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第2章 始まりの物語

第4話 始まりの物語

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ゴーン、ゴーン、ゴーン

 13時の時間を知らせる音が、街中に響き渡る。

 リヒテルが霧の中に消え、行方不明となった日より遡ること28年前……
 雪がちらつき始め、冬の到来を感じさせる寒い日。
 11月20日。
 毎年この日になると、とあるイベントが行われる。

適性診断ジョブダイアグノース

 その日までに7歳を数える子供達が、各街の役所に集められる。
 イベントは基本的に絶対参加で、もし参加できない場合は事前申請又は事後申請ののち、別日で対応となる。
 これは法律として制定されており、違反者には罰則も設けられるほど重要なイベントとなっている。

 各所の街の中央広場に設営されたイベント本部のテントには、多数の来賓者が出席している。
 それはこのイベントによっては、今後の街の担い手に大きな変化が訪れるからだ。

 更に広場中央には、祭壇のような大きな設備も設置されていた。
 このため各所の街の中央広場には、設備設置用の土台がすでに建設されているのだ。
 そしてその設備からは、ガコンガコンとそれなりに激しい機械の動く音と、プシュープシューと蒸気機関を思わせる音が響き渡る。
 現代風に言えばスチームパンクというものが、表現としては近しいかもしれない。
 

ピーーー
ガガガ

ガコッ

「あ~、あ~、あ~。マイテッ、マイテッ。」

 少し年配を思わせるような男性の声が、各所のスピーカーから響き渡る。
 マイクの性能のせいか、若干音が籠っており聞き取り辛くもあった。
 男性は後ろを振り向くと、その先にいた音響担当へ何やら細かい調整の指示を出していた。

「あ~、おっほん。皆さんお集まり頂き誠にありがとうございます。司会進行を努めます副市長の神崎です。定刻となりましたので、始めていきます。順番は事前に郵送したチケットのナンバー順に行います。順番になりましたらお子さんと一緒に、機械中央に進んでください。中央の円の中にはお子さんだけ入るようにしてください。では、1番のご家族からどうぞ。」

 機械の近くに立つ職員の誘導でイベントはスタートした。

 適性診断ジョブダイアグノース……それは新世代機械技術ニュージェネレーションテクノロジー(※以後NGT)の進歩により、その人物が持つ技能スキルを確認出来る装置として開発された魔導具を用いた職業の適性診断である。
 そして、その技能スキルに合った、その子供にとって一番適性のある職業が判断されるというものだ。
 その結果により、人々は自身の適正に沿って職業に就くようになった。
 これは、減りすぎた人々を効率よく配置する為の策の一つでもあった。
 しかし、この結果が全てと言う訳ではなく、努力次第では自身が望む職業に就くことは可能である。
 これについては、茨の道と行っても過言ではないのだが……



「父さん!!俺、絶対に父さんみたいな狩猟者ハンターになる!!」

 リヒテルは、手を繋いだ父親にそう宣言していた。
 その眼には希望に満ち溢れ、これから行われる適性診断ジョブダイアグノースを今か今かと待ちどうしそうにそわそわしていた。
 周りを見渡しても、同じように自分の親と同じ職業に就きたいと思っている子供たちもいたが、親からは少し落ち着くようにと窘められていた。
 リヒテルもまた例に漏れずに、父親から注意を受けたのだ。

「お、私と同じ職業を目指すのか……。喜んで良いんだか、悲しんで良いんだか……。なあ母さん。」

 だが、父親は何とも言えない表情を浮かべていた。
 どことなく嬉しそうで、どことなく心配するような。
 リヒテルの握る手が、一層力強くなる。
 それを感じ取った父親は、とても嬉しそうにしていたのだった。

 リヒテル親子の前では、順番に適性診断ジョブダイアグノースが行われていった。
 喜ぶ家族もいれば、落胆する家族もいた。
 それは致し方のない事なのだ。
 誰しもが希望の職業を診断される訳では無いのだから。
 あくまでも、今現在その子供に一番見合った職業を提示しているだけに過ぎないのだから。
 そこには一切の感情は反映されず、機械的に処理されているだけに過ぎないのだ。
 さらに言えばいくら権力者の子供だからと言って、適性の無い職業に就くことは難しいのだ。
 それもあってか、権力者の子供は祈るように適性診断ジョブダイアグノースを受けていた。
 それが健全とは言い難いのは、自明の理である。

 リヒテル家族が順番待ちをする中、前方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
 リヒテルと両親は何があったのかと、そちらに注視した。

 すると、列の3つ前の子供が大喜びをしていたのだ。
 両親も大喜びしていることから、どうやら目的の職業を診断されたようだ。

「パパ!!ママ!!僕は科学者サイエンティストだ!!」
「すごいぞマルチネス!!」
「すごいわマルちゃん!!さすが私の子供よ!!」

 周囲から祝福の声が上がる。

 科学者サイエンティストはこの世界において、の一つでもある。
 研究結果次第では、その辺の政治家よりも発言力が強くなったりもする。
 この世界の科学技術……NGTを発展させてきたのは、間違いなく彼らの功績といっても過言ではないのだ。

