上 下
68 / 87
第6章 落日

第68話 1000年のお伽噺 追話②

しおりを挟む
元始天王ダンジョンコア……。まさか……そんなはずは……いやだがしかし……」

 思考の海に溶け込んだ清十郎は、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。
 しかし、自分の考えを否定するかのように、何度も頭を振ってはまた思考の海飛び込む。

「清十郎、何をそんなに考え込んでいるんだ?」
「すまない。だが、この仮説が間違いなのなら、いったい俺たちの世界とは何なんだ?」

 いまだ思考を辞めない清十郎は、辰之進の質問に対して答えているようで答えていなかった。
 その状況に、辰之進はやれやれと言わんばかりに肩をすくめさせた。
 それだけ清十郎は深く潜りこんでしまっていたのだ。

「すまないが、話を続けてもいいか?」
「お願いします。」

 話がこれ以上停滞してはたまらないと、ロレンツィオは断りを入れてから話を続ける。

「歴代の陛下に口伝として伝わる話だそうだが、それを使った者は須らく【魔王】と呼ばれる存在に置き換わるとのことだ。人ではない別な生命体といった方が良いのか……、陛下はその決断をなされたのだ。」
「つまり、陛下は人柱になるということか?」

 思考の海から浮上してきた清十郎は、自分の考えを口にした。
 ロレンツィオは黙って首肯する。
 ふぅ~と一息つくと、辰之進はお茶を一すすりする。
 すでに冷めていたが、心を落ち着けるにはちょうど良かった。
 あまりにも多くの情報が齎されており、思考が追い付かなくなってきていた。

「それで、今後の予定を教えてもらえますか……。隊員や狩猟者連合協同組合ハンターギルドとも連携を取らなくてはならないので。」
「これを……」

 ロレンツィオが数枚の工程表を取り出して、辰之進たちに説明を始めた。
 すでに皇帝は、【元始天王ダンジョンコア】が安置されている地下施設へと向かっていた。
 議会の承認は得られており、その日の夜には全臣民にこの事が伝えられる。
 そしてその後防衛隊と狩猟者連合協同組合ハンターギルドの共同作戦により臣民の脱出及び護衛が始まる。
 主に狩猟者連合協同組合ハンターギルドは前衛と護衛を担当する。
 これは狩猟者ハンターは防衛よりも少数での戦闘を得意とし、護衛任務等を常にこなしているからという理由での割り振りであった。
 そして防衛隊に与えられた任務は、首都の防衛及び脱出時の殿。
 つまりはそういうことであった。

 その工程表を見た辰之進は、あまりのばかばかしさに憤りをあらわにする。
 これを行うということは、それすなわち死地に足を踏み入れるということだからだ。
 だがロレンツィオがなぜ提案したのかも辰之進は理解していた。
 規格外の存在……
 リヒテルの存在がその理由となっていた。

「彼がいれば殿は可能であろう?」
「どこでその情報を?」

 ロレンツィオに睨みを利かせる辰之進であったが、当の本人はどこ吹く風か。
 答える気などさらさらありはしない様子であった。
 どこからか漏れるということはあり得なかった。
 それをもたらせる人物はただ一人、リンリッドだけであった。
 リンリッドもリヒテルの状況について、ある程度推測ではあるが理解しているだろうと辰之進は考えていた。
 今更だったが、口止めすべきだったと悔やみきれない思い出いっぱいであった。

「彼一人で……は不可能ですよ?今リンリッド老師たちが討伐に当たっているランク5相当の機械魔デモニクスも、あれ一体とは限らないでしょうし。」
「そこは問題ない。陛下が魔道具【元始天王ダンジョンコア】をもって脱出される。その範囲内であれば全く問題はない。」

 つまりはその範囲以外はすべて機械魔デモニクスの攻撃範囲であるということの裏返しであった。

「その脱出中の時間稼ぎを我々に行えと?我々の仲間たちに死地に赴けと?そうおっしゃるのですか!!」

 命令とは言え、あまりの言い分についに激怒した辰之進。
 感情を抑えきれなくなったようで、その表情に激しい怒気をにじませる。
 
「君たちならできると判断しての命令だ。逆を言えば君たち以外にこれを無事に遂行できる人材がいないのだ。」
「っ!!」

 臣民の命を盾に取られる形となった辰之進は、反論することができなかった。
 正直なところ、もっとうまい方法はないのかと思考を巡らせていた。
 しかし、辰之進もまた同じ答えにたどり着いてしまったのだ。
 〝リヒテル小隊に殿を務めさせる〟と……
 今度は自分への憤りで我を忘れそうになる辰之進の百面相に、清十郎が軽く頭を小突く。
 あまりいたくはないものの、自分が変な思考迷路に陥っていたことに気が付いた辰之進は、咳払いとともに思考を一度リセットしたのだった。

