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1巻
1-2
しおりを挟む「すみません。この依頼受けたいんですけど……」
「あらあらあらあら。昨日の方よね? 昨日はごめんなさいね? あの子はとある子爵のご令嬢なんだけど、花嫁修業の一環だとかなんだかで無理やりここに来てたの。だから、やる気がないったらありゃしない。今回の件でさっそく子爵へ苦情がいったはずよ。たぶんもうここには来ないでしょうけど。それより依頼だったわね。依頼書を見せてちょうだい」
オネエサンは聞いてもいないことを立て板に水のごとくスラスラと説明してくれた。
まさにマシンガントーク!!
軽口はさておいて、依頼書をオネエサンに渡すと、
「この依頼ね。これは確か……あったあった、これだわ。この内容を確認してちょうだい」
と言って、詳細の書かれた紙を見せてくれた。
『ヒール草の採取。品質によって追加報酬あり。報酬銅貨十枚。なお、未達成ペナルティなし』
よし、これに決めた。これはやっぱり冒険のテンプレ的クエストだ。ちなみに、この依頼は初級冒険者の登竜門らしい。これをこなせて初心者卒業だそうな。理由は、森の探索が含まれるためだという。
ちなみに、初級冒険者はこの依頼を何度も失敗するみたいだ。その中で冒険者としての基本を学んでいくそうだ。
「そうだ、すみません。このヒール草の特徴を教えてもらえますか? 俺、そういうの詳しくなくて」
「あら、偉いわねあなた。だいたいの初心者はそのまま依頼を受けて、全く違う物を持ってきた挙句に文句を言っていくものなんだけどね。うぅ~ん、そうねぇ~。特徴としては、葉っぱの縁がギザギザしていないツルッとした感じよ。あとは……濃い緑色で、かじるととても苦いかな? ほら、良薬は口に苦しって言うじゃない? 間違ってもそのまま食べちゃだめよ? その後十時間くらい味覚が麻痺するから」
うん、全くわからん。
味で判別しようにも、麻痺するんじゃ……
しかも、ツルッとしてるとか、抽象的すぎませんか?
「そうそう、見た目がわからないと困るわよね? ちょっと待ってね……はい、これを持っていってちょうだい」
俺は一枚の紙を渡された。オネエサンが描いてくれた、ヒール草の絵だ。なんて優しい人なんだ……
そして、もらった紙を見て思った……やっぱりわからん……はあ。
では、気を取り直して東の森へ行くとしますか。
「あ、ちょっと待ってちょうだい。私はキャサリン・フリーディアよ。何か困ったことがあったら、なんでも言ってちょうだい。力になれると思うわ」
「石立海人……カイトです。キャサリンさん、よろしくお願いします」
俺はギルドの扉を力いっぱい押し開く。すると、不意に何かが変わったような気がした。
これから始まる冒険に、少年心がくすぐられ、ときめいてしまったみたいだ。
さあ、冒険を始めよう!!
冒険者ギルドを後にした俺は、ヒール草採取のため、東の森に来ていた。
ここは初心者用の森とも言えるほど、穏やかなところだった。
危険なモンスターも、動物もいないらしい。
たまにゴブリンが出現するが、装備さえ整っていれば、なりたての冒険者でも倒せるという。
――それにしてもテンプレって、どこにでも転がっているんだなと改めて思った。
少し時間を戻すが、俺が東の門を出ようとしたときのことだった。
「君、装備もなしで森に行くのは危険だ。今すぐ引き返しなさい」
東門を警護していた衛兵に、いきなり呼び止められた。
俺は首を傾げていると、衛兵は呆れた顔でさらに説明してくれた。
武具を装備せずに東の森に行くのは、さすがに自殺行為だと。
いくら初級冒険者用の森だと言っても、危険がないわけではない。
だから、ここの衛兵は冒険者への注意喚起を行っているらしい。
そして俺は……そういったものを全く装備してませんでした。
うん、忘れてました。丸腰ってか、スーツのまま森に行くところだった。
改めて衛兵に、おすすめの武器防具屋の場所を聞いた。
そこは、初級冒険者が必ず一度は訪れる店だそうだ。
店の名前は……『ガンテツ武具店』。
行ってみると、いかにも無骨そうな店構えと看板だった。
一見さんお断りな雰囲気を醸し出していたが、俺は気にせず店に入っていく。
「いらっしゃい。なんの用だ?」
扉を開けた先には、店名にふさわしい、いかにもな店主が店番していた。
むしろ、なんでカウンターに酒樽が置いてあるんだ!? そしてそこから木製のジョッキに注いで……呑むんかい!!
