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第5章 壁の先にあるもの
第45話 リシャース・|威張《ウェイチャン》
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「申し訳ありません。先ほども通信した通り、あと20分程度で合流可能です。」
辰之進の表情は、苦虫でも噛み潰したように歪んでいた。
出来れば声も聴きたくないという雰囲気である。
『大隊長である私を待たせるとは何事か!!急ぎ行動せよ!!』
「……了解。」
通信を問答無用で切った辰之進は、大きくため息をつく。
とはいうものの、狩猟者も同行している為、これ以上行軍速度を上げることは不可能であった。
むしろ上げたところで数分変わるか否かという状況である以上、行軍速度はそのままを維持するのが普通である。
これが緊急事態であれば別なのだが……辰之進としては、あんな油豚の言うことなど聞く気がなかった。
「佐々木隊長、今の声は?」
リヒテルは今まで聞いた声とは違っていた為、誰が相手であったか分からずにいた。
そういえばと、辰之進たちはリヒテルに説明していなかったことを今の今まで忘れていたのだ。
それほどまでにどうでもいいと思うほどの大隊長だという示唆でもあった。
「すまない、今のが第一大隊の隊長、リシャース・威張だ。一応武門の名家の出身だが……信じらんれないな。大隊長の両親や、兄はあれほどまでに優れた武人なのにな。」
「えっと……」
あまりの辰之進の説明の内容に、リヒテルどう返答して良いのか困惑していた。
その生理的に無理と言わんばかりの表情を見て、状況は察することができた。
おそらく自分も苦手なんだろうなと思ったリヒテルであった。
「まあ、今まで会った事無いのも不思議になるとは思うが……。あいつはほとんど隊舎に顔を出さない。出すとしたら上から注意を受けて虫の居所が悪い時くらいだ。そして今回のこの騒動。自分でどうにもできないから相当荒れてる可能性が高いな。」
「どうしてですか?」
リヒテルが不思議そうな顔で見つめてくるものだから、辰之進は少しだけ笑いそうになったのを何とかこらえて見せた。
「簡単に言ってしまえば、あいつほど隊長格に似つかわしくない人物はいないということだ。この帝都防衛隊は第1から第5までの大隊がある。それを統括しているのが総隊長の兄であるロレンツィオ総隊長だ。その第1大隊を任されているのが、その弟であるリシャース大隊長というわけだ。」
「つまりコネで大隊長になったものの、実力は皆無で、中隊長以下の隊員は独自に行動をしていると。」
リヒテルの返答に、ニヤリと笑って答えた辰之進。
その笑みを見たリヒテルは、隊が本当に大丈夫なのか不安になってしまった。
「とは言いつつも、中隊長同士で連携をとっているから、実はそれほど問題もなかったりする。だが、お怒りの大隊長殿のご機嫌取りのために少しは急ぐとしようかな。」
幾分投げやりな様子で車載無線を操作する辰之進。
そのやる気のなさに、さらに不安を覚えたリヒテルであった。
「こちら佐々木。全車両応答願う。」
無線を通して各車両から返答が届く。
幾分通信環境が悪いのか、雑音交じりなのが少しだけ気にかかったリヒテルだったが、辰之進たちが気にした様子もなかったため問題ないのだと思っていた。
しかし、この時ばかりはリヒテルの違和感が、後の悲劇の序章とは誰もわからなかったのであった。
「大隊長殿より連絡。到着時刻の遅れを指摘された。各車できる限り速度を上げて行軍するように。」
何か含みを持たせたように強調する辰之進。
その顔がニヤリとしているところを見ると、悪だくみをしているのが一目瞭然であった。
各車両からの返答もどこか嬉々としている事から、第1中隊そろって何か企んでいるんだろうとリヒテルは察したのであった。
それからほどなくして、リヒテルの視界に野営駐屯地らしいものが飛び込んできた。
