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第6章 落日
第79話 戦い開けて
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「この景色もこれで見納めであろうな……」
「左様ですな。しかし、これから先は困難の日々となりましょうぞ。報告書に有った通り、いくつかの国が滅んだようです。我が国も同様に……」
シュトリーゲは、現在滞在中の要塞貿易港【ブレスト】の宿から外を眺めていた。
目の前にはきれいな湾が広がり、波は穏やかなものであった。
今現在、この国が脅かされているなど忘れさせるほどに。
「臣民たちは無事にたどり着けるといいのだが……こればかりは神に祈るほかないな。」
「行く先も必ずしも安全とは限りませぬが故、断言はできません。我々とて中立国【ジャポニシア】へ向かいますが、あちらも激戦区であることは間違いありませんからな。」
シュトリーゲは、今も次々と避難先に出港していく船を見つめていた。
何隻もの船が港を埋め尽くしており、中には本当に海を渡ることができるのだろうか?と不安に思うものも存在した。
しかし、今は贅沢を言っている余裕などなかったのだ。
できる限りのことをしていくほかなかった。
それが皇帝として自分にできる精いっぱいであることに歯がみするシュトリーゲ。
「しかし不思議なものよな、この魔道具【元始天王】というものは。ただ安置してあるだけでは簡単な防衛機構としての役割しかないが、マスター登録さえすればこれほどまでの権限が与えられるとは……。なぜ歴代皇帝はこれをしてこなかったのだろうな?」
「それについては私も答えを持ち合わせておりませぬ。強いて言えばそのリスクでしょうな。」
シュトリーゲは不意に自身のそばでフヨフヨと宙に浮ている球体に視線を向けた。
つられるようにロレンツィオもそれに目を向ける。
いつ見ても不思議な物体だと感じざるを得なかった。
「リスク……のぅ。種族が変わる経験などしたものはおらんだろうな。」
皮肉交じりに苦笑いを浮かべるシュトリーゲ。
何度もその球体をツンツンとつついて見せる。
シュトリーゲは自身の周りに浮かんでいる透明な板にも気を配っていた。
自身が掌握している空間から、人間の人数が減っていっていることが見て取れた。
その板に映し出された数値には〝人口〟の欄があり、それが船が領域内から出た段階で減少していくのだった。
だが減少したのちまた増加することを繰り返していた。
船が出港すると、また新たな避難民を乗せた車両が街に到着する。
そして船に乗り換えまた出港していく。
数日前からこれが繰り返されていたのだ。
ただ救いなのは戦闘による死者がほとんどいなかったことである。
防衛隊や狩猟者の中では死者が数十名出たが、十数万人の移動で考えた場合少ないと判断するに至る。
「それにしてもロレンツィオ。リヒテル・蒔苗の件、どうするつもりだい?」
「は、それについては先方へ連絡はしております。すでに受け入れ態勢は整えられているとのことです。」
リヒテルが求めたのは、自身の〝拘束〟。
普通であればそんなもの望む人間などいるわけがない。
最初何かの間違えかとシュトリーゲは考えたが、辰之進からの連絡であるがために間違いではないのだろうと思いなおしていた。
リヒテルを乗せた車両は、あと数日でこの街に到着する。
そしてシュトリーゲを乗せた船とともに、最後の防衛隊および狩猟者を乗せた船が出港することで、この国は終わりを迎えることとなるのだ。
それを思うとシュトリーゲは一抹の寂しさを覚えた。
「ロレンツィオ……私の決断は間違いなのかのぉ?なんとも情けない。栄光あるこの帝国を終わらせた皇帝となろうとはのぉ。」
「陛下、それは違います。あなたは英断なされたのです。おかげで臣民の被害は最小限で抑えられました。こうして生きながらえているのが、そのおかげではありませんか。感謝すれども貶めるなどあろうはずがございません。」
自嘲気味に笑うシュトリーゲを諫めるロレンツィオ。
互いの胸の内は苦しいものだったに違いはなかった。
そして今もまた一隻と、船がこの街を旅立っていったのだった。
——————
ガシャンガシャンガシャン
プシュー
ガシャンガシャンガシャン
プシュー
ガシャンガシャンガシャン
プシュー
一定のリズムで響く金属音と排気音。
長い車列は要塞貿易港へとむけて続いている。
最後尾付近に位置していた第一大隊の車列も、何ら変わることなく順調に進んでいた。
そんな車列の中にリヒテルが載っているものがあった。
「リヒテル。君の望みは受け入れられたよ。」
「そうですか、骨折り感謝します、辰之進さん。」
いまだ身体が上手く動かないリヒテルは、ベッドを軽く起こし寄りかかるようにして座っていた。
対するは総隊長の辰之進。
事が事だけに辰之進がリヒテルのところまで戻ってきたのだった。
「本当にいいんだな?君に自由はなくなってしまうぞ?」
「かまいません。俺はあまりにも常識を逸脱してしまいました。仲間が巻き込まれるよりはましです。」
辰之進は「そうか……」と言葉を漏らすと、押し黙ってしまった。
