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第一章

村人の疑心暗鬼

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 村の長が数人の男たちを従え、ハナさん親子が暮らす住まいへやってきた。
 ハナさんは始め笑顔で出迎えたが、長たちが険しい顔をしていることにすぐ気付いたようで、不安そうな顔をしている。

『お久しぶりです、村長様』
『ハナ、なぜおまえは、ここにおるのだ?』 

 ろくに挨拶もせず、険しい顔でハナさんを問いただす村長だった。 
        
『なぜと申されましても……。ここで夫である水神様の帰りを待っているのです』
『偽りを言うでない!』

 突如声を荒げる村長に、ハナさんの華奢な体がびくりと震えた。脇で遊んでいた幼い信さんも驚いて、母であるハナさんにしがみつく。
 
『湖に身を捧げた後、不覚にも水面にあがってきてしまうこともあろうな。それは仕方ない。しかしその時は村に帰ってきて、村のものに子細しさいを話して詫びるべきだろう。ハナ、責務から逃れるつもりだったか?』

 どうやら村長は、ハナさんがその身を湖に捧げた後、勝手に逃げ出したと思っているようだ。

『村長様、それは違います。私は湖に沈んだ後、水神様に助けていただきました。そして、あの方に花嫁として迎えていただきました。逃げてなどおりませぬ』
『ならば傍らにいる子は、誰の子だと言うのだ? おまえによく似た顔立ちで、髪も目も黒く、なんら人の子とかわらぬ。神の子であるはずがない』
『信は私に似たのです。この子は水神様の子です』

 ハナさんは嘘なんてひとつも言ってない。
 それなのに、村長たちはハナさんの言葉を全く信じようとしない。
 どうしてなの?

『水神様はおまえの身体を喰らい、怒りをしずめられたはずだった。それなのにおまえときら、責務から逃げ出しただけでなく、見ず知らずの男と子をした。しかも、その子を水神様の子とかたるとは。なんと恐ろしい女か。おかげで雨は降っても、害虫のせいで作物が育たぬ。全ては神を恐れぬおまえのせいだ!』

 なぜ村長たちが、ハナさんを責め立てるのか気づいてしまった。村の作物が育たない理由を、全てハナさんのせいにしているのだ。よく見れば、村長をはじめ男たちの目はくぼみ、どことなく病んだ顔付きをしている。飢えていて、正常な判断ができなくなっているのかもしれない。

『どうか信じて下さいませ、この子は、信は水神様のです!』
『では証しを見せよ。ハナがまことに水神様の嫁で、傍らの子は水神様の子だという証しを!』
『そ、そのような証しだと何も……』
『そうであろうな、全ては偽りなのだからな。おまえたち、ハナを村に連れていけ。皆と話し合い、処罰を決める』

 ハナさんの顔から血の気が消え失せ、咄嗟とっさに幼い信さんを抱きしめた。
 信さんを手放さそうとしないハナさんを、男たちは容赦なく叩きつけ、引き離そうとする。ハナさんは必死に信さんを抱きかかえ、幼い我が子を守っている。幼い信さんには、泣きじゃくることしかできなかった。

『かまわん、二人とも連れていけ』
『へぇ!』

 病んだ顔つきの男たちは、あっという間にハナさんと信さんを縄で縛り付けてしまった。哀れなハナさんは、気を失ってしまったようだった。

『かぁーたま、かぁーさま!』

 幼い信さんは倒れた母の側にいこうと、泣き続ける。

『村が飢えて苦しんでいたってのに、この女は恩を忘れ、幸せそうに暮らしてやがった。許せねぇだ』
『上等なころもを着やがって。親子の衣を脱がして売っぱらってしまうだ! その金で、うちの子にメシを食わせてやりてぇ』

 どこか嬉々とした顔で、ハナさんを罵倒する男たちが恐ろしかった。
 全ては村の者たちの勝手な思い込みと、責任転嫁をしているだけなのに。

 村の者たちはハナさん親子を抱えあげ、連れて行ってしまった。

「信さん、こんなのあんまりだわ!」
「楓、これは昔の話なのだ。今のわたしたちには何もできん」

 信さんは辛そうな表情をごまかすように笑い、私を気遣ってくれた。

 何もできない歯がゆさに唇を噛みしめながら、不条理な光景を見守ることしかできなかった。

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