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第一章
しあわせな時間
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水神の加護がある神域で、ハナさんと水神は仲睦まじく暮らした。そこは湖を通した先にある異界の場所で、水神の加護がある者以外は決して入ることができないそうだ。
立派なお屋敷もあり、ハナさんは何不自由なく暮らしていた。
水神は神としての務めがあるため、時々龍の姿に戻って飛び立っていくが、何日かするとハナさんが待つ神域に戻ってくる。その暮らしは、人間の夫婦となんら変わりなかった。
幸せそうなハナさんの笑顔は見ているだけで心が和む。きっと水神も、同じ思いだったのだろう。
ほどなくして、ハナさんは妊娠した。彼女が子を授かったことを誰より喜んだのは、他ならぬ水神だった。
『わたしの子が生まれるのか。ああ、なんという喜びだろう?』
『水神様、子はまだ授かったばかり。産まれるのはまだ先でございます』
『そうか、そうであった』
神とはいえ、父となるのは嬉しいようだ。人間のように喜ぶ姿は、見ている私も幸せな気分になれる。信さんも同じ気持ちのようで、微笑みながら父親を見つめていた。
「ハナさんのお腹にいるのが、信さんなのね?」
「そうだ。わたしは父と母に望まれて生まれてきたのだ、そうなのだ」
信さんは改めて確認するかのように呟いた。少し不思議に思いながらも、水鏡に視線を戻す。
妊娠がわかった数カ月後、ハナさんの様子がおかしい。初めての妊娠に不安になり、情緒不安定に陥ったのか、突然ほろほろと涙をこぼすハナさんだった。つわりも酷いようで、常に青白い顔をしている。水神もどうしていいのかわからない、といった様子で、おろおろするばかりだ。
『ハナ、いったいどうしたのだ? 腹が痛むのか? 食べ物が合わぬのか? おまえが欲しいものなら何でも用意してやるぞ』
『水神様、お願いがございます。私は地上に戻りたいのです。体が冷えてたまりませぬ、お日様が恋しい。子が産まれるまで、どうか私を地上に戻して下さいませ』
『そうか、辛いか。わかった、地上におまえが暮らせる場所を用意しよう』
こうしてハナさんは、神域から地上へと戻ってきた。
親交のあったあやかしたちに頼み、水神を祀る水ノ森神社の近くに住まいを用意してもらった。地上に戻るとハナさんの体調は落ち着き、笑顔も戻ってきた。
水神はハナさんが暮らす住まいへ通う形で、彼女を見守る。
ハナさんの出産は、もうまもなくだ。
水鏡の場面が切り替わった。どうやら時間が経過したようだ。
ハナさんが赤ん坊を抱いていた。慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、幸せそうに赤ん坊を見つめている。かたわらには人の姿となった水神がいて、涙で目を潤ませながら赤ん坊を見つめている。
『生まれた、わたしたちの子が! ハナ、本当にありがとう。疲れたろう? ゆっくり休みなさい』
『水神様かずっと励ましてくださったから。ありがとうございます、水神様』
『いやいや。礼を言うのはわたしのほうだ。子をもつということが、これほど嬉しいとは思わなんだ。ありがとう、ハナ』
『水神様……』
お互いを思い合い、感謝する姿は、まさに理想の夫婦だった。
「ハナさんに抱かれてるのが信さんなのね? なんて可愛いのかしら」
顔を上げて信さんを見ると、頰を赤く染めながら、ついと視線を逸らす。
「赤ん坊の頃は、誰だって可愛いものだ」
「ふふ、そうね」
照れてる信さんが、赤ん坊とは別の意味で可愛いけど、今は何も言わないでおこう。
それからまた、水鏡の場面が変わった。
ハナさんの足元にまとわりつくように、可愛らしい男の子が笑顔を見せている。ニ、三歳といったところだろうか。ハナさんによく似た愛らしい容姿に、艷やかな黒髪の男の子。
あれ? この子が信さんなら、髪は銀色のはず。あの髪はお父さんである、水神から受け継いだものよね。幼少期は黒髪で、後で銀色になるのかしら。
少し不思議に思いながらも、水鏡が見せてくれる、優しい世界をそのまま見守った。
『ハナ、わたしは神たちが集う場所に行かねばならぬ。しばしこの地を離れるが、大丈夫か?』
水神は妻と子を置いて、神としての務めに行くようだ。
『はい。信と共に、お帰りをお待ちしております』
『うむ、留守を頼むぞ』
『いってらっしゃいませ』
『いってらっさい、おとーたま』
愛らしい笑顔と、たどたどしい言葉で見送りする幼い信さんの頭を愛おしげに撫でた。妻であるハナさんの頬に口づけをすると、水神はその身をひるがえすように自らを龍の姿に戻し、天高く飛び立っていった。
『お父様がお帰りになるまで、いい子にしていようね』
『あい、おかーたま』
にこにこと笑う幼い信さんが、たまらなく可愛かった。
ハナさんと幼い信さんは、父である水神の帰りを待ちながら、静かに暮らした。
そんな二人の生活を、遠くから見つめるものがいた。数人の男たちが怪訝そうな顔で見ている。その中心にいる男性の顔に、見覚えがある気がした。ハナさんが生まれた村の長だったはず。