辰之進もこれまでに景虎と何度もこの論議を交わしていた。
それでも解決策は見つからず現在に至っていた。
「辰之進さん、顔を上げてください。これは俺が選んだ道です。辰之進さんのせいじゃありません。それに今こうして普通にしていられるだけでも奇跡なんですから。もしかしたら技能習得を行った段階で魔素汚染を発症していても不思議じゃなかったんです。だから俺は後悔していません。」
リヒテルの顔には強い意志が見えていた。
諦めているのではなく、これからを考えての決断だと見て取れた。
辰之進は自分が割って入る事ではないと改めて認識したのであった。
「それとお願いしていた父と母の件ですか……」
「それなら問題ない。すでに中立国【ジャポニシア】に出発している。それに同じ町の住人達も一緒だと報告を受けているから問題ない。今は自分の身体だけを心配していろ。」
辰之進はそういうと、柔らかな表情を浮かべていた。
出来の悪い弟でも諭しているようなそんな雰囲気であった。
それから二人は他愛のない会話をいくつか交わし、時間をつぶしていた。
ふと、リヒテルが気になっていたことを思い出した。
「そういえば辰之進さん。防衛隊はそろって【ジャポニシア】に向かうんですよね?なら狩猟者は……老師たちはどうしたんですか?」
リヒテルの問いに、辰之進の顔が曇ってしまった。
何か答えづらいのかと思ってリヒテルは慌ててしまった。
「あぁ、すまんな。気を使わせてしまったか。老師とはいまだ連絡はとれていない。まあ、老師に至ってはいつものことだからな。下手をすれば1年連絡が付かないことはざらだから心配はいらんだろう。むしろあのリンリッド老師がやられるところを想像できるか?」
「確かに……」
二人は顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。
この話をリンリッドが聞いたらどうなるかと一瞬ヒヤッとしたが、それでも辰之進が気遣ってのことだとリヒテルは感じていた。
ひとしきり笑うと、辰之進は席を立って戻ることをリヒテルに告げると、車両を後にした。
一人残ったリヒテルはベッドを元に戻すと、布団へもぐりこんだ。
そして安心したからか、突如として込み上げる悲しみを堪え切れなくなり、一人嗚咽を漏らしていた。
車両の入り口に入ろうとしていたエイミーだったか、漏れ聞こえた鳴き声に二の足を踏んでしまった。
そして車両の手すりにもたれかかると、空を仰ぎ見た。
空は済んだ青を称え、何事も無いような平凡な空気を思わせた。
「リヒテル君も、まだまだ子供だったってことね……」
エイミーの呟きは、そんな空に吸い込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。
「左様ですな。しかし、これから先は困難の日々となりましょうぞ。報告書に有った通り、いくつかの国が滅んだようです。我が国も同様に……」
シュトリーゲは、現在滞在中の要塞貿易港【ブレスト】の宿から外を眺めていた。
目の前にはきれいな湾が広がり、波は穏やかなものであった。
今現在、この国が脅かされているなど忘れさせるほどに。
「臣民たちは無事にたどり着けるといいのだが……こればかりは神に祈るほかないな。」
「行く先も必ずしも安全とは限りませぬが故、断言はできません。我々とて中立国【ジャポニシア】へ向かいますが、あちらも激戦区であることは間違いありませんからな。」
シュトリーゲは、今も次々と避難先に出港していく船を見つめていた。
何隻もの船が港を埋め尽くしており、中には本当に海を渡ることができるのだろうか?と不安に思うものも存在した。
しかし、今は贅沢を言っている余裕などなかったのだ。
できる限りのことをしていくほかなかった。
それが皇帝として自分にできる精いっぱいであることに歯がみするシュトリーゲ。
「しかし不思議なものよな、この魔道具【元始天王】というものは。ただ安置してあるだけでは簡単な防衛機構としての役割しかないが、マスター登録さえすればこれほどまでの権限が与えられるとは……。なぜ歴代皇帝はこれをしてこなかったのだろうな?」
「それについては私も答えを持ち合わせておりませぬ。強いて言えばそのリスクでしょうな。」
シュトリーゲは不意に自身のそばでフヨフヨと宙に浮ている球体に視線を向けた。
つられるようにロレンツィオもそれに目を向ける。
いつ見ても不思議な物体だと感じざるを得なかった。
「リスク……のぅ。種族が変わる経験などしたものはおらんだろうな。」
皮肉交じりに苦笑いを浮かべるシュトリーゲ。
何度もその球体をツンツンとつついて見せる。
シュトリーゲは自身の周りに浮かんでいる透明な板にも気を配っていた。
自身が掌握している空間から、人間の人数が減っていっていることが見て取れた。
その板に映し出された数値には〝人口〟の欄があり、それが船が領域内から出た段階で減少していくのだった。
だが減少したのちまた増加することを繰り返していた。
船が出港すると、また新たな避難民を乗せた車両が街に到着する。
そして船に乗り換えまた出港していく。
数日前からこれが繰り返されていたのだ。