「ん? なんだ、これが気になるのか? そいつは悪いことをしたな。ドワーフたるもの、酒を呑まずして、何を呑むというんだ?」
店主はそう言うと、豪快に笑いながら、酒樽をポンポンと叩いていた。
樽ボディのパイナップルヘアにロング髭のおっさん。ドワーフって、みんなこんな感じなのかな。まあ、想像通りって言えばそうか。
そもそもの話、ドワーフの生態なんて俺は知らないから。
ちなみに、店内もいかにも的な内装だった。
とにかく〝生き残る〟ことを前提とした装備品の数々。
見栄えよりも性能を重視しているのか、そんな感じが見て取れる。
俺自身装備品の目利きができるわけではないので、店の親父――ガンテツさんに初心者用の装備を見繕ってもらった。
俺の体を見るなり、軽装備を中心に選んでくれた。
選んでくれている最中にぼやいていたけど、何も相談せずに、自分の好みだけで選んでしまう初級冒険者が少なからずいるという。
そういう輩は大概、自分に合っていない装備を選ぶとのことで、ガンテツさんが親切にやめておくように忠告しても、キレてそのまま買っていくみたいだ。
そして、依頼を失敗して文句を言いに来るところまでがワンセットらしい。
どこにでもいるよな、そういうやつ。
装備品を選び終わり会計をお願いすると、料金は全部で銀貨八十枚だった。
ついでに、戦闘用の服一式を売ってもらった。
替えを含めて銀貨十八枚だったが、今着てるスーツが珍しいからって、それと交換してくれた。
ありがたや。
買い物が終わり、店を後にしようとしたとき、「必ず装備を見せに来い。メンテナンスしてやるからよ」と声をかけられた。
つまりは死ぬなよ? ってことなのかな? そうか、ここは日本じゃないんだな。それほどまでに命が軽いのかもしれない。
ガンテツさんの店を後にして、改めて東の森へ行くために、東の門へと向かう。
先ほどガンテツさんの店を教えてくれた衛兵に、お礼を言って門を潜り抜けた。
「行ってらっしゃい。気をつけて。必ず帰ってきてください。私はいつでもここにいますから」
なんて温かいんだろうか……これが人情ってやつなのかな。
あのくそ国王に爪の垢を煎じて飲ませたいよ、まったく。
門を潜ってから目にした光景に、俺は心奪われてしまった。
そこには、広い広い大地が広がっていた。そよ風に揺れる背丈の低い草花。簡単に整備され、固められた街道。遠くに見える木々。空を見上げれば澄んだような青空。
ただ、空には二つの明るい光が輝いていた。どうやら太陽みたいなのが二つあるらしいな……
うん、俺は本当に異世界に来たみたいだ……
それから街道沿いの東の森に入った俺は、依頼をこなすため、もらった絵を頼りにヒール草を探した。
それにしても、俺は運がいいらしい。
目的のヒール草はすぐに見つけることができた。
うん、絵で探すより、言われたものを探したほうが早かったよ……
それから、周辺を隈なく探して歩いた。
意外と探せばあるもので、数もすぐに揃ったので、無理をせず今日の探索を終えることにした。
森を抜けて街道に出ると、同じく街へと戻る人たちがたくさん歩いていた。
冒険者や商人の馬車や荷車、一般の人まで様々だ。
街に戻った俺は、東門にいた衛兵に声をかけた。
「ただいま。約束は守ったからな」
「おかえり。無事でなによりです」
その一幕にまたジンとするものがあった。
ん? そういえば、あれから時間がだいぶ経ってないか? それでも同じ衛兵ということは……ブラック仕事!?