「あまり時間がない。決断をしてほしいのだが?」

 冷たい視線を送り決断を促すロレンツィオ。
 辰之進は非常の決断を迫られたのだった。

「清十郎……リヒテル小隊に伝令を……明日明朝、完全武装にて総隊長執務室への出頭を命じる。」
「……了解……。あれだな……こればかりは不甲斐ない自分が嫌になる……」

 執務室にはやけに重苦しい空気が充満していたのだった。

——————
 
 シュトリーゲ・ド・エウロピニアが、城からほど近い歴代皇帝が眠る霊園へと足を運んでいた。
 霊園の中心に建てられたモニュメントには、歴代皇帝の名が刻まれていた。
 シュトリーゲはリリアーナを共だっており、二人とも膝をつきそのモニュメントに祈りをささげる。
 ひとしきり祈り終えた二人は、さらに奥へ足を踏み入れる。
 そこは帝都とは思えない鬱蒼とした木々が生い茂っており、今までとは違う空気を纏っていた。
 足元はさほど広くはないものの、石畳で舗装されており、歩きづらいということはなかった。
 カツリカツリと、二人はその石畳を歩く。
 しばらくすると少しだけ開けた場所に出ることができた。
 そこもまた石畳できれいに整えられており、その中心部には一つの祠が建立されていた。
 シュトリーゲはおもむろにその祠に手をかざすと、何かが反応したのかシュトリーゲの手のひらと目に光が照射された。
 一瞬まぶしそうにしたシュトリーゲだったが、ほんの一瞬だったこともあり、特に問題は発生しなかったようだ。

 光が収まると、周囲からゴゴゴゴゴと何かが動く音が聞こえてくる。
 次第にその音が大きくなると、シュトリーゲの周囲の地面が動き始める。
 きれいに整えられた石畳が何かに操られているかのように動き始めた。
 そしてその動きが収まると、石畳はまるで何かの絵を描くように配置されていたのだった。
 そして最後の仕上げとばかりに祠が徐々にせりあがっていく。
 祠の円柱の土台が3mと程せりあがると、その円柱に入り口が出来上がっていたのだ。

「ほう、それが古の洞窟というやつですか……」
 
 シュトリーゲが声のする方を振り向くと、一人の人物がリリアーナを羽交い絞めにして立っていた。
 
「ん?貴様は誰だ?」
「陛下……お忘れでしょうか……私ですよ……リシャース・威張ウェイチャンです。」

 リリアーナの首元にはナイフが添えられており、いつでも殺せるぞというリシャースの意思表示であった。
 眉を顰めるシュトリーゲ。
 リシャースの望みが全く読めなかったのである。

「貴様の望みはなんだ?」
「いけません陛下。このものの話を聞いては!!」

 リリアーナは恐怖のあまり手足が震えているにもかかわらず、懸命に叫ぶ。
 その態度が気に入らなかったのか、リシャースは手にしたナイフに力が入る。
 リリアーナの白い柔肌から鮮血が滴り落ち、美しいドレスが朱に染まる。

「いえね、私をその中に連れて行っていただきたいのです。嫌とは申しませんよな?」

 ニヤリと嘲るリシャースに、シュトリーゲはどうすることもできなかった。
 ここで非情になり切れなかったのは、シュトリーゲの若さ故かはたまたリリアーナへと愛情か……
 シュトリーゲは苦虫をかみ殺したような表情を浮かべ、リシャースを伴ってその洞窟へと足を踏み入れたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

あらゆる属性の精霊と契約できない無能だからと追放された精霊術師、実は最高の無の精霊と契約できたので無双します

名無し
ファンタジー
 レオンは自分が精霊術師であるにもかかわらず、どんな精霊とも仮契約すらできないことに負い目を感じていた。その代わりとして、所属しているS級パーティーに対して奴隷のように尽くしてきたが、ある日リーダーから無能は雑用係でも必要ないと追放を言い渡されてしまう。  彼は仕事を探すべく訪れたギルドで、冒険者同士の喧嘩を仲裁しようとして暴行されるも、全然痛みがなかったことに違和感を覚える。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...