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第5章 壁の先にあるもの

第38話 ライガ・リッチモンド

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 幾重にも刻まれるリチャードの傷。
 それをものともせずに体当たりを繰り返す。
 何度も何度も激しい衝突音が森に響き渡る。

「もう、本当にあんたうざったいよ!!いつもいつもそうだ!!」
「だったらおとなしく寝てろ!!この馬鹿犬が!!」

 最後の激しい衝突に、ライガ擬態種はたまらずたたらを踏み転倒してしまう。
 それを見逃すまいと、再度攻撃を仕掛けるクリストフ。
 その重量感たっぷりの戦斧を振り下ろすと、ライガ擬態種は焦ったように地面を転がりながらよける。
 間一髪で逃れたライガ擬態種は、身体から出た触手を器用に使い身体を起こす。

「本当にあんたらの連携は面倒でたまらない……な!!」

 体勢を立て直したライガ擬態種は攻撃を再開する。
 先ほどよりもさらに触手の数が増え、3人はより厳しい状況に陥っていた。
 捌ききれないほどではないが、次の一手が出せない。
 徐々に劣勢に立たされていた。

 エイミーはその状況を苦々しく思えた。
 今すぐに手を出したい。
 しかし自分に与えられた任務はライガ擬態種の頭部……寄生種の狩猟ハント
 今手を出せば狙いがばれてしまい、さらに窮地に立たされるのは目に見えていた。
 はやく……はやく……
 一分一秒がやけに長く感じてしまう。
 焦る思考とはやる心。
 手ににじみ出る汗。

『エイミーさん、耐えてください。』

 エイミーの通信機に聞こえてきたリヒテルの声。
 エイミーは危うくつがえた矢を放しそうになっていたことに気が付いた。

「ありがとうリヒテル君。」
『いえ、俺も同じ気持ちですから。』

 リヒテルもまた、はやる気持ちを抑えるのに必死だった。
 今にも引き金を引いてしまいそうになる。


 時は戻ることライガ擬態種との再接触の前。
 ライガ擬態種との戦闘についてのブリーフィング中のことだった。

「いいか、おそらく狩猟ハントのタイミングは一瞬だ。ライガ……違うな。ライガ擬態種は、二つの指揮系統を持つ機械魔デモニクスだ。どちらか一方を狩猟ハントしようとしても、もう一方がそれを阻止するだろう。そこでだ、俺たち4人でライガ擬態種の隙を作る。そしてリヒテル……お前の魔砲で完全に拘束してほしい。最後にエイミー……。エイミーが終わりを告げてやってくれ。」

 アドリアーノは、ライガの介錯をエイミーに任せることにした。
 それが、ライガにとっての手向けとなるだろうと考えてのことだった。
 さらに言えば、エイミーの心の区切りにもなると考えていた。

「わかったわ。その任務私が請け負う。これは誰にもやらせてなんかやらない。」

 エイミーの一言一言に強い意志が宿る。
 ライガと過ごした日々が脳裏に蘇るが、頭を振って必死に振り払う。
 そしてそれを機械魔デモニクスに対する怒りへと昇華させていく。

「リヒテルも行けるか?」
「やります。やらせてください。」

 リヒテルもまたエイミーと同じであった。
 短い間であったが、何度かライガと小隊を組んで狩猟ハントに出撃した。
 そしてそのそばには対をなすヒョウガの姿もあった。
 その二人の互いを思い合う姿に、リヒテルはどこか安らぎを感じていたのだった。



『リヒテル、そろそろ行けるか?』
「はい。」

 十分に敵意を回収したと判断したアドリアーノは、リヒテルに指示を出す。

「再始動。」

———魔砲陣マナバレル再構築……完了……起動します———

 待ってましたとばかりにリヒテルは、ストックしていた魔砲陣マナバレルを稼働させる。
 周囲に響き渡る不快音。
 ガチャガチャと光の円環が魔砲陣マナバレルを形成していく。

「再照準開始……」

 リヒテルが下していた射撃管制補助装置バイザー越しに、標準を合わせる。
 射撃管制補助装置バイザー越しの世界では、丸と三角の照準器が動き回っていた。
 それを魔砲の照準器と、ぴたりと合わせる。

