上 下
52 / 125
第5章 壁の先にあるもの

第52話 避難

しおりを挟む
「た、た、助けてくれ!!」

 前方より聞こえた男の声。
 前衛で警戒に当たっていた狩猟者ハンターの元へと駆け寄る姿が見えた。

「止まれ!!さもなくば、問答無用で討伐する!!」

 狩猟者ハンターの威圧に、一瞬びくりと怯む男性。
 本来であればやり過ぎだと非難される一幕であったが、今はそう言っていられなかった。
 万が一寄生種だった場合、取り返しのつかないことになりかねないからだ。

「た、助けてください!!村が!!村が襲われています!!」

 それからほどなくして、各門には避難者が殺到してきたのだ。
 周辺の町村にも防壁は設置してあったが、ランク1程度を堰き止めるのが関の山だ。
 このご時世対機械魔領域アンチデモニクスフィールドがうまく稼働しており、ランク1の機械魔デモニクスの自然発生自体、立入禁止区域デッドエリア以外ではほぼ起こりえなかった。
 だからだろうか、数世紀前に比べ防壁への税金投入は無駄とされる傾向にあった。
 そのため、今回のような騒動に対して無防備に近い状況となっていたのだ。
 


『こちらアドリアーノ小隊、佐々木中隊長応答願います。』
「こちら佐々木、何かあったか?」

 簡易指令所に詰めていた辰之進は、アドリアーノからの無線を受け、住民の受け入れについての対応を求められた。
 既に各所からその件については報告を受けており、どうするかということを検討していたのだ。
 そして出した結論は、身体検査ののちに受け入れるというものだ。
 このまま放りだしたほうが楽だというのは明白であった。
 備蓄としても有限で、これからさらに避難民を受け入れるとなれば、物資は確実に不足してしまうからだ。
 しかし見過ごすことは出来ないと、満場一致で決議されたのだ。

「こちら佐々木、全ての隊員に告ぐ。避難民の受け入れを許可する。ただし、全ての住人の身体検査を実施。持ち物は全て回収すること。特に魔石マナコアや機械製品の回収は漏れなく行う様に。」

 無線から聞こえる了解の声。
 深くため息をつくと、辰之進は思いふけるのだった。
 これから先どうなっていくのかと。

——————

 指示を受けたアドリアーノ小隊をはじめとする第1大隊の面々は、即座に行動を開始する。
 簡易の検査場を設けて、男性には男性隊員、女性には女性隊員が付き全てをチェックしていく。
 体内に隠し持っていないことも確認するために、治療院の技能スキル【診察】持ちも導入された。
 やはり数名黒フードの手のものが紛れ込んでいたようで、すぐさま捕獲されていった。
 
「やはり紛れていたみたいだな。」
「女性のほうもよ。」

 あらかた避難民をさばききったところで、第一大隊の面々は簡易駐留所に集合していた。
 報告を聞く限りでは、3万人に上る避難民に対して100人ほど黒フードの手の者が紛れていた。
 いまだ調査中の人物を含めると、500人に上る。
 それほどまでに地下で活動を続けていたいという事の表れだった。

 大きくため息をつくエイミーとアドリアーノ。
 そこにどかどかと息も荒く入ってきたのはクリストフであった。

「さすがに解体に骨が折れたぞ。魔石マナコアについては当面問題ないだろうな。しかしだ、食料はかなりひっ迫するぞ?持ってあと1週間ってところかの。補給もままならんだろうしの。」

 汗を拭きながら、集めた情報をあげていくクリストフ。
 聞き取りの結果、いまだ避難できていない者もおり、防衛都市にも避難民が殺到しているようであった。

「この波、後どれだけ続くのかしら……」
「わからん。だが俺たちが投げ出したらそこで終わりだろ?だったらやるしかないよな。」

 ため息交じりのエイミーに対して、アドリアーノが苦言を呈した。
 いつ終わるともわからない戦いを、これからも続けていかなくてはならないと思うと、気がめいってくる。
 ゴールがない分だけ、精神的なダメージのほうが大きいのだ。



 それから数日、帝都防衛の戦闘は続き、その間にも避難民が押し寄せてきた。
 当初1週間はもつであろうと考えていたが、明日には食料が尽きてしまう段階まで追い詰められていた。