東門を抜けギルド会館へ戻った俺は、すぐに受付カウンターに向かった。
受付カウンターには、朝もいた受付嬢――キャサリンさんが座っていた。
「ただいま。依頼のヒール草採取完了です。確認お願いします」
「おかえりなさい。どうだった? 初めての依頼は」
「それが……」
キャサリンさんに朝の一幕を説明すると、大いに笑われてしまった。
初心者あるあるなんだそうな。
キャサリンさんにヒール草を見せて、無事依頼達成だ。
「それじゃあ、この木札を持って奥の精算所へ行くといいわ。そこで木札と交換で報酬がもらえるから」
俺はキャサリンさんから木札を受け取ると、奥にある精算所へ移動した。
そこにも受付嬢が座っており、カウンターには〝木札を出してください〟と書かれた案内板が出ていた。
俺はその案内通りに受付嬢に木札を渡した。
木札を確認した受付嬢は、後ろの棚から小さな袋を取り出す。
机の上に置くとジャラリという音が聞こえた。中には硬貨が入っているみたいだ。
「はい、銅貨十枚ね。確認して」
一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。確かに十枚だ。
机に並べられた銅貨十枚が、より現実味を感じさせた。
俺は冒険者になったんだな、と。
精算を終えた帰り際、受付カウンターにいたキャサリンさんに挨拶をし、ギルド会館を後にした。
しかし、装備にお金がかかったな……報酬より高いとか……
よし、今日は遅いから宿に帰って寝よう。
おやすみなさい。
■三日目 初心者講習のお誘い
朝起きて、俺は井戸で身支度を整える。
汲み上げた水はやはり冷たくて、強制的に思考がクリアになっていく。
周りを見れば、井戸の周りは冒険者たちでいっぱいだった。
この人たちも俺とさほど変わらないランクなんだろうな。
初級冒険者の施設なので、子供ばかりかと思ったが、実際は違っていた。
俺と同じくらいの年の男性もいるし、大人の女性もいた。さらにはもっと年配の人も。
きっと、いろんな事情で冒険者を目指しているんだろうな……
なんて、勝手に想像するのは失礼かもしれない。
すると、一人の妙齢の女性と目が合った。
あれ? これももしかしてテンプレ的なやつ?
「――おそいよ」
「わりぃ~、ねぼうした」
うん、わかってたよ、俺の後ろから来たやつに気がついたパターンのテンプレでしょ?
頑張ろう……
身支度を済ませ食堂へ向かうと、ちょうど料理の二回目の補充が終わったばかりのようだった。
お、今日の朝食はベーコンエッグにパンだ。
ただ、パンがな……硬いんだよ……
ハード系のパンは嫌いじゃないけどさ……限度があるでしょ?
小さくちぎって一口噛んだら、速攻で顎が痛くなった。
そして、頑張って食べ終わった頃、周りの人たちを見て正解がわかった。
そう、スープに浸して食べればよかっただけだった……明日からはそうします……
朝食を済ませ、少しお腹が落ち着いてきたところで、隣にある冒険者ギルドへ足を向けた。
すでに時間は早朝というタイミングが終わり、ギルド会館へ向かう冒険者の数はまばらだった。
眩しい日差しに目を細めて宿舎の門を出るとき、従業員から「行ってらっしゃい。気をつけて」の声をかけられた。
案外うれしいものだった。
昨日と同様に、クエストボードで依頼を探した。この時間だと、ほとんど残っていない。そういや、そういうの全く説明されてなかったな。あとでキャサリンさんに話を聞いておかないとな。
「ちょっといいか?」
俺がクエストボードで依頼とにらめっこしていると、一昨日のマキシマムたちを蹴散らしたゴリマッチョなおっさんに声をかけられた。
あのときはばたついてよく見ていなかったけど、白のタンクトップから覗くその身体は傷だらけだった。相当の修羅場を潜り抜けてきたことが窺えた。まさに歴戦の戦士の勲章だろうか。おそらく髪の毛もそのときに……って、にらまないでください。本当に怖いから。
「お前さんは一昨日登録したやつだろ?」
よく覚えてるな……他にも一昨日登録した冒険者なんて何人もいるはずだ。
それなのに覚えているとか、どんな記憶力なんだよ。
話はそれたけど、俺はこのおっさんが何者でどういう人物か知らない。
また絡まれるのは面倒なんで、適当にあしらうのが正解だろう。
「そうですが、何か問題でも?」
俺はそう返すと、クエストボードに視線を戻した。
俺のランクに合う依頼はすでになく、上のランクのものばかりだった。
おそらくだが、俺が受けられる依頼は争奪戦なんだと思う。
それだけ、初級冒険者が多いのだろうな。
それに、上のランクが残っているってことは……高ランクに上がるのがすごく大変なのか、それとも生き残ることが大変なのか。
命の安い世界だから、きっと生き残りの問題なんだろうな。
俺はしばらくクエストボードを見つめていると、下のほうに数枚ある少し古ぼけた依頼書に気づいた。
『下水道清掃(スライム討伐含む)』
『街の美化(ゴミ拾い。清掃活動)』
『ゴブリン討伐(五匹単位で受付)』
下水道清掃はにおいがやばそうな気がする。
そもそも清掃活動に、どうしてスライム討伐が含まれるんだよ?
