上 下
46 / 142
第5章 壁の先にあるもの

第46話 崩壊の始まり

しおりを挟む
 ため息交じりに話していた辰之進に語り掛けたのは、眼鏡がよく似合う女性であった。
 隊服に身を包んだ姿は、凛とした空気を纏っていた。
 彼女の名はエミーリア・リオンディーノ。
 帝都防衛隊第一大隊第3中隊を任されている中隊長である。
 背は辰之進よりも高く、おおよそ180cmくらいのスレンダー美女である。
 すれ違った男性が、10人中7人は振り返るとまで言われている。
 魔法系スキルを習得しており、その威力はアドリアーノが裸足で逃げだすとまで言わしめるほどであった。
 さらにその性格も相まって〝鉄血の魔女〟という字名を拝命するに至った。

「どうした、エミーリア。何か気になることでもあったのか?」
「佐々木君の説明を鑑みるに、あのうわさ話が脳裏をよぎるのだが君はどうだい?」

 あのうわさ話。
 隊長格の間でも何度か話題に上がった話……世界遡及ワールドリトラクティブ
 この世界がやり直しを行った結果だという、根も葉もないうわさである。
 しかし、その噂に登場する人物こそプロメテウスであった。
 そのため、辰之進もまた同じように考えざるを得なかった。

「さすがに断言はできんよ。あまりにも荒唐無稽するぎる。そして情報が不足しすぎている。むしろ、〝今まさに神が降り立った〟と言われたほうが、まだ現実味がある。」
「そう……ね。そうれもそうだわ。それで、これから彼らはどう動くかしらね。」

 辰之進は「わからん」と一言答えると考え込んでしまった。

「ほらエミーリア。お前が余計なことを言うから、辰の字が潜っちまったじゃねぇ~か。」
「黙りなさい。その自慢のひげをむしり取るわよ?」

 短めに刈り揃えたあごひげをさすりながら、エミーリアへちょっかいをかけ始める男性。
 その特徴的頭髪は、長い黒髪を後ろで一つ結びにしていた。
 さらに、その特徴として見られたのが〝和装〟と呼ばれる服装であった。
 今時珍しい装いで、携えた武器もまた珍しいものであった。
 今ではそれを製造できるのは、中立国ジャポニシアのごく一部の職人だけである。
 そんな彼の名は、五十嵐 清十郎……彼もまた第4中隊を任される隊長格である。

「やめないか、エミーリア。清十郎、さすがにまじめに考えてほしいんだがな?」
「固いこと言うなよザック。それに報告の限りだと対機械魔領域アンチデモニクスフィールドが機能しているんだし焦ることないさ。」

 二人のやり取りをやんわりと諫めるザックに対し、清十郎は肩をすくめながら何でもないとでも言わんばかりに飄々としていた。
 その態度を訝しがるエミーリアをよそに、ザックは辰之進へ話しかけた。

「で、どうするんだ?」

 ザックの問いに顔をあげる辰之進の表情は、疲れが見えていた。

「まずは帝都に戻って総隊長に報告だろうな。大隊長殿に任せたら、とんでもないことにならないはずがない。」
「違いない。」

 そこにいた全員が辰之進の言葉に大きくうなずいていた。
 それほどまでにリシャースの信用は地の底であった。

 それからもブリーフィングが続き、すべてが終わりかけた時のことであった。

「伝令!!伝令!!」

 隊員が血相を変えて慌てて飛び込んできたのだ。

「なにがあった!?」
立入禁止区域デッドエリアランク1の対機械魔領域アンチデモニクスフィールドが突破されたとのことです!!」

 先ほどまで疲れ切っていたのが嘘のように、全員跳ね起きる。
 ここまで築き上げてきた人類の生活圏が、突如として脅かされる状況になり始めていた。

「ひ、被害状況は!?」

 エミーリアが慌てた様子で隊員に確認すると、まだそれほどまでの被害が出ておらず、現場対応に当たっていた狩猟者ハンターが押し戻しに成功したようであった。
 出力強化することでその波を封じ込められたと聞き、皆一様に安どの表情を浮かべていた。

「しかしこれはまいったねぇ~。つまりどの対機械魔領域アンチデモニクスフィールドもいつ突破されるかわからない状況だという事だろ?」
「出発を繰り上げて帝都に戻る!!」

 一人冷静に状況を見ていた清十郎が、一番の懸念にたどり着いていた。
 辰之進もそれを心配しており、悠長にしている時間が惜しいと考えた。
 そして矢継ぎ早に各隊に指示を出し、即時出発の準備を整える。
 即座に対応を開始した各隊の動きはやはり統制されており、先ほどまであった野営駐屯地はその姿を消していた。