立番をしている隊員も、どこか疲れを見せている。
それを見た辰之進は何かを察したのか、すぐさま車両から降りてその隊員に駆け寄った。
何かコソコソと話をしているようだったが、車内にいるリヒテルにはよく聞こえなかった。
ただ二人の表情を見る限り、あまり面白そうな話題ではないことが伺い知れた。
少し話し込んだ辰之進が戻ると、野営駐屯地の簡易門が開かれ十数台にわたる長い車列はその門へと飲み込まれていったのだった。
——————
「第一中隊ただいま戻りました。」
「遅い!!」
リヒテルたちと別れた辰之進は、簡易指令室として利用されているテントへ足を運んだ。
その足取りは重く、今にも帰りたいという思いが体中から溢れ出ていた。
駐屯地内を哨戒している隊員も、辰之進の纏う空気に苦笑いを浮かべるほかなかった。
中に入り挨拶をするや否や飛んできたのは、リシャース・威張からの叱責の言葉だった。
しかし、それも辰之進としては慣れたもので、怒りをぶつけられても何のその。
暖簾に腕押し、柳に風とはこのことであろうという程、なんとも思っていない様子であった。
その様子にさらに機嫌を悪くしたリシャースは、わなわなと握った拳を震わせていた。
「申し訳ありません。狩猟者の車両も同行していたもので。さすがにあちらの無線まではわかりませんので、指示が行き届きませんでした。」
さすがにこれは嘘である。
何かあった時のために全車両の無線通信網は確立させてあった。
しかし、説明するもの面倒だと辰之進は思い、若干小馬鹿にした態度をとっていたのだった。
「これだから狩猟者など野蛮な組織は……」
何やらぶつぶつと独り言を始めたリシャース。
いまだ狩猟者を野蛮というものも少なからず存在する。
しかし、その狩猟者によって世界が支えられていることは、ほとんどの人間であればとうに理解していた。
その少数の人間がこういった組織の上にいることによって、狩猟者連合協同組合との軋轢を生んでしまっているのもまた事実であった。
「大隊長殿。報告書はこちらです。では私は隊への指揮がありますのでこれで失礼します。」
「待て!!まだ話は終わっておらん!!おいコラ!!待たんか!!」
辰之進は報告書をテーブルに置くと、リシャースの言葉が聞こえないとでもいうかの如く席を立ち、そのまま指令室をあとにしたのであった。
「面倒くさいったらありゃしないな。」
ぼそりつぶやかれた言葉は夜風に溶け込んでいったのだった。
——————
「それではこれからの対応についての説明を始める。」
ブリーフィングのために、各中隊小隊の隊長が作戦指令室に集められた。
もちろん、指揮を執っているのは第一中隊の辰之進だ。
そこには当然のごとく、リシャースの姿はなかった。
というよりも、知らされてすらいないのだ。
リシャースは、辰之進とのやり取りでストレスをため込んだのか、そのあとすぐに自分のテントへと引っ込んでしまった。
連れてきていた娼婦数名とともに。
それを確認した哨戒担当の隊員がすぐさま辰之進に知らせ、ブリーフィングが開始されたのだった。
「今回の一件は、先に配った資料の通りだ。昔に倒されたはずの亡霊が蘇った……といえばいいのか……」
「辰之進……この報告は、にわかに信じられないが……間違いないのか?」
「あぁ、間違いない。俺たちで対応したからな。」
気が重そうな表情で辰之進へ問いかける、第3中隊隊長のザック・川西。
「まずは各隊からの報告を頼む。対応地域の立入禁止区域の状況を詳しく教えてほしい。」
各隊から上がる報告は、どれも芳しくないものであった。
突然地面から魔石が現れ、あっという間に機械魔に変化していったのだ。
それは辰之進が目にした光景と酷似しており、プロメテウスと名乗ったゴールドラッドが起こした惨劇と同様の状況であった。
さらに発生時刻を確認するも、全ての隊がほぼ同時刻を報告する。
「間違いないな。これはおそらく序章にしかすぎないだろうな。戻り次第狩猟者連合協同組合と協議して、各立入禁止区域のランクを変更したほうがよさそうだな。」
