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第6章 落日

第65話 崩壊

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「リヒテル!!そっちを頼む!!」
「はい!!」

 すでに第8対機械魔防壁アンチデモニクスウォールはその機能を停止しており、高く厚く作られたコンクリートの防壁は、いたるところが崩壊していた。
 そこから、雪崩れ込むように押し寄せる機械魔デモニクス
 幸い攻めてくるのは、まだランク3程度の機械魔デモニクスたちだったが、今までとは違う様相を呈していた。
 本来であれば、動物を模した機械魔デモニクスが中心となって押し寄せてくるはずであった。
 しかし、目の前に現れたのはどう見ても異形の者たちだった。

 リヒテルたちも何度も倒してきた緑色の小人、通称ゴブリン。
 豚頭の大男、通称オーク。
 ひと際大きな体を持ち、文献に描かれていた〝鬼〟と呼ばれる空想の生き物のような姿のオーガ。
 黒く輝く毛並みの美しい、オオカミのようなフォレストウルフ。
 空を飛び回る、人と鳥が融合したかのようなハーピー。
 ほかにも今まで見たことのない姿をした者たちが、多数存在していたのだ。

 どれもこれも、狩猟者連合協同組合ハンターギルドから提出された資料に記載されていた〝怪異〟と呼ばれる、化け物たちだった。

 だが、それだけではない。
 懸念事項であった魔物モンスターたちの機械魔デモニクス化。
 それが行われていたのだ。
 それを進化と呼んでいいものかのか、リヒテルたちにはわからなかった。
 ただ言えることは、このままでは持ちこたえることが難しいということだけだった。

「左はリヒテル小隊が受け持つ!!行くぞ!!」

 リヒテルの号令で、リヒテル小隊は戦場へ躍り出る。
 真っ先に駆け出したのは、ケントであった。
 その両手に携えた小剣を器用に振るい、次々と魔物モンスター機械魔デモニクスを屠っていく。
 それはまさに一騎当千。
 誰しもが思い描く英雄に他ならなかった。
 それに負けまいとエイミーも矢を解き放つ。
 狙いすました一閃は次々とヘッドショットを決めており、こちらもまた多数の機械魔デモニクスを屠っていった。

「ふん!!」

 ゴウ!!っという轟音とともに、クリストフの戦斧が振り払われる。
 突撃してきていたオーガはその斬撃を受け止めようと試みるも、クリストフの一撃はすさまじく、腕もろとも胴体を薙いで行く。
 受け止めきれなかったオーガは一瞬何が起こったかわからないとでも言いたげに目を見開き、そのまま絶命していった。

 リヒテルは、この後出てくるであろうランク4以上の機械魔デモニクスに備え、戦力を温存していた。
 今使っているのは、アサルトライフル型の魔銃。
 あくまでも、殲滅ではなく制圧に重きを置いて運用していた。
 弾薬は次々と手に入る屑魔石マナコアを使って魔弾を用いていた。
 これならば、実弾を消費することなく温存していけると判断してのことだった。
 しかし、使っているのが屑魔石マナコアだったためかあまり威力が出ず、歯がゆい思いでいっぱいであった。

「おいクリストフ!!前に出過ぎだ……っつうの!!」

 リチャードは、そんな自由気ままな小隊の戦線を支えるために、身を粉にして働いていた。
 何度も何度も前線を身を挺して構築し、ヘイトをその身に受け止める。
 何度も何度も攻撃を受けようとも、リチャードの鉄壁は揺らぐことはなかった。

 すでに戦闘開始から2時間以上が経過していた。
 空は白みだし、太陽の光が当たりを照らし出していく。

「くそ!!まだ減らねぇ~!!」

 リチャードから漏れる愚痴は、皆が思っていることの代弁であった。
 倒せど倒せど尽きることのない機械魔デモニクス
 いくら善戦しようとも、体力は無尽蔵ではない。
 疲れが出れば判断ミスを起こす。
 一つのミスが連鎖していき、やがて戦線を崩壊させてしまう。

『リヒテル小隊。応答願います。』
「メイリンか?!」

 戦闘中で既に気が立っていたのか、リヒテルの言葉かかなりきつめであった。

「佐々木総隊長からの伝令です。直ちにその場を離脱。防衛は帝都付近平野にて行うものとする。だそうです。」
「了解した!!みんな聞こえてたな?これから撤退戦に移行する。」