 防衛隊の対応に一瞬不満を漏らした狩猟者ハンターたちだったが、事情を聴いたとたん、帝都に戻るまでは防衛隊の指揮下に編入すると申し出てくれた。
 辰之進たちにしてみれば指揮がとりやすくなるため、願ったりかなったりだった。
 ただ一人の人物を除いては。
 
「どういうことだこれは!!出発は明日昼過ぎの予定だったはずだ!!」
「申し訳ありません。緊急事態が発生したためやむを得ず対応いたしました。状況説明はおって行いますが故、直ちに車両へ搭乗願います。」

 怒り散らすリシャースを軽くあしらうと、そのまま大隊長専用車両ブタ箱に押し込め扉を閉める。
 扉越しに何かを叫んでいたが、それすら無視し運転手に出発を促した。
 運転手も慣れたもので、すべてをスルーして車両を発進させた。
 そしてこの車両も漏れず多脚型の為、姿勢を崩していたリシャースは強かに頭部を天井に打ち付けていた。

「全員出発!!先頭は第3中隊。後、第2・第4。殿は第1中隊が務める!!狩猟者ハンター諸君は第2中隊と行動を共にしてくれ!!前方又は後方で戦闘が開始した際は即時対応を求める!!以上!!出発!!」

 辰之進のよく通る声が大隊全体に響き渡る。
 そしてそれに呼応するように返事が巻き起こった。
 
 ぞろぞろと進軍が開始され、30分ののちそこにあった駐屯地は跡形もなく消え去っていたのだった。

——————

『プロメテウス様……。雛鳥は鳥籠に帰りました。』
「それでは、そのまま監視を続けてください。」

 プツリと通信が途切れると、プロメテウスはニヤリと笑みを浮かべていた。

「これですべての隊は帝都へ戻ったということですね。あとはこの国の国盗りをするだけです。さて、ほかの国はどうでしょうね……。ハーディーとニュクスはうまくやっているでしょうかね。まあ、気分屋のヘルメスは考えるだけ無駄でしょうが……」

コンコンコン

 そんなことを独り言ちていると、急に部屋の扉をノックする音が聞こえる。
 プロメテウスが入室の許可を出すと、一人の男性が姿を現した。

 その男性はヅカヅカと我が物顔で入室すると、どかりとプロメテウスの前のソファーに腰を下ろした。

「何度も呼びつけるなと言ったはずだがな、ゴールドラッド。お前とのつながりが露見したらただでは済まない。そのリスクは理解しているんだろう?」
「そう言わないでくださいよ。私とあなたのなかでしょう……ねえ、威張ウェイチャン総隊長殿?」

 苦々しい顔でプロメテウスをにらみつける威張ウェイチャン総隊長。
 それを気にした様子もなく、プロメテウスは話を続ける。

「予定通り事は進んでいますからねぇ~。これでやっと悲願成就となりそうですね。」
「わかっている。これもこの世界の為。正しい歴史へと戻すためだ。ゴールドラッド……貴様とはその一点でのみ利害が一致していることを忘れるな。」

 ぎろりと睨みつける威張ウェイチャンをよそに、プロメテウスはニマニマと笑みをこぼす。
 それを見ていた威張ウェイチャンは、面白くないと言わんばかりに態度をさらに悪化させていったのだった。

「それで、機械魔デモニクスどもの解放は予定通り二日後の深夜でいいんだな?それに合わせて私がこの帝国にクーデターを仕掛ける。」
「はい、間違いなく。そして地下に眠る秘宝を解放すればいいだけです。」

 フンと鼻を鳴らしながらソファーから立ち上がる威張ウェイチャン
 一刻も早くこの場を立ち去りたいのか、そのまま部屋を後にしたのだった。

 一人残されたプロメテウスはほくそ微笑んでいた。

「全く、いつになっても人の欲とは面白いものだ。少し唆すだけでこれほどうまく動いてくれるとは……。さてさて、これで面白くなりそうだ……。せっかく彼が頑張ったのに……ねぇ……〝中村剣斗〟さん。」

 ニヤリと口角をあげてほほ笑むその顔は、邪悪に彩られていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

鋼月の軌跡

チョコレ
SF
月が目覚め、地球が揺れる─廃機で挑む熱狂のロボットバトル! 未知の鉱物ルナリウムがもたらした月面開発とムーンギアバトル。廃棄された機体を修復した少年が、謎の少女ルナと出会い、世界を揺るがす戦いへと挑む近未来SFロボットアクション!

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

処理中です...