘れ、生贄から逃げやがって。許せねぇ』
『水神様がお怒りで、作物が育たねぇ。ああ、腹が立つ』
『ちょっと見ておくれよ、ハナがつけてたかんざしを。高級品だよ、こんなもんつけて優雅に暮らしてやがったんだ。あたしたちが飢えてたってのに』

 人々の鬱々うつうつとした感情が、ぬるりとした影となって、彼らをつつみこんでいる。
 生活の苦しさを全て、ハナさんにぶつけているようだ。どの人の目も血走り、病んだ顔つきをしている。なんとも異様な光景だ。幸せそうに暮らしていたハナさんを、妬む気持もあるのだろうか。

『|長! ハナをどうしますか』
『ハナには本来のお役目を思い出してもらうまでだ。だが、むやみに傷をつけるでないぞ。ハナの美しさを保ったまま、今後こそ確実に水神様に捧げるのだ』

 村人たちが一斉に歓声をあげた。

村人たちの声を聞いてしまったハナさんの顔が、一気に青ざめる。しばし考え込んだハナさんは、何かを決意したように顔をあげた。
 幼い信さんの側にずりよっていくと、手の縄に噛み付いた。

『かーたま、なにしてるの?』
『いい子だからじっとしていて、信』

 信さんは言われた通り、おとなしくしている。
 口から血を滴らせながら、ハナさんは信さんの縄を歯で噛み切った。

『信、どこも怪我はしてない? 動ける?』
『うん、ぼく、うごけるよ。どこもいたくない』
『良かった……。信、よくお聞きなさい』
『はい、かーたま』

 自由になった体で、ちょこんとハナさんの目の前で正座した。その愛らしさに目を細めながら、ハナさんは話し始める。

『信、明日の朝までにここから逃げなさい。水ノ森神社の湖まで行って、体を水に浸してお父様を呼べなさい。そうしたらお父様が気づいてくれるから』
『かーたまは? いっしょにいくでしょ?』
『母様は行けません』
『どして?』

 きょとんと頭を傾ける信さんに、愛おしそうに寄り添いながら、ハナさんははらはらとなみだをこぼす。

『母様はね、足が痛くて歩けません。だから、母様はここに残って、村の人たちと話し合います』
『ぼくものこる!』

 幼い信さんは駄々をこね、ぶんぶんと頭をふる。ハナさんは幼い我が子を言い聞かせるように、優しく語り始めた。

『信、おまえの名前はね、母様がつけました。なぜだかわかる? どんな時でも希望を信じてほしいからよ。母様も信じる心を忘れなかったから、お父様に出会えました。生きている限り、いろんなことがおこるけれど、信じる心を忘れないでほしい。たとえそれで傷つくことがあったとしても』

 信さんは母であるハナさんの顔を、じぃっと見つめている。言葉の意味を、幼いながらも理解しようとしているのだろう。

『お父様にお知らせする大事なお役目、やってくれるね?』
 
 信さんは悲しそうなうつむいていたが、やがて顔をあげ、こくりと力強くうなずいた。

『いい子ね、信。母様はうれしいわ』
 
 ハナさんは切なげに微笑んだ。
 それは私が見てきたどんな微笑みよりも尊く、美しかった。
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