「これはまいったね。まさかこれほどまで長引くなんて……」

 第一大隊の会議室で椅子に背を預け、辰之進は深くため息を吐いた。
 他の隊長たちも同様で、困惑の色を隠せないでいた。
 なぜならば皇帝が号令を発令しないからだ。
 収容施設として抑えている宿泊施設なども、すでにパンク寸前であった。
 食糧危機も重なり、住民たちのいらだちはピークに達しようとしていた。
 食糧配給も戦闘を行っているものを優先しているために、それも不満となって湧き出している。
 皇帝の命令で、城内に蓄えてある備蓄を解放してくれればどうにかなるのはわかっていた。
 有事の際に使うために、それなりの備蓄をしているはずであったからだ。
 しかし、いまだその解放の指示がないまま、ここまで来てしまったのだ。

 そのため、国に対する不満が防衛隊や狩猟者ハンターたちに向かってしまっていたのだ。
 それに対して力でねじ伏せようとしようものなら暴動が発生しかねない。

「これだってもうぱさぱさなんだがな……」

 清十郎はとうに賞味期限など過ぎている乾ききったパンをかじり、水で流し込んでいく。

「そう言わないでちょうだい。食料配給を受けられない人もいるのよ?食べられるだけましだと思わないと。」
「だがな……。いや、すまない。気が立っていたみたいだな。」

 いつもならばふざけた調子の清十郎も、どこか歯切れが悪かった。
 エミーリアも疲れ切った表情で窓の外を見ていた。
 眼下では物乞いをする子供たちもちらほら見受けられた。
 既に食料などつき、渡してやれないことに悔しさをにじませていた。

 そんな空気を一変させるように、リンリッドが会議室へとやってきた。

「待たせたな。食料配給が開始される。直ちに警備作業に当たってくれ。」
「やっと皇帝が動いたんですね?」

 リンリッドの言葉に辰之進が反応すると、首を横に振るリンリッド。
 一体どういうことだと不思議がる辰之進に、リンリッドが告げた言葉に皆一様に動揺を隠せなかった。
 ロレンツィオ総隊長のクーデターが成功した。
 これにより第一皇太子が政権を奪取。
 即日戴冠し、備蓄倉庫の解放に踏み切った。

「どういうことですか!?」

 理解が追い付かないとばかりに声を荒げる辰之進だったが、リンリッドは落ち着くようにと着席を促した。

「どうもこうもない。ロレンツィオがクーデターを画策していたのは話たな?それが成就した。というわけだ。」
「まさか老師……。黙認されていたのですか!?」

 リンリッドは軽く頷いて見せた。
 こんな時に何をやってるんだと言いそうになるも、もしクーデターが成功していなければ備蓄食料の解放などありえなかった。
 そう考えると、あながち間違いではなかったのかとも思えてしまった。

「前皇帝は、備蓄食料を自分たちだけで消費しようと考えていた。家臣たちがいくら説得したところで、耳を傾けすらしなかったようだ。そこでロレンツィオは、家臣たちと手を組み、クーデターを成功させたということだ。そして食糧配給が始まる。」

「そのための……いえ、これほどの災害はゴールドラッドのせいですね。ロレンツィオ総隊長はあくまでもそれに乗じた。それが筋書きなんですね。」
「そうだ。」

 ギリリと辰之進の口から、歯を強く噛み締める音が聞こえた。
 今にも殴り掛かりそうになるのを意志の力で抑え込み、何とかこらえた。

「老師……、力なき民の犠牲などどうでもよかったという事でしょうか……」
「それは違う。民の犠牲と言っているが逃げ伸びた者たちの中で死人はどれほどいるんだ?」

 リンリッドの言葉にはっとした辰之進は、報告書に目を通した。
 すると不思議なことに死人の報告は一切上がっていなかった。
 老衰や病気の悪化はあったものの、機械魔デモニクスからの攻撃での死者はゼロであった。
 しかも栄養失調でなくなっている人も一人もいなかったのだ。

「リンリッドの坊や、手筈は上々よ。あとはあのバカ弟子をどうにかするだけよ。これで後光の憂いは晴れたでしょう?」

 会議室に一人の女性が足を踏み入れた。

「ラミアさん!?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

処理中です...