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同居生活
九話 上
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九話 上
「兄さんって、どこでライブしてるの?」
リビングで暇そうにしている晴が話しかけてきた。いつもなら喋らない。けれど珍しく勉強もせず、出掛けることもしない晴がずっと家の中にいた。本来なら部屋に篭って作曲作りをしているけれど、今日は祝日。俺だって休みの日はちゃんと休むと決めている。たとえ相手が嫌でも、ここは自分の家だ。
いつだって自分は晴の顔を見られるだけで嬉しい。けれど、晴はそうじゃない。蓮はもどかしくてやりきれないな、と昼からハルちゃんとロービーでくつろいでいた。
愛猫と一緒にソファーで座っていた蓮。なかなか答えない俺を上から見下ろす晴。背もたれに手をかけ、ぐっと顔が近づいてきた。
「なんでおまえに教えなきゃいけない」
蓮はバッと明らかに避けるように離れた。
「知りたい以外ないと思うけど」
「知ってどうすんだよ」
強めな口調で答え、無視するかのように猫と遊ぶ。
「生声聞いてみたいってそんなにおかしい?」
「いやそうじゃないが…ちょっと待て、おまえ俺の歌聞いたことあるのか?」
「当たり前じゃん」
「へ、へぇ…」
上擦った声に、思わず咳をする。誤魔化したところで、俺が内心嬉しそうにしてるのバレてんだろう。どうせニヤニヤして聞いてるんだろうと晴の顔を見る。
「なに?」
息が止まりそうだった。
笑いもせず、かといって不機嫌でもなく、ただじっと探るように見つめられていた。こんなに真っ直ぐ凝視されたのは初めてかもしれない。いつも顔を合わせるのが怖くて他人のように振る舞っていた。今だって本当は逸らしていたいのに、身体が動かない。見つめていてほしいと願う欲深い心に従ってしまう。
「っ……」
「れ…、いっ」
晴の顔が一瞬だけ苦痛に歪む。
飛び跳ねたような声に驚くと、猫が晴の指を噛んでいた。噛むといっても甘噛み程度のものだけれど、なかなか離れない。
「ハルちゃん、汚いからぺっしろ」
「いや、汚くはないでしょ」
素早いツッコミに自然と笑い合う。
猫は口を離すと俺の膝の上へと戻ってきた。
「嘘だよ。おまえ、なんか嫌われるようなことした?」
「してないけど」
「だよな。まぁ、ハルちゃん俺にしかあんまり懐かないし」
そう言って、猫の頭を撫でるとゴロゴロと嬉しそうに喉が鳴った。
「多分俺に兄さんを取られちゃうと思ったんじゃないの」
「…はあ?」
「いや、他の人が家にいるとそう思うんだよ。彼氏が家にきたりしたらそういう反応したと思うよ。思い当たる節があるんじゃない?」
鋭い分析に思わず、喉を上下に動かした。
思えば、うちに居候していた彼氏が以前いた。けれど、ハルちゃんに噛まれたり爪を引っ掛けられ続け、て二日もせず出て行った。しかもそれから連絡も取れなくなった。
どんな理由があろうと猫を大事にしてくれない人とは付き合えない。それはある意味、俺を大事にしてくれないということと一緒だ。ある程度仲良くなった人もいたけど、結局俺が駄目にしてしまって終わったこともあった。
晴の洞察力に驚愕しつつ、蓮は今までの下手な嘘が見抜かれていることに身体がカッと燃える。慚愧の念でいっぱいになった蓮は友人の名前を口走ってしまう。
「…イクミには寄っていくんだけどな」
「誰それ、元カレ?」
「友達だよ」
「セフレ?」
「友達だって。そういうのはいたことねぇよ」
蓮は流れで言ってしまった情報に今更ながら口を紡いでしまう。
いや、今のはいらなかった。ましてや晴に聞かせる話じゃない。いたかどうかなんて結局のところ晴には関係ない。それにこんな話は不快でしかないだろう。ちらりと目を見れば、スッと色のない冷ややかな黒に胸が押さえつけられた。
「兄さんの友達っていうのは、みんなそういうのかと思った」
馬鹿にしたような言い方に流石にカチンと頭にきた。
「おまえ、俺はともかく絶対に他でそういうこと言い方はよせ。失礼だぞ」
「そんなこと言われる筋合いないんだけど」
怒ったような口調になる晴を蓮は睨むように言葉を放つ。
「わかってるよ。けどな、おまえが思って口に出す言葉に傷つく人もいるってことを知れ。言葉は武器なんだ。選んでから口にしろよ」
「…悪かった。けど、俺外ではいい子ちゃんだから」