「父さん!!すごいね!!僕もなれるかな?狩猟者ハンターに……」

 父親はリヒテルの期待の篭った眼差しに、大丈夫だと声をかけることが出来なかった。
 母親もまた同じだ。



 そしてついに、リヒテルの番がやってきた。
 リヒテルは今にも駆け出しそうになるのを、両親に窘められる。
 それほどまでに期待いっぱいで、この日を迎えていたのだ。
 リヒテルからすれば、この日はリヒテルの晴れの日になるはずだからだ。
 願いに願い、神に乞い焦がれた、運命の日……

「では624番のご家族の方~。はい、チケットを確認しますねぇ~。リヒテル・蒔苗君ですね。はい、確認出来ました。ではご両親はここでお待ちください。リヒテル君はそこのお姉さんについていってね。」

 受付担当の女性から名前を呼ばれたリヒテルは、案内担当の女性の後を小走りでついていく。
 その姿を見送った両親は、リヒテルが落胆して戻って来ない事を祈らずにはいられなかった。

——————
 
「それじゃあ、リヒテル君。この円の中に入ってじっとしててね。」

 壇上の装置に案内した女性が、リヒテルを円の中心に誘導をした。
 リヒテルは少し緊張の面持ちで、その円の中心に立つ。
 案内担当の女性は装置から外に出ると、起動と書かれた赤いボタンを操作した。

キュイーーーーーーーン!!

 突如リヒテルの耳に、とてつもなく煩い不快音が鳴り響く。
 あまりの煩さに耳を塞ごうとしたが、体が全く動かなかった。
 それはまるで金縛りにでもあっているかのようだった。
 リヒテルはその状況に、冷静さを失いかける。
 しかし、体が動かず声も出ないため、助けを呼ぶことさえできない。
 ただ、恐怖だけが増幅していく。

キュイーーーーーーーン!!

 なおも鳴り響く不快音。

———適性診断ジョブダイアグノースを開始———

 謎の女性の声が、リヒテルの頭の中に響き渡る。
 またしてもパニックに陥りそうになるも、何かが邪魔をして慌てる事も出来ずにいた。

———情報体を確認……リヒテル・蒔苗……確認———

 突然自分の名前が呼ばれ、緊張の度合いが一気に階段を駆け上る。
 怖い!!逃げたい!!助けて!!
 誰も助けに来てくれない状況に、恐怖が上限を振り切っていく。

———検索結果……エラー……再検索……エラー———

 何度も再検索・エラーが繰り返されていく。
 リヒテルは発狂すら出来ない恐怖に、徐々に自我を閉ざしていく。

———特例承認……承諾……これより適性の作成を開始……完了———

 告げられた完了の声。
 そして不快音は既に止んでいた。



 リヒテルが装置から解放されると、案内担当の女性は慌てて駆け寄っていた。
 両親もまた、装置の中央で倒れているリヒテルのもとに駆け寄り、抱きかかえたのだった。

 両親や案内担当が慌てているのには、実は理由があった。
 なんと、外でも異常が発生していたのだ。
 案内担当の女性が起動の為に一つ目のボタンを押した際、今までにない反応が起こったのだ。

 本来であれば装置に組み込まれた魔法陣が起動して、子供たちを光の薄い膜で覆うのだが、今回に限ってはそうはならなかった。
 確かに魔法陣は稼働していた。
 しかしそこに取り込む魔素マナの量が尋常ではなかったのだ。

キュイーーーーーーーーーン!!

 けたたましく鳴り響く不快音が、その異常性を知らせる。
 慌てた案内担当の女性は、上司に報告後危機管理対応マニュアルに沿って直ちに装置の停止ボタンを押した。
 しかし、そのボタンは反応する事はなかった。
 いや、停止ボタンは確実に反応はしていた。
 なぜならば、稼働中に転倒するランプが消え、緊急停止用のランプが点灯していたから。
 しかし、その装置は止まる事無く稼働を続ける。
 辺りに響き渡るプシュープシューという蒸気機関に似た魔素発電装置マナジェネレーターの激しい稼働音。
 何にエネルギーが消費されているかすら分からないまま、魔素発電装置マナジェネレーターは稼働し続けていた。

 その間にもリヒテルを包む光の壁は、その色をどんどん濃くしていった。
 はじめは淡い青色だったが、今では真っ黒に染まっていたのだ。

 異変に気が付いたリヒテルの両親も、慌てて駆け寄ってきた。
 しかし、装置は稼働中で、その真っ黒な魔法陣の壁により、中には近づけなかった。

プシュ~~~~~~~~~~~!!

 最後の一際大きな音と共に装置は完全に停止し、リヒテルは解放されたのだった。
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