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「ごめんね、ほんっとごめんね!」

「あ、あぁ。全然良いから、今は一人にして欲しい…。」

 倒れたサイラスを使用人達とベッドに運び、目を覚ますまで傍に居たアリーナは、彼が起きた途端に謝り倒した。
 少し頭を打ったのでズキズキと揺れた脳に響く声を止めて欲しくて、サイラスはストップをかける。

 一人にして欲しいと言うと、アリーナは頷いて退出する為に扉迄歩いて、くるりと振り返った。

「お昼…は、もう終わっちゃったし。晩御飯は、一緒に食べよ?」

「~ー?!?!!………わ、分かった。」

 アリーナの言葉にサイラスは全身が茹で上がりそうになったが、きっと深い意味は無いと了承して、全力で手を振る彼女に仕方なく力のない手を振った。


 バタンと扉が閉まり、少し間を置いてからベッドへと倒れ込んだ。

『何なんだ、彼女は。知らない人種過ぎて付いていけない。……色々あり過ぎて頭が破裂しそう…。』

 まだ頭痛がするので今日はもう無理せず休もうと決めて、掛け布団を首元まで引き上げた。
 アリーナはとても明るい。サイラスはそんな彼女を見て、悩みなんて無いんだろうなと思っていた。
 だが、そうでは無いようだった。

『知り合ったばかりの奴の前で、あんなにも泣いてしまう程に切羽詰まっていたのか。』

 人と関わらないように、関わらないようにとしてきた人生だった事がこんなにも悩ましい事になるだなんて想像も出来なかった。
 しかもアリーナは転生者で、生まれ変わる前の記憶が有る。それはどのような感覚なのかサイラスには分からない。
 もぞりと今度は頭まで布団を被り、身体を丸めた。
 ベッドで考え事をする時のサイラスの癖だ。

「……柔らかかったな。」

 ボソリと出てしまった言葉に自分で驚き口元を押さえると、徐々に湧き上がる羞恥心で顔を染めた。
 骨張った自分とは全く違い、柔らかく、温かかった事をまだ覚えている。
 バクバクと心臓の動く音が大きく聞こえる。考えないように、今まで見てきた魔物の数を頭の中で数えて深呼吸した。

『夫婦か…。良く、分からない。』

 思っていたよりもずっとアリーナから受け入れられている事が信じられなくて、サイラスは戸惑いを隠せない。
 何かは良く分からないが、いつの間にか諦めていた気持ちがうずうずと動いてこそばゆい。

 経験上、期待をするのはいけないとサイラスの記憶が警鐘を鳴らす。

『温もりは危険だ。だから引き篭ったのに…。まぁ、僕への興味が無くなれば離れて行くさ。』

 自らの身体をギュッと抱き締めて、早く寝てしまおうと目を閉じると思ったよりも早く意識を手放す事が出来た。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「うわ~~~~ん、嬉し過ぎなんですけどーーーー!!」

 アリーナは自分の両の手を見て感動する。
 その爪にはクリアな青みピンクが乗り、ぷっくり艶々としている。

 サイラスが目を覚まし大丈夫そうだったので、お願いして少し分けて貰ったスライムの粉を試してみる事にしたのだ。

 結果的にサイラスのスライムのベースは完璧だった。

 無駄に集めていた色粉を入れ、グルグルと混ぜ、固まらないうちに爪に乗せていった。懸念していた変質もする事無く、しっかりとムラなく乗った時はガッツポーズをしてしまった。
 水の調節、色粉の配合量等まだまだ課題は有るが、暫く置くと手で触っても寄ったりしないそれには期待しかなかった。
 たまたま右の小指だけ折れてしまっていて、他の爪とのバランスが悪く、どうしようかと思いスライムベースに他より少し少なめに水を入れて手で少量取り、ぶにぶにと丸めて小指に貼り付け、刷毛で馴染ませ、ヤスリで削っていくと綺麗に長さが出る事も確認済みである。
 だが、裏側を均す事が大変だったので早急に型を作ろうと思った。
 丁寧にコルボアの汁を表と裏に付け、水の中に手を入れて柔らかくなっていないか確認をした。
 それは、しっかりと定着して柔らかくなる事もなくアリーナの爪を彩ったままだった。
 これから暫く耐久性を確認する為にこのまま過ごすつもりだ。
 
 「ワンカラーのネイルなのに…、ちょー嬉しい。サイラスの所に来て本当に良かった…。」

 今まで希望すら見えなかった事がトントン拍子に進み、自分の爪の可愛さに色んなものが込み上げる。
 サイラスになんとお礼をしたら良いか分からない。
 自分の手を胸で抱き締め、暫く余韻に浸る。
 あんなに頑張って来た絵も、無駄にならなかった。
 そう。何も、無駄では無かったのだ。
 サイラスの所に来た事は運命とさえ思える。

 今の所サイラスは良い人だ。
 妬み、嫉みが酷く自邸に引き篭ったと聞いていたが、噂とは湾曲するものだ。きっと、サイラスへの嫉妬があの様な噂になってしまったのだろうと思うとアリーナの心はザワついた。
 そして輪をかけて噂を本当の様にしてしまった原因と言っても良いのが、あの見た目だろう。
 せめて栄養を摂取して、軽く運動出来れば変えることが出来る。
 

「軽い運動をして、食事を楽しくしよう大作戦遂行っ!」

 アリーナは高々と拳を掲げる。
 似たようなシュチュエーションがあった筈だが、何時だっただろう。と思ったが考えない事にした。

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