「少しいいかしら、佐々木君。」
一人の女性が、辰之進へと質問を投げかけた。
辰之進の表情は、苦虫でも噛み潰したように歪んでいた。
出来れば声も聴きたくないという雰囲気である。
『大隊長である私を待たせるとは何事か!!急ぎ行動せよ!!』
「……了解。」
通信を問答無用で切った辰之進は、大きくため息をつく。
とはいうものの、狩猟者も同行している為、これ以上行軍速度を上げることは不可能であった。
むしろ上げたところで数分変わるか否かという状況である以上、行軍速度はそのままを維持するのが普通である。
これが緊急事態であれば別なのだが……辰之進としては、あんな油豚の言うことなど聞く気がなかった。
「佐々木隊長、今の声は?」
リヒテルは今まで聞いた声とは違っていた為、誰が相手であったか分からずにいた。
そういえばと、辰之進たちはリヒテルに説明していなかったことを今の今まで忘れていたのだ。
それほどまでにどうでもいいと思うほどの大隊長だという示唆でもあった。
「すまない、今のが第一大隊の隊長、リシャース・威張だ。一応武門の名家の出身だが……信じらんれないな。大隊長の両親や、兄はあれほどまでに優れた武人なのにな。」
「えっと……」
あまりの辰之進の説明の内容に、リヒテルどう返答して良いのか困惑していた。
その生理的に無理と言わんばかりの表情を見て、状況は察することができた。
おそらく自分も苦手なんだろうなと思ったリヒテルであった。
「まあ、今まで会った事無いのも不思議になるとは思うが……。あいつはほとんど隊舎に顔を出さない。出すとしたら上から注意を受けて虫の居所が悪い時くらいだ。そして今回のこの騒動。自分でどうにもできないから相当荒れてる可能性が高いな。」
「どうしてですか?」
リヒテルが不思議そうな顔で見つめてくるものだから、辰之進は少しだけ笑いそうになったのを何とかこらえて見せた。
「簡単に言ってしまえば、あいつほど隊長格に似つかわしくない人物はいないということだ。この帝都防衛隊は第1から第5までの大隊がある。それを統括しているのが総隊長の兄であるロレンツィオ総隊長だ。その第1大隊を任されているのが、その弟であるリシャース大隊長というわけだ。」
「つまりコネで大隊長になったものの、実力は皆無で、中隊長以下の隊員は独自に行動をしていると。」
リヒテルの返答に、ニヤリと笑って答えた辰之進。
その笑みを見たリヒテルは、隊が本当に大丈夫なのか不安になってしまった。
「とは言いつつも、中隊長同士で連携をとっているから、実はそれほど問題もなかったりする。だが、お怒りの大隊長殿のご機嫌取りのために少しは急ぐとしようかな。」
幾分投げやりな様子で車載無線を操作する辰之進。
そのやる気のなさに、さらに不安を覚えたリヒテルであった。
「こちら佐々木。全車両応答願う。」
無線を通して各車両から返答が届く。
幾分通信環境が悪いのか、雑音交じりなのが少しだけ気にかかったリヒテルだったが、辰之進たちが気にした様子もなかったため問題ないのだと思っていた。
しかし、この時ばかりはリヒテルの違和感が、後の悲劇の序章とは誰もわからなかったのであった。
「大隊長殿より連絡。到着時刻の遅れを指摘された。各車できる限り速度を上げて行軍するように。」
何か含みを持たせたように強調する辰之進。
その顔がニヤリとしているところを見ると、悪だくみをしているのが一目瞭然であった。
各車両からの返答もどこか嬉々としている事から、第1中隊そろって何か企んでいるんだろうとリヒテルは察したのであった。
それからほどなくして、リヒテルの視界に野営駐屯地らしいものが飛び込んできた。
立番をしている隊員も、どこか疲れを見せている。
それを見た辰之進は何かを察したのか、すぐさま車両から降りてその隊員に駆け寄った。
何かコソコソと話をしているようだったが、車内にいるリヒテルにはよく聞こえなかった。
