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しおりを挟むポカンと嵐の様に過ぎ去るババガント様のされた行為を受け止めきれずに何秒か固まってしまった。
「み、皆様お仕事中失礼致します。アンバート侯爵様にお届け物が……、エル様?」
忘れていた挨拶をつらつらと話していると、ズンズンとエル様が物凄い形相で此方に歩いて来る。
すると、エル様は私の前に止まると自らのポケットからハンカチを取り出し、私の手を無言でゴシゴシと拭いた。
周りの皆様はその光景を唖然と見ている。
な、なんだコレは。
私は羞恥でどうにかなってしまいそうだ。
「え、エル様…。す、少し痛いです」
「おっと、すまない。やりすぎてしまったな…。どうして此処に?」
「お義母様からこちらをお預かり致しまして、お届けに参りました。そしたら道に迷ってしまって…、通りかかったババガント様が連れて来て下さったのです」
「そうだったのか。ありがとう、貰おう」
「はい」
エル様はお仕事中だからなのか、眉間に皺を寄せて難しい顔をなさっている。いつもの朗らかなエル様ばかりを見ているからか、違和感が凄い。
エル様はお義母様からの封筒を私から受け取るとその場で中身を確認された。
「ふむ…。ありがとう、ロレッタ。助かったよ」
「いえ、お役に立てて光栄です。では、お帰りをお待ちしております」
私は無事に届けられた事にホッと胸を撫で下ろし、帰ろうとした。
すると、肩を少しだけ強引に抱き寄せられエル様のお顔が私の耳に近付いた。
「後程少しお説教だ、ロレッタ」
エル様はそう耳元で囁くと、ニコリと笑い頭をポンポンと撫でた。
「は、はい」
その全部が私の許容範囲を超えてしまい、顔は真っ赤に染まって身体は固まり、「はい」以外の返事は出来なかった。
周りも物凄くザワついた。
「では、門までだが送って行こう。少し離れる」
同僚の方々が勢い良く首を縦に振るので、私はエル様に見送って頂く事となった。
「さぁ、行こうか」
「は、はいっ」
私は未だにガチガチに固まりながらエスコートの手を取る。
只今、エル様の大人の色気が溢れ出している。
これは、夢だろうか。
いや、アンバート家に来てからはずっと夢の中に居るのだった。
「ロレッタ、今日は…その、見送りが無かったが体調は崩していないか?」
「あ!すみません、ただただ寝坊をしてしまいまして…お見送り出来ずに申し訳御座いません」
「いや、気にしないでくれ。良いと言いつつ、いつも見送って貰っているから少し心配になっただけだ」
「ありがとうございます。身体はとても元気ですよ」
「それは良かった」
二人で会話をしていると、いつものエル様に戻る。
自分が【特別】なんだと勘違いをしそうになる。
婚約者なのである意味ちゃんと【特別】の可能性は有るが、きっと恋愛のそれとは違うのだ。
「今度から来る時は門で私を呼ぶと良い。王城は魔窟だ、取って食われてしまう」
「えっ、そんな恐ろしい所だと思ってはいませんでした…」
「それに、だ。君は俺の婚約者だ。他の男に手を出されるのは頂けないな」
「も、も、申し訳御座いませんっ」
怒っている。執務室の時から思っていたが、やはりエル様は怒っておいでだ。
理由は分かる。わたしがエル様の婚約者だというのに他の男性のキスを許したからだ。無理矢理だったが。
「あの御方だと断りにくいという事も有るがな。だが、今度からは挨拶の時に俺の名前を出すと良い」
「畏まりました。肝に銘じます」
身を引き締めなければ。
エル様は呆れてしまっただろうか。ババガント様にもっとちゃんと説明していたら、エル様の前であんな事にはならなかったのに。
「君は愛らしい自覚を持った方が良い」
少し俯き、しょんぼりしていたら優しい声で何かおかしな事を言われた気がして上を向くと真剣な顔をしたエル様と目が合った。
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