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第6章 落日

第64話 終わりの始まり

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 突如こだまする警報音。
 帝都中に響き渡るそれは、人々を恐怖のどん底へと陥れた。
 時間は深夜1時。
 誰しもが寝静まっている時間帯だった。

 警報音が鳴り響く中、リヒテルたちは緊急招集をかけられていた。

「アドリアーノ!!」
「来たかリヒテル!!」

 慌てた様子でホールに姿を現したリヒテルだったが、すでに出撃準備が始められていた。
 アドリアーノも慌てて準備を開始しており、事の重大さがよく分かった。

「この警報音は?!何が起こったんだ?」
「あぁ、第8対機械魔防壁アンチデモニクスウォールが機能停止した!!」

 その言葉を聞いたリヒテルは、事の緊急度合いが尋常ではないことを感じていた。
 第8対機械魔防壁アンチデモニクスウォールは、ランク5の立入禁止区域デッドエリアだ。
 それだけ強固な守りになっていたのにも関わらず、機能停止をする。
 それだけでも異常事態である。

「つまり、対機械魔防壁アンチデモニクスウォールを突破されたのか?!」
「おそらくそうだ。現地の防衛隊と連絡が取れない。ただでさえ人手不足だからな……最低人員しか置いてなかったのが裏目に出たな。」

 アドリアーノの表情は、後悔でいっぱいであった。
 リヒテルもランク5では手が出せないかったので、そちらはノーマークになっていた。
 ランク5ともなれば、一大隊で対応するレベルだ。
 単騎で対応できるのは狩猟免許証ハンターランク5のリンリッドをはじめとした、ある種特殊な者に限られてくる。
 だからこそ発見が遅れ、この事態を招いてしまたのだ。

「リンリッド、俺たちは帝都に近づくランク4クラスまでの機械魔デモニクスを相手取る。ランク3以下は狩猟者連合協同組合ハンターギルドにすべて任せる。」
狩猟者連合協同組合ハンターギルドでも対応できる人がいるんじゃないのか?」

 リヒテルの疑問はもっともである。
 パーティーを組んでいる狩猟免許証ハンターランク4の者であれば対応が可能なはずである。
 それだけ狩猟者ハンターは優秀なのだ。
 それを行わせないなど、どうかしていると感じたのだ。

「簡単だ。彼らは〝依頼〟が無ければ動かない。一部動く者もいるだろうが、それをあてにしてはいられない。だからこそ、危険度の低いランク3以下を相手取ってもらう〝依頼〟をかけた。その辺は防衛隊と狩猟者連合協同組合ハンターギルドの協定でそうしているみたいだな。」

 そう言われてしまえば納得である。
 誰が好き好んで、ボランティアで死地へ行きたいものか。
 防衛隊ですら、逃亡を始めようとした者がいたくらいなのだから。

「あ、リヒテル君おはよう。アドリアーノ、こっちの準備を大丈夫よ。低ランク組には都民の避難誘導を任せたわ。指揮官は第2大隊の護衛部隊が付くそうよ。」
「わかった。みんなよく聞け!!」

 アドリアーノの声が、ホールに響き渡る。
 ざわざわとしていたホールが、一瞬にして静けさを取り戻した。

「これよりアドリアーノの中隊は、東門にて第1大隊と合流。のちに第8立入禁止区域デッドエリアでの防衛線に当たる。各自準備でき次第、小隊ごとに東門へ移動。のち中隊として合流する!!」

 アドリアーノの指示を聞いたアドリアーノ中隊メンバーはあわただしく行動を開始する。
 すでに準備が終わっている小隊が次々と中隊隊舎を飛び出していった。
 リヒテルたちもほどなくして準備が終わり、隊舎を出ようとした時だった。

「リヒテル小隊長、これを。」

 歩き出そうとしたところで、ケントによってリヒテルは呼び止められた。
 そしてケントの手には、人数分のネックレスが握られていた。

「これは?」
「お守りです。まぁ、簡単な魔道具だと思ってください。みんなで生きて帰りましょう。」

 渡されたネックレスは、派手な装飾はなく中央に小さな魔石マナコアがくっついていた。
 特に何か変わった機能があるわけではなさそうで、訝し気に首に付けるリヒテル。
 エイミーはリヒテルにそれを渡すと、髪をたくし上げ背を向けた。
 どうやらつけてと言っているらしく、リヒテルはそっとネックレスを付けてあげたのだった。
 エイミーを正面から見ていたリチャードは、エイミーが少しだけ緋色ばんでいたのを見て、少しずつ前に進んでいることを実感したのだった。
 ただし、心の中では(リア充爆発しろ!!)と思っていることは、誰も気が付かないまま。