「そうだと思ってたよ」
呆れたように息を吐く。けれど乗せられて熱くなった自分を馬鹿だとは思わない。言った言葉は本当になる。それは自分自身よく知ってるからだ。
それにしても謝ってきたのは意外だった。俺に対してそんな感情があるなんて思ってもみなかった。元々優しい子だ。それを自分が歪めてしまっただけだと蓮の顔が自嘲に歪んだ。
「兄さんだけだよ」
晴はニコニコしながら手を俺の頬に寄せてきた。すりすりと擦る長い手が熱く感じる。そんなことでいちいち感じてしまう自分が恥ずかしくて、悲しい。喜んでも虚しいだけなのに、なにをされても嫌だとは思えない。むしろもっと触れてほしいという矛盾に心も身体もぐちゃぐちゃになる。
「それはそれで最低だろ」
だから蓮はすっと離れ、その手を拒んだ。
期待するな。意味なんかないんだから、勝手に熱くなるな。蓮は心の中で呪文を唱えるかのように心を静めさせる。晴は俺に触れたくもないはずだ。その証拠に表情が頻繁にころころと変わる。それだけ俺に対して根が深いということがわかる。
これ以上、深いところまで関わってはいけないと耳元で囁く自分の声が聞こえた気がした。
「で、どこでやってるか教えてよ」
「やだ」
「なら今日のご飯兄さん作ってね」
「それもやだ」
「やだやだばっかり、俺より子供みたいだね」
「おまえより子どもでいいわ」
笑いながら言ったけれど、本心でもあった。
子どものままでいい。なにも知らず、傷つけられることもわからないまま、ただ純粋でいられる。大人はそれすら表現できなくなってしまう。責任を問われ、足取りが重くなる。言葉と行動に意味を持たないと歩くことすらままならない。大人になるにつれ、わからないのままではいられなくなった。
そのせいで臆病になってしまった。行動したことによって、意味がわかる言葉や一生残る記録を撮られ、毒を浴びる。
どうってことない。大人だから。強いから。もう子どもじゃないんだから。
それは誰に向けて言った言葉だろうか。まるで呪いだ。そのうち言葉の重さに耐えきれず、呑み込まれて潰れる。自分に言ってる言葉ならまだしも、それを他人に押し付けるな。自分の心と他人の心が一緒とは限らないのだから。
言葉で人は殺せる。生かされ、生かす。まるで見えない銃器だ。
「兄さんって、どこでライブしてるの?」
リビングで暇そうにしている晴が話しかけてきた。いつもなら喋らない。けれど珍しく勉強もせず、出掛けることもしない晴がずっと家の中にいた。本来なら部屋に篭って作曲作りをしているけれど、今日は祝日。俺だって休みの日はちゃんと休むと決めている。たとえ相手が嫌でも、ここは自分の家だ。
いつだって自分は晴の顔を見られるだけで嬉しい。けれど、晴はそうじゃない。蓮はもどかしくてやりきれないな、と昼からハルちゃんとロービーでくつろいでいた。
愛猫と一緒にソファーで座っていた蓮。なかなか答えない俺を上から見下ろす晴。背もたれに手をかけ、ぐっと顔が近づいてきた。
「なんでおまえに教えなきゃいけない」
蓮はバッと明らかに避けるように離れた。
「知りたい以外ないと思うけど」
「知ってどうすんだよ」
強めな口調で答え、無視するかのように猫と遊ぶ。
「生声聞いてみたいってそんなにおかしい?」
「いやそうじゃないが…ちょっと待て、おまえ俺の歌聞いたことあるのか?」
「当たり前じゃん」
「へ、へぇ…」
上擦った声に、思わず咳をする。誤魔化したところで、俺が内心嬉しそうにしてるのバレてんだろう。どうせニヤニヤして聞いてるんだろうと晴の顔を見る。
「なに?」
息が止まりそうだった。
笑いもせず、かといって不機嫌でもなく、ただじっと探るように見つめられていた。こんなに真っ直ぐ凝視されたのは初めてかもしれない。いつも顔を合わせるのが怖くて他人のように振る舞っていた。今だって本当は逸らしていたいのに、身体が動かない。見つめていてほしいと願う欲深い心に従ってしまう。
「っ……」
「れ…、いっ」
晴の顔が一瞬だけ苦痛に歪む。
飛び跳ねたような声に驚くと、猫が晴の指を噛んでいた。噛むといっても甘噛み程度のものだけれど、なかなか離れない。
「ハルちゃん、汚いからぺっしろ」
「いや、汚くはないでしょ」
素早いツッコミに自然と笑い合う。
猫は口を離すと俺の膝の上へと戻ってきた。
「嘘だよ。おまえ、なんか嫌われるようなことした?」
「してないけど」