「ロックオン……ファイア!!」

 リヒテルは、4人の動きに合わせ射線が開いた瞬間を見逃さなかった。
 引き金が引き絞られて、魔弾が勢いよく飛びだす。
 その速度は、人間では追う事の出来ない速度だ。
 一瞬にして到達した魔弾は、寸分狂わず機械魔デモニクスに到達する。
 そして展開されたのは真っ黒な、いくつもの帯状のものだった。
 それは即座に機械魔デモニクス擬態種を包み込んでいく。
 抵抗することも出来ずあっという間にライガの頭部を残して拘束が完了した。

「くそ!!なにしやがる!!ほどけ!!ほどけよ!!」

 ほどこうと藻掻くライガ擬態種だったが、全く身体が動かなかった。
 バタバタとミノムシのように暴れるライガ擬態種。
 それを憐れむように見つめる面々。

「ライガ……さようなら……」

 森の奥から聞こえるエイミーの悲しみに満ちた声。
 それと同時に到達する矢。

ズシャリ

 ライガの後頭部に寄生していた機械魔デモニクス寄生種の核を打ち抜いた。
 激しい機械音を鳴らしながらライガの頭部から離れた寄生種は、まさに青虫のような姿だった。
 次第に動きが鈍り始め、最後は全く動かなくなった。

 ライガの頭部はいまだ擬態種に取りつかれたままであった。
 そのためかわずかだがライガの意識が残っていた。

「すまないみんな。手間取らせたな。」
「そうだな……」

 皆一応に言葉を詰まらせる。
 ライガにかける言葉が見つからなかったのだ。
 エイミーもすでに駆けつけており、ライガのそばでうずくまっていた。

「わりぃーな。エイミー。どうやらここまでみたいだ……」
「馬鹿ライガ……」

 本当はもっと違う言葉をかけたかった。
 しかしそれを言うと別れが惜しくなる。
 エイミーはそう考えていた。

「くそ、眠くなってきやがった……。最後にアドリアーノ隊長、報告だ。【イレギュラー】種が出た……。だがそれだけじゃねぇ。気をつけろ……きな臭い気がしてならない……」
「わかった。あとは俺たちに任せろ。お前はもう休め。」

 ライガの報告に、アドリアーノは危機感を募らせる
 しかし、今はライガを弔うほうが先だと頭を切り替えていた。

「エイミー……最後だ……。大好きだったぜ……」
「ライガーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 エイミーの悲しみと怒りの叫びが、森を駆け巡る。
 皆もまた顔を下げ、祈りをささげた。
 こうしてここにライガ・リッチモンドの生涯が幕を閉じたのだった。



「さて、最後のもうひと仕事だ。【火葬】。」

 リヒテルが拘束し続けていた機械魔デモニクス擬態種はアドリアーノによって消し炭となった。
 後に残ったのは丸い躯体と一つの魔石マナコア
 それが今回の報酬であった。

「ライガを連れて帰ろう。」
「そうね……」

 地面に横たわるライガの頭部を、エイミーは優しく布に包み込んだ。
 よく見るといたるところに傷が見えることから、激しい防衛戦を行っていたということが見て取れた。

「しかし隊長。どうするんだ?ライガの言っておった話……。儂らじゃ手に負えんぞ?」
「いったん本部に帰還する。おそらく討伐戦になるだろうから、準備が必要だろうしな。」

クリストフの疑念に、アドリアーノは決断をした。
おそらく山積みの報告書と始末書の処理に追われるだろうなと思い、顔を顰めさせながら。

「隊長、周辺探索を終了しました。特に目立ったものはありませんね。見つけた遺体はすべて回収しました。ただ気になるのがヒョウガの遺体がありませんでした。」

 リチャードが周辺の確認を終えて、アドリアーノへの報告を行う。
 その報告を聞いていたリヒテルは、嫌な予感が湧き上がってくる。
 ライガの件もあり、もう一波乱あるのではと思えてならなかったのだ。

「それについても本部に報告してからだな。今はいったん帰還する。」
「わかりまし……」

GOGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!

 立入禁止区域デッドエリアに突如響き渡る叫び声。
 機械音とも生物音とも言えない音色。
 それは悲しみと怒りをわき起こさせる、不快極まりないものであった。

「全員警戒体制!!当エリアから即時撤退する!!」
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