 リヒテルはすぐに指示を出し、皆を下がらせた。
 そして懐から取り出した魔石マナコアを、自身の魔石マナコアに同調させていく。
 作り出した魔砲は、おなじみのアサルトライフル型魔砲だ。
 今回も撤退を優先とするために、面制圧を試みたのだ。
 射撃管制補助装置バイザーを下ろしたリヒテルは、機械音声ナビゲーションを無視して即座に第1層から第3層まで構築し、引き金を引き絞った。

 解き放たれた魔弾はべちゃべちゃとあたりに張り付き、覆いつくしていく。
 これもおなじみとなった、リヒテルの十八番である。
 
「撤退だ!!」

 リヒテルが踵を返して走り出した瞬間であった。
 機械魔デモニクスの集団のほうから、バリバリと放電現象が発生したのだ。
 あたりには焦げ臭いにおいが充満し、その匂いを嗅いだならば誰しもが顔をしかめてしまいそうであった。

 だがそれほど世の中は甘くはなかったのだ。

GOGAAAAAAAAAA~~~~~~!!

 バサリバサリと翼の羽ばたく音が聞こえてきた。
 何事かとリヒテルたちが振り返ると、そこには見たことのない巨大な生物が姿を現したのだった。

「怪獣大戦争じゃないんだからさ……。なんだよあれ……。」

 リヒテルは、自分の顔が引きつっているのを感じた。
 それほどまでに異様な姿をした化け物が、その獰猛な瞳でリヒテル小隊をにらみつけていたのだった。
 今までに感じたことのない威圧にリヒテルたちは動くことすらままならない状況に陥ってしまった。

「まだまだ修行が足らんな。」
「老師と一緒にしないで上げてください。リヒテル君もちゃんと成長していますからね?」

 身動きのとれない状況のリヒテルたちをよそに、どこかピクニックでも行くかのような雰囲気で現れたのはリンリッドとヨースケ・エル・八雲であった。
 二人はゆっくりと歩を進めると、リヒテルたちをかばうようにその化け物の前に立ちふさがる。

「それにしても大きいですね。」
「これは見たことのないやつだ。知っているかラミア。」

 あまりのサイズに驚きを見せるヨースケ。
 リンリッドは後ろを振り返ることもなく、ラミアに声をかける。
 ラミアも恐怖を感じておらず、リンリッドにあきれながら答えていた。

「リンリッドの坊や……少しは緊張感を持ったらどうなの?」
「そうよ、リンリッドちゃんはいっつもそう。心配ばかりかけるんだから。」

 後をついてきたマリリンは心配そうにリンリッドに声をかけるも、当の本人は何か嫌なものでも見るかのようにげんなりとしていた。
 そんな態度のリンリッドを見てマリリンは少しへそを曲げてしまっていた。

「リンリッド。これはなんて怪物なんだ?」
「遅いぞ沢村。」

 先ほどまでそこには誰もいなかった。
 しかし、いきなり声が聞こえてきたことで、リヒテルは慌ててその声の方向に視線を向けた。
 するとそこには、還暦を迎えた頃のような男性が佇んでいた。
 白髪交じりのオールバックで、戦場に似合わないスーツを着こなして。
 そしてその腰には2振りの日本刀が下げられていた。

「遅いですよ沢村教官。」

 沢村と呼ばれた男性は特段機にした様子もなく、ヨースケのそばへ歩みを進める。
 すると、ヨースケの肩を軽く叩くとニヤリと笑って見せた。

「仕方ないでしょう?文句ならそこの若作りの老人に言ってください。なんせこんな老骨にムチ打たせる真似をしてくれたんだから……ね?」
「すまなんだ。」

 皮肉にも聞こえる答えに、リンリッドは少しばかりバツが悪そうにしていた。

「そういうわけだ。リヒテル……おぬしたちは帝都の守りを頼む。これからは俺たちの仕事だ。」

 リンリッドがそういうといつもとは違う、激しい殺気をまき散らした。
 それにつられたのか、怪物はリンリッドへ視線を移した。
 そのおかげか、リヒテルたちは動けるようになり、少しだけ安堵してしまった。
 それを見逃さなかったラミアは、一瞬で距離を詰めて、リヒテルの後頭部を煙管でコンと叩いて見せた。
 その出来事は一瞬で、リヒテルは回避することすらできなかった。

「ここは戦場。気を緩めるやつがいるの?まったく。早く行きなさい。そして持ち場を守りなさい。いいわね?」

 ラミアの突き放す言葉に、リヒテルは従うしか選択肢はなかったのだった。
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