ただ救いなのは戦闘による死者がほとんどいなかったことである。
防衛隊や狩猟者の中では死者が数十名出たが、十数万人の移動で考えた場合少ないと判断するに至る。
「それにしてもロレンツィオ。リヒテル・蒔苗の件、どうするつもりだい?」
「は、それについては先方へ連絡はしております。すでに受け入れ態勢は整えられているとのことです。」
リヒテルが求めたのは、自身の〝拘束〟。
普通であればそんなもの望む人間などいるわけがない。
最初何かの間違えかとシュトリーゲは考えたが、辰之進からの連絡であるがために間違いではないのだろうと思いなおしていた。
リヒテルを乗せた車両は、あと数日でこの街に到着する。
そしてシュトリーゲを乗せた船とともに、最後の防衛隊および狩猟者を乗せた船が出港することで、この国は終わりを迎えることとなるのだ。
それを思うとシュトリーゲは一抹の寂しさを覚えた。
「ロレンツィオ……私の決断は間違いなのかのぉ?なんとも情けない。栄光あるこの帝国を終わらせた皇帝となろうとはのぉ。」
「陛下、それは違います。あなたは英断なされたのです。おかげで臣民の被害は最小限で抑えられました。こうして生きながらえているのが、そのおかげではありませんか。感謝すれども貶めるなどあろうはずがございません。」
自嘲気味に笑うシュトリーゲを諫めるロレンツィオ。
互いの胸の内は苦しいものだったに違いはなかった。
そして今もまた一隻と、船がこの街を旅立っていったのだった。
——————
ガシャンガシャンガシャン
プシュー
ガシャンガシャンガシャン
プシュー
ガシャンガシャンガシャン
プシュー
一定のリズムで響く金属音と排気音。
長い車列は要塞貿易港へとむけて続いている。
最後尾付近に位置していた第一大隊の車列も、何ら変わることなく順調に進んでいた。
そんな車列の中にリヒテルが載っているものがあった。
「リヒテル。君の望みは受け入れられたよ。」
「そうですか、骨折り感謝します、辰之進さん。」
いまだ身体が上手く動かないリヒテルは、ベッドを軽く起こし寄りかかるようにして座っていた。
対するは総隊長の辰之進。
事が事だけに辰之進がリヒテルのところまで戻ってきたのだった。
「本当にいいんだな?君に自由はなくなってしまうぞ?」
「かまいません。俺はあまりにも常識を逸脱してしまいました。仲間が巻き込まれるよりはましです。」
辰之進は「そうか……」と言葉を漏らすと、押し黙ってしまった。
辰之進もこれまでに景虎と何度もこの論議を交わしていた。
それでも解決策は見つからず現在に至っていた。
「辰之進さん、顔を上げてください。これは俺が選んだ道です。辰之進さんのせいじゃありません。それに今こうして普通にしていられるだけでも奇跡なんですから。もしかしたら技能習得を行った段階で魔素汚染を発症していても不思議じゃなかったんです。だから俺は後悔していません。」
リヒテルの顔には強い意志が見えていた。
諦めているのではなく、これからを考えての決断だと見て取れた。
辰之進は自分が割って入る事ではないと改めて認識したのであった。
「それとお願いしていた父と母の件ですか……」
「それなら問題ない。すでに中立国【ジャポニシア】に出発している。それに同じ町の住人達も一緒だと報告を受けているから問題ない。今は自分の身体だけを心配していろ。」
辰之進はそういうと、柔らかな表情を浮かべていた。
出来の悪い弟でも諭しているようなそんな雰囲気であった。
それから二人は他愛のない会話をいくつか交わし、時間をつぶしていた。
ふと、リヒテルが気になっていたことを思い出した。
「そういえば辰之進さん。防衛隊はそろって【ジャポニシア】に向かうんですよね?なら狩猟者は……老師たちはどうしたんですか?」
リヒテルの問いに、辰之進の顔が曇ってしまった。
何か答えづらいのかと思ってリヒテルは慌ててしまった。
「あぁ、すまんな。気を使わせてしまったか。老師とはいまだ連絡はとれていない。まあ、老師に至ってはいつものことだからな。下手をすれば1年連絡が付かないことはざらだから心配はいらんだろう。むしろあのリンリッド老師がやられるところを想像できるか?」
「確かに……」
二人は顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれた。
この話をリンリッドが聞いたらどうなるかと一瞬ヒヤッとしたが、それでも辰之進が気遣ってのことだとリヒテルは感じていた。
ひとしきり笑うと、辰之進は席を立って戻ることをリヒテルに告げると、車両を後にした。
一人残ったリヒテルはベッドを元に戻すと、布団へもぐりこんだ。
そして安心したからか、突如として込み上げる悲しみを堪え切れなくなり、一人嗚咽を漏らしていた。
車両の入り口に入ろうとしていたエイミーだったか、漏れ聞こえた鳴き声に二の足を踏んでしまった。
そして車両の手すりにもたれかかると、空を仰ぎ見た。
空は済んだ青を称え、何事も無いような平凡な空気を思わせた。
「リヒテル君も、まだまだ子供だったってことね……」
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