「危険な時に防御結界を形成してくれるものです。ただそれほど強度があるわけではないので、逃げるための一瞬のスキを作ってくれる程度に思っていてください。魔力補給は装着者の魔力と周辺の魔素マナを自動で吸い上げるようになってます。」

 リヒテルは装着して気が付いたが、それがどれほどすごい魔道具なのか……
 こともなげにケントは話してはいるが、本来であれば皇帝に献上されてもおかしくない代物だった。
 ただ、今は緊急事態ゆえにそれは考えないことにしたのだった。

「リヒテル小隊。アドリアーノ中隊と合流後、第1大隊と合流。ランク4機械魔デモニクスの掃討作戦に参加する。行くぞ!!」
「「「「「おう!!」」」」」

 リヒテルの号令を合図に、リヒテル小隊の面々は颯爽と隊舎を後にした。
 その表情には焦りの色はなく、ただ人々を守るという使命感が色濃く映し出されていた。

——————

「ロレンツィオ。防衛隊と狩猟者連合協同組合ハンターギルドが出撃したようだな。」
「はっ。守備部隊を残して全戦力にてこれを撃退に当たるものかと。」
「なるほどの……。さて、ロレンツィオ。お前の意見を聞きたい。この帝都は……違うな、この帝国は持ちこたえられると思うか?」

 華美にならない程度の豪華な椅子に腰かけ、ロレンツィオに話しかけた人物。
 彼が今回のクーデターによって皇帝についた前皇帝の長子にして皇太子であったシュトリーゲ・ド・エウロピニアである。

 シュトリーゲはおもむろに椅子から立ち上がると、応接間の窓まで近づいた。
 眼下に見えるのは第1城壁に囲まれた城内である。
 中では近衛兵団と防衛隊が守備に当たって、慌ただしく動いていた。
 その外側に、第2城壁に囲まれた城下町が見える。
 そこには貴族や議員、豪商などの家々が立ち並んでいた。
 どれも無駄に税を凝らしており、それをシュトリーゲは忌々しく思っていた。
 臣民からの血税で懐を肥やし、肥え太っている者たちもいた。
 だが、模範となる者たちもまた多数存在する。
 だからこそ、シュトリーゲは改革をしようと決意していた。
 民が皆幸せに暮らせる世界を作りたいと願って。
 たとえシュトリーゲ自身が悪に身を染めたとしても。

 だが、それが思わぬ方向へ進もうとしていた。
 それが今回のスタンビード。
 そして対機械魔防壁アンチデモニクスウォールの崩壊である。

「おそらく持ちますまいて。今はまだ問題はないでしょうな。防衛隊を率いる佐々木総隊長が、狩猟者連合協同組合ハンターギルドとうまく連携をとっておりますから。ですが、これから先は話が変わります。おそらく狩猟者連合協同組合ハンターギルドはこの帝都を離れるでしょう。彼らはあくまでも自由業。この国に縛られているわけではありませんからな。」
「なるほどの……。そうなれば一気に戦線は瓦解。この帝都も火の海か……。」

 カツカツと窓枠を指でたたくシュトリーゲ。
 どれくらいの時間がたったのだろうか、シュトリーゲは何か覚悟を決めたようにロレンツィオに視線を送った。

「ロレンツィオ。これより緊急議会を招集する!!直ちに議員を集めるように!!」
「はっ!!」

 ロレンツィオは、シュトリーゲの覚悟を感じ取っていた。
 クーデターを決めた時のような気迫が見て取れたのだ。
 足早に応接室を後にしたロレンツィオは、急ぎ議員会館へと足を運んだ。
 これから行われる議会はおそらく荒れるであろう。
 だからこそ、自分が皇帝を守ると心に決めて。

「すまないね、リリアーナ。私はこの国の幕引きをしなくてはならない。君を巻き込むことは心苦しいな。」
「陛下……。私はあなたとならばどこへでも行きます。それが地獄の底だとしても。」

 静かにソファーに座っていた女性は、皇后リリアーナ。
 隣国の第1王女であったが、シュトリーゲの婚約者としてこの国に輿入れをしていた。
 そしてシュトリーゲの戴冠に伴い、皇后となったのだ。
 隣国でも随一の美女と呼び声高く、輿入れの際はそれを止めようとした近衛騎士まで現れたそうだ。

 リリアーナはソファーから立ち上がると、窓際に立つシュトリーゲのそばにそっと並んだ。
 そして肩を寄せると、もたれかかるように体を近づける。
 二人は窓の外を静かに見つめていたのだった。
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