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第5章 壁の先にあるもの

第46話 崩壊の始まり

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 ため息交じりに話していた辰之進に語り掛けたのは、眼鏡がよく似合う女性であった。
 隊服に身を包んだ姿は、凛とした空気を纏っていた。
 彼女の名はエミーリア・リオンディーノ。
 帝都防衛隊第一大隊第3中隊を任されている中隊長である。
 背は辰之進よりも高く、おおよそ180cmくらいのスレンダー美女である。
 すれ違った男性が、10人中7人は振り返るとまで言われている。
 魔法系スキルを習得しており、その威力はアドリアーノが裸足で逃げだすとまで言わしめるほどであった。
 さらにその性格も相まって〝鉄血の魔女〟という字名を拝命するに至った。

「どうした、エミーリア。何か気になることでもあったのか?」
「佐々木君の説明を鑑みるに、あのうわさ話が脳裏をよぎるのだが君はどうだい?」

 あのうわさ話。
 隊長格の間でも何度か話題に上がった話……世界遡及ワールドリトラクティブ
 この世界がやり直しを行った結果だという、根も葉もないうわさである。
 しかし、その噂に登場する人物こそプロメテウスであった。
 そのため、辰之進もまた同じように考えざるを得なかった。

「さすがに断言はできんよ。あまりにも荒唐無稽するぎる。そして情報が不足しすぎている。むしろ、〝今まさに神が降り立った〟と言われたほうが、まだ現実味がある。」
「そう……ね。そうれもそうだわ。それで、これから彼らはどう動くかしらね。」

 辰之進は「わからん」と一言答えると考え込んでしまった。

「ほらエミーリア。お前が余計なことを言うから、辰の字が潜っちまったじゃねぇ~か。」
「黙りなさい。その自慢のひげをむしり取るわよ?」

 短めに刈り揃えたあごひげをさすりながら、エミーリアへちょっかいをかけ始める男性。
 その特徴的頭髪は、長い黒髪を後ろで一つ結びにしていた。
 さらに、その特徴として見られたのが〝和装〟と呼ばれる服装であった。
 今時珍しい装いで、携えた武器もまた珍しいものであった。
 今ではそれを製造できるのは、中立国ジャポニシアのごく一部の職人だけである。
 そんな彼の名は、五十嵐 清十郎……彼もまた第4中隊を任される隊長格である。

「やめないか、エミーリア。清十郎、さすがにまじめに考えてほしいんだがな?」
「固いこと言うなよザック。それに報告の限りだと対機械魔領域アンチデモニクスフィールドが機能しているんだし焦ることないさ。」

 二人のやり取りをやんわりと諫めるザックに対し、清十郎は肩をすくめながら何でもないとでも言わんばかりに飄々としていた。
 その態度を訝しがるエミーリアをよそに、ザックは辰之進へ話しかけた。

「で、どうするんだ?」

 ザックの問いに顔をあげる辰之進の表情は、疲れが見えていた。

「まずは帝都に戻って総隊長に報告だろうな。大隊長殿に任せたら、とんでもないことにならないはずがない。」
「違いない。」

 そこにいた全員が辰之進の言葉に大きくうなずいていた。
 それほどまでにリシャースの信用は地の底であった。

 それからもブリーフィングが続き、すべてが終わりかけた時のことであった。

「伝令!!伝令!!」

 隊員が血相を変えて慌てて飛び込んできたのだ。

「なにがあった!?」
立入禁止区域デッドエリアランク1の対機械魔領域アンチデモニクスフィールドが突破されたとのことです!!」

 先ほどまで疲れ切っていたのが嘘のように、全員跳ね起きる。
 ここまで築き上げてきた人類の生活圏が、突如として脅かされる状況になり始めていた。

「ひ、被害状況は!?」

 エミーリアが慌てた様子で隊員に確認すると、まだそれほどまでの被害が出ておらず、現場対応に当たっていた狩猟者ハンターが押し戻しに成功したようであった。
 出力強化することでその波を封じ込められたと聞き、皆一様に安どの表情を浮かべていた。

「しかしこれはまいったねぇ~。つまりどの対機械魔領域アンチデモニクスフィールドもいつ突破されるかわからない状況だという事だろ?」
「出発を繰り上げて帝都に戻る!!」