それに、街の地下にモンスターがいるってどうよ?
あと、どうやってこのモンスターの討伐数を確認するんだ?
討伐証明部位の提出とかそんな感じなんだろうか?
次の『街の美化』は……むしろ「みんなで掃除しろよ!!」って思う。つか、ポイ捨て、ダメ!! 絶対!!
ポイ捨てされたゴミを回収する仕事か。楽といえば楽だけど、冒険者って感じじゃないよな。
最後のゴブリン討伐……さすが異世界!! そそられるよな。冒険者の序盤のクエストの定番だろう。
そして、馬車が襲われているのを見つけて、助けてトラブルに巻き込まれるまでが定番だよな。
やばい、考えると絶対実現しそうだ。うん、忘れよう。
俺がゴブリン討伐の依頼書に手を伸ばすと、もう一度おっさんから声をかけられた。
「警戒させてすまん。実はな、一昨日の受付嬢が仕事をさぼりやがってな、初心者講習の説明をしていなかったんだ。それで、改めて説明させてほしい」
おっさんはバツが悪そうな表情を浮かべて頭を下げていた。
このまま無視してもよかったんだけど、話の内容的にギルド職員なんだとわかった。
さすがに、これ以上無視したら怒られるだろうか……
「わかりました」
これでも俺は立派な社会人。
納得しなくても理解した体を装い、話をまとめることは得意だ(ブラック企業あるある)。
「助かるよ。おい、こいつを訓練場へ案内してくれ」
訓練場ですと? あれですか? 新人をフルボッコにするっていうテンプレですか?
よし、その喧嘩買った!!
俺は意気揚々と、職員と一緒に訓練場へ移動した。
そしてこの後、俺は後悔することになる……
ギルド職員に連れられて、やってきました訓練場。周囲が少し高い観客席で囲まれていて、そこから訓練場が見渡せるようになっている。訓練場自体もサッカーコート一面分くらいはありそうだ。
場内には堅い木と木がぶつかるような音が響き渡る。
どうやら先客がおり、数人が戦闘訓練を行っていた。
ギルド職員に座って待っているよう言われたので、俺は観客席に腰を下ろし、戦闘訓練の様子を観察することにした。
見たところ、一人のベテランらしき冒険者が、何人もの若い冒険者に実戦形式で技術を教えているようだった。
俺も受けたらよかったのだろうか?
あのベテラン冒険者……すごくうまい。
素人目に見ても、そのすごさが伝わってくる。
若い冒険者たちが代わる代わる斬りかかっても、すべて最小限の動きでいなしていた。
おそらく、若い冒険者たちはなぜ躱されたりいなされたりしているのかわからない様子だ。
端から見るとわかるけど、ベテラン冒険者の立ち位置が絶妙だった。
一回躱すごとに、若い冒険者たちが次の攻撃がしにくい位置に位置取りをしている。
それを繰り返すことで、若い冒険者たちはどんどん動きを制限されていった。
そういった動き方もあるんだなって、感心してしまった。
しばらく訓練を眺めていると、さっきのおっさんがやってきた。
「待たせたなぁ」
それにしても渋い声だ……
「待ちました。で、何をするんです?」
俺が若干挑発ぎみに答えたら、おっさんに笑われてしまった。納得いかん。
「いやな、お前さん、ゴブリン討伐の依頼を受けようとしていただろ? 剣とか扱えるのか?」
「とりあえず振れるんじゃない?」
俺は一応剣道初段の武士だ……ごめんなさい、弱いです。試合で勝てませんでした。
それに、使っていたのは竹刀だ。西洋剣なんて扱ったことあるわけがない。
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