いぶかしげ様子は、幸せいっぱいのハナさん親子の姿とは正反対で、不気味だった。
立派なお屋敷もあり、ハナさんは何不自由なく暮らしていた。
水神は神としての務めがあるため、時々龍の姿に戻って飛び立っていくが、何日かするとハナさんが待つ神域に戻ってくる。その暮らしは、人間の夫婦となんら変わりなかった。
幸せそうなハナさんの笑顔は見ているだけで心が和む。きっと水神も、同じ思いだったのだろう。
ほどなくして、ハナさんは妊娠した。彼女が子を授かったことを誰より喜んだのは、他ならぬ水神だった。
『わたしの子が生まれるのか。ああ、なんという喜びだろう?』
『水神様、子はまだ授かったばかり。産まれるのはまだ先でございます』
『そうか、そうであった』
神とはいえ、父となるのは嬉しいようだ。人間のように喜ぶ姿は、見ている私も幸せな気分になれる。信さんも同じ気持ちのようで、微笑みながら父親を見つめていた。
「ハナさんのお腹にいるのが、信さんなのね?」
「そうだ。わたしは父と母に望まれて生まれてきたのだ、そうなのだ」
信さんは改めて確認するかのように呟いた。少し不思議に思いながらも、水鏡に視線を戻す。
妊娠がわかった数カ月後、ハナさんの様子がおかしい。初めての妊娠に不安になり、情緒不安定に陥ったのか、突然ほろほろと涙をこぼすハナさんだった。つわりも酷いようで、常に青白い顔をしている。水神もどうしていいのかわからない、といった様子で、おろおろするばかりだ。
『ハナ、いったいどうしたのだ? 腹が痛むのか? 食べ物が合わぬのか? おまえが欲しいものなら何でも用意してやるぞ』
『水神様、お願いがございます。私は地上に戻りたいのです。体が冷えてたまりませぬ、お日様が恋しい。子が産まれるまで、どうか私を地上に戻して下さいませ』
『そうか、辛いか。わかった、地上におまえが暮らせる場所を用意しよう』
こうしてハナさんは、神域から地上へと戻ってきた。
親交のあったあやかしたちに頼み、水神を祀る水ノ森神社の近くに住まいを用意してもらった。地上に戻るとハナさんの体調は落ち着き、笑顔も戻ってきた。
水神はハナさんが暮らす住まいへ通う形で、彼女を見守る。
ハナさんの出産は、もうまもなくだ。
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ハナさんが赤ん坊を抱いていた。慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、幸せそうに赤ん坊を見つめている。かたわらには人の姿となった水神がいて、涙で目を潤ませながら赤ん坊を見つめている。
『生まれた、わたしたちの子が! ハナ、本当にありがとう。疲れたろう? ゆっくり休みなさい』
『水神様かずっと励ましてくださったから。ありがとうございます、水神様』
『いやいや。礼を言うのはわたしのほうだ。子をもつということが、これほど嬉しいとは思わなんだ。ありがとう、ハナ』
『水神様……』
お互いを思い合い、感謝する姿は、まさに理想の夫婦だった。
「ハナさんに抱かれてるのが信さんなのね? なんて可愛いのかしら」
顔を上げて信さんを見ると、頰を赤く染めながら、ついと視線を逸らす。
「赤ん坊の頃は、誰だって可愛いものだ」
「ふふ、そうね」
照れてる信さんが、赤ん坊とは別の意味で可愛いけど、今は何も言わないでおこう。
それからまた、水鏡の場面が変わった。
ハナさんの足元にまとわりつくように、可愛らしい男の子が笑顔を見せている。ニ、三歳といったところだろうか。ハナさんによく似た愛らしい容姿に、艷やかな黒髪の男の子。
あれ? この子が信さんなら、髪は銀色のはず。あの髪はお父さんである、水神から受け継いだものよね。幼少期は黒髪で、後で銀色になるのかしら。
少し不思議に思いながらも、水鏡が見せてくれる、優しい世界をそのまま見守った。
『ハナ、わたしは神たちが集う場所に行かねばならぬ。しばしこの地を離れるが、大丈夫か?』
水神は妻と子を置いて、神としての務めに行くようだ。
『はい。信と共に、お帰りをお待ちしております』
『うむ、留守を頼むぞ』
『いってらっしゃいませ』
『いってらっさい、おとーたま』
愛らしい笑顔と、たどたどしい言葉で見送りする幼い信さんの頭を愛おしげに撫でた。妻であるハナさんの頬に口づけをすると、水神はその身をひるがえすように自らを龍の姿に戻し、天高く飛び立っていった。
『お父様がお帰りになるまで、いい子にしていようね』
『あい、おかーたま』
にこにこと笑う幼い信さんが、たまらなく可愛かった。
ハナさんと幼い信さんは、父である水神の帰りを待ちながら、静かに暮らした。
そんな二人の生活を、遠くから見つめるものがいた。数人の男たちが怪訝そうな顔で見ている。その中心にいる男性の顔に、見覚えがある気がした。ハナさんが生まれた村の長だったはず。
いぶかしげ様子は、幸せいっぱいのハナさん親子の姿とは正反対で、不気味だった。
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