 一人冷静に状況を見ていた清十郎が、一番の懸念にたどり着いていた。
 辰之進もそれを心配しており、悠長にしている時間が惜しいと考えた。
 そして矢継ぎ早に各隊に指示を出し、即時出発の準備を整える。
 即座に対応を開始した各隊の動きはやはり統制されており、先ほどまであった野営駐屯地はその姿を消していた。

 防衛隊の対応に一瞬不満を漏らした狩猟者ハンターたちだったが、事情を聴いたとたん、帝都に戻るまでは防衛隊の指揮下に編入すると申し出てくれた。
 辰之進たちにしてみれば指揮がとりやすくなるため、願ったりかなったりだった。
 ただ一人の人物を除いては。
 
「どういうことだこれは!!出発は明日昼過ぎの予定だったはずだ!!」
「申し訳ありません。緊急事態が発生したためやむを得ず対応いたしました。状況説明はおって行いますが故、直ちに車両へ搭乗願います。」

 怒り散らすリシャースを軽くあしらうと、そのまま大隊長専用車両ブタ箱に押し込め扉を閉める。
 扉越しに何かを叫んでいたが、それすら無視し運転手に出発を促した。
 運転手も慣れたもので、すべてをスルーして車両を発進させた。
 そしてこの車両も漏れず多脚型の為、姿勢を崩していたリシャースは強かに頭部を天井に打ち付けていた。

「全員出発!!先頭は第3中隊。後、第2・第4。殿は第1中隊が務める!!狩猟者ハンター諸君は第2中隊と行動を共にしてくれ!!前方又は後方で戦闘が開始した際は即時対応を求める!!以上!!出発!!」

 辰之進のよく通る声が大隊全体に響き渡る。
 そしてそれに呼応するように返事が巻き起こった。
 
 ぞろぞろと進軍が開始され、30分ののちそこにあった駐屯地は跡形もなく消え去っていたのだった。

——————

『プロメテウス様……。雛鳥は鳥籠に帰りました。』
「それでは、そのまま監視を続けてください。」

 プツリと通信が途切れると、プロメテウスはニヤリと笑みを浮かべていた。

「これですべての隊は帝都へ戻ったということですね。あとはこの国の国盗りをするだけです。さて、ほかの国はどうでしょうね……。ハーディーとニュクスはうまくやっているでしょうかね。まあ、気分屋のヘルメスは考えるだけ無駄でしょうが……」

コンコンコン

 そんなことを独り言ちていると、急に部屋の扉をノックする音が聞こえる。
 プロメテウスが入室の許可を出すと、一人の男性が姿を現した。

 その男性はヅカヅカと我が物顔で入室すると、どかりとプロメテウスの前のソファーに腰を下ろした。

「何度も呼びつけるなと言ったはずだがな、ゴールドラッド。お前とのつながりが露見したらただでは済まない。そのリスクは理解しているんだろう?」
「そう言わないでくださいよ。私とあなたのなかでしょう……ねえ、威張ウェイチャン総隊長殿?」

 苦々しい顔でプロメテウスをにらみつける威張ウェイチャン総隊長。
 それを気にした様子もなく、プロメテウスは話を続ける。

「予定通り事は進んでいますからねぇ~。これでやっと悲願成就となりそうですね。」
「わかっている。これもこの世界の為。正しい歴史へと戻すためだ。ゴールドラッド……貴様とはその一点でのみ利害が一致していることを忘れるな。」

 ぎろりと睨みつける威張ウェイチャンをよそに、プロメテウスはニマニマと笑みをこぼす。
 それを見ていた威張ウェイチャンは、面白くないと言わんばかりに態度をさらに悪化させていったのだった。

「それで、機械魔デモニクスどもの解放は予定通り二日後の深夜でいいんだな?それに合わせて私がこの帝国にクーデターを仕掛ける。」
「はい、間違いなく。そして地下に眠る秘宝を解放すればいいだけです。」

 フンと鼻を鳴らしながらソファーから立ち上がる威張ウェイチャン
 一刻も早くこの場を立ち去りたいのか、そのまま部屋を後にしたのだった。

 一人残されたプロメテウスはほくそ微笑んでいた。

「全く、いつになっても人の欲とは面白いものだ。少し唆すだけでこれほどうまく動いてくれるとは……。さてさて、これで面白くなりそうだ……。せっかく彼が頑張ったのに……ねぇ……〝中村剣斗〟さん。」

 ニヤリと口角をあげてほほ笑むその顔は、邪悪に彩られていた。
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