「だよな。まぁ、ハルちゃん俺にしかあんまり懐かないし」
そう言って、猫の頭を撫でるとゴロゴロと嬉しそうに喉が鳴った。
「多分俺に兄さんを取られちゃうと思ったんじゃないの」
「…はあ?」
「いや、他の人が家にいるとそう思うんだよ。彼氏が家にきたりしたらそういう反応したと思うよ。思い当たる節があるんじゃない?」
鋭い分析に思わず、喉を上下に動かした。
思えば、うちに居候していた彼氏が以前いた。けれど、ハルちゃんに噛まれたり爪を引っ掛けられ続け、て二日もせず出て行った。しかもそれから連絡も取れなくなった。
どんな理由があろうと猫を大事にしてくれない人とは付き合えない。それはある意味、俺を大事にしてくれないということと一緒だ。ある程度仲良くなった人もいたけど、結局俺が駄目にしてしまって終わったこともあった。
晴の洞察力に驚愕しつつ、蓮は今までの下手な嘘が見抜かれていることに身体がカッと燃える。慚愧の念でいっぱいになった蓮は友人の名前を口走ってしまう。
「…イクミには寄っていくんだけどな」
「誰それ、元カレ?」
「友達だよ」
「セフレ?」
「友達だって。そういうのはいたことねぇよ」
蓮は流れで言ってしまった情報に今更ながら口を紡いでしまう。
いや、今のはいらなかった。ましてや晴に聞かせる話じゃない。いたかどうかなんて結局のところ晴には関係ない。それにこんな話は不快でしかないだろう。ちらりと目を見れば、スッと色のない冷ややかな黒に胸が押さえつけられた。
「兄さんの友達っていうのは、みんなそういうのかと思った」
馬鹿にしたような言い方に流石にカチンと頭にきた。
「おまえ、俺はともかく絶対に他でそういうこと言い方はよせ。失礼だぞ」
「そんなこと言われる筋合いないんだけど」
怒ったような口調になる晴を蓮は睨むように言葉を放つ。
「わかってるよ。けどな、おまえが思って口に出す言葉に傷つく人もいるってことを知れ。言葉は武器なんだ。選んでから口にしろよ」
「…悪かった。けど、俺外ではいい子ちゃんだから」
「そうだと思ってたよ」
呆れたように息を吐く。けれど乗せられて熱くなった自分を馬鹿だとは思わない。言った言葉は本当になる。それは自分自身よく知ってるからだ。
それにしても謝ってきたのは意外だった。俺に対してそんな感情があるなんて思ってもみなかった。元々優しい子だ。それを自分が歪めてしまっただけだと蓮の顔が自嘲に歪んだ。
「兄さんだけだよ」
晴はニコニコしながら手を俺の頬に寄せてきた。すりすりと擦る長い手が熱く感じる。そんなことでいちいち感じてしまう自分が恥ずかしくて、悲しい。喜んでも虚しいだけなのに、なにをされても嫌だとは思えない。むしろもっと触れてほしいという矛盾に心も身体もぐちゃぐちゃになる。
「それはそれで最低だろ」
だから蓮はすっと離れ、その手を拒んだ。
期待するな。意味なんかないんだから、勝手に熱くなるな。蓮は心の中で呪文を唱えるかのように心を静めさせる。晴は俺に触れたくもないはずだ。その証拠に表情が頻繁にころころと変わる。それだけ俺に対して根が深いということがわかる。
これ以上、深いところまで関わってはいけないと耳元で囁く自分の声が聞こえた気がした。
「で、どこでやってるか教えてよ」
「やだ」
「なら今日のご飯兄さん作ってね」
「それもやだ」
「やだやだばっかり、俺より子供みたいだね」
「おまえより子どもでいいわ」
笑いながら言ったけれど、本心でもあった。
子どものままでいい。なにも知らず、傷つけられることもわからないまま、ただ純粋でいられる。大人はそれすら表現できなくなってしまう。責任を問われ、足取りが重くなる。言葉と行動に意味を持たないと歩くことすらままならない。大人になるにつれ、わからないのままではいられなくなった。
そのせいで臆病になってしまった。行動したことによって、意味がわかる言葉や一生残る記録を撮られ、毒を浴びる。
どうってことない。大人だから。強いから。もう子どもじゃないんだから。
それは誰に向けて言った言葉だろうか。まるで呪いだ。そのうち言葉の重さに耐えきれず、呑み込まれて潰れる。自分に言ってる言葉ならまだしも、それを他人に押し付けるな。自分の心と他人の心が一緒とは限らないのだから。
言葉で人は殺せる。生かされ、生かす。まるで見えない銃器だ。
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