ただ二人の表情を見る限り、あまり面白そうな話題ではないことが伺い知れた。
少し話し込んだ辰之進が戻ると、野営駐屯地の簡易門が開かれ十数台にわたる長い車列はその門へと飲み込まれていったのだった。
——————
「第一中隊ただいま戻りました。」
「遅い!!」
リヒテルたちと別れた辰之進は、簡易指令室として利用されているテントへ足を運んだ。
その足取りは重く、今にも帰りたいという思いが体中から溢れ出ていた。
駐屯地内を哨戒している隊員も、辰之進の纏う空気に苦笑いを浮かべるほかなかった。
中に入り挨拶をするや否や飛んできたのは、リシャース・威張からの叱責の言葉だった。
しかし、それも辰之進としては慣れたもので、怒りをぶつけられても何のその。
暖簾に腕押し、柳に風とはこのことであろうという程、なんとも思っていない様子であった。
その様子にさらに機嫌を悪くしたリシャースは、わなわなと握った拳を震わせていた。
「申し訳ありません。狩猟者の車両も同行していたもので。さすがにあちらの無線まではわかりませんので、指示が行き届きませんでした。」
さすがにこれは嘘である。
何かあった時のために全車両の無線通信網は確立させてあった。
しかし、説明するもの面倒だと辰之進は思い、若干小馬鹿にした態度をとっていたのだった。
「これだから狩猟者など野蛮な組織は……」
何やらぶつぶつと独り言を始めたリシャース。
いまだ狩猟者を野蛮というものも少なからず存在する。
しかし、その狩猟者によって世界が支えられていることは、ほとんどの人間であればとうに理解していた。
その少数の人間がこういった組織の上にいることによって、狩猟者連合協同組合との軋轢を生んでしまっているのもまた事実であった。
「大隊長殿。報告書はこちらです。では私は隊への指揮がありますのでこれで失礼します。」
「待て!!まだ話は終わっておらん!!おいコラ!!待たんか!!」
辰之進は報告書をテーブルに置くと、リシャースの言葉が聞こえないとでもいうかの如く席を立ち、そのまま指令室をあとにしたのであった。
「面倒くさいったらありゃしないな。」
ぼそりつぶやかれた言葉は夜風に溶け込んでいったのだった。
——————
「それではこれからの対応についての説明を始める。」
ブリーフィングのために、各中隊小隊の隊長が作戦指令室に集められた。
もちろん、指揮を執っているのは第一中隊の辰之進だ。
そこには当然のごとく、リシャースの姿はなかった。
というよりも、知らされてすらいないのだ。
リシャースは、辰之進とのやり取りでストレスをため込んだのか、そのあとすぐに自分のテントへと引っ込んでしまった。
連れてきていた娼婦数名とともに。
それを確認した哨戒担当の隊員がすぐさま辰之進に知らせ、ブリーフィングが開始されたのだった。
「今回の一件は、先に配った資料の通りだ。昔に倒されたはずの亡霊が蘇った……といえばいいのか……」
「辰之進……この報告は、にわかに信じられないが……間違いないのか?」
「あぁ、間違いない。俺たちで対応したからな。」
気が重そうな表情で辰之進へ問いかける、第3中隊隊長のザック・川西。
「まずは各隊からの報告を頼む。対応地域の立入禁止区域の状況を詳しく教えてほしい。」
各隊から上がる報告は、どれも芳しくないものであった。
突然地面から魔石が現れ、あっという間に機械魔に変化していったのだ。
それは辰之進が目にした光景と酷似しており、プロメテウスと名乗ったゴールドラッドが起こした惨劇と同様の状況であった。
さらに発生時刻を確認するも、全ての隊がほぼ同時刻を報告する。
「間違いないな。これはおそらく序章にしかすぎないだろうな。戻り次第狩猟者連合協同組合と協議して、各立入禁止区域のランクを変更したほうがよさそうだな。」
「少しいいかしら、佐々木君。」
一人の女性が、辰之進へと質問を投げかけた。
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