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新米冒険者の半吸血鬼少女
半吸血鬼少女の武具選び
しおりを挟む「はい、アッシュさん、フィアちゃん、ここがうちの系列の武器工房の直営店よ!」
「おー」
「あはは、フィアちゃんありがとー」
バァン、という音が聞こえて来そうなドヤ顔とポーズでリスティが紹介するので、フィアは素直に称賛の眼差しで拍手をする。
……ちなみに彼女は、経営の打ち合わせがあるとの事で付いてきた。
しかし、自分の家の事業を自慢するだけあって、実際その店は立派だった。
「へー凄いなー、おれ、こんな綺麗な剣あまり見たことないや」
店先のショーウィンドウに見本として飾られた刀剣の数々に、窓に張り付いて食い入るように見ているフィア。
その様子を、街娘がクスクスと笑い、やだ、あの子かわいー、と語りながら通過したのさえも気づかずに、夢中になっていた。
「この辺は、やっぱり男の子なのねぇ」
「はは……見た目がコレだから違和感あるわなぁ」
「うんうん、髪を整えて着飾って、お行儀よく座らせておけばお姫様って言っても良さそうなのに……ギャップあるわ、本当に」
そんな軽口を叩くリスティ。
「…………そうだな」
軽口の筈なのだが……アッシュには、引っかかっている事があった。
たしかに言われてみれば、外見だけならばそれでも通用しそうな雰囲気がフィアにはあると、アッシュも思う。贔屓目を抜きに、このまま成長すれば絶世の佳人となる雰囲気が、少女にはあった。
だが……一体この整った容姿というのは、どこから来た?
アッシュが知る限り、フィアの受けた呪いに、容姿を向上させるなどという効果は無いはずなのだ。
また、以前話していた、時折夜に一晩買われていたという話を聞いた限りでも、この少女……元少年の美貌は、元からあったように思える。
……妹分に付き合って肖像で見た前聖女は、肩書きに相応しいくらいに綺麗だったな。
……記憶にあるあの男も、見た事もないような美形だった気がする。
あの二人の子供であれば、あるいはこのような少女の形にはなるまいか。いや、そんなまさか……そうは思うのだが、どうしても引っかかっていた。
「……アッシュさん、どうしたの?」
「あ、いや……すまん、ボーっとしていた」
どうやら黙り込んでいたらしく、不審に思ったリスティが、アッシュの顔を下から覗き込んでいた。
「ほら、フィア、行くぞ。リスティも、用事を済ませて来るんだろ?」
「あ、うん、ごめん」
「……そうね。それじゃ何か欲しい物が決まったら声を掛けてね?」
「ああ、ありがとな」
チラチラとアッシュ達の方を気にしながら、店の中へ消えていくリスティ。
「それじゃ、行くか。いいもの見つかるといいな」
「おー」
その後を追って、アッシュとフィアも店内へと足を踏み入れるのだった。
王都に本拠を構えるブロウニング商会、そのお抱えの職人の作が集まっているという店内は、中々に壮観だった。
ジャンル毎に区分けされ、多数の武器が棚に飾られている光景は、はしゃいで走り回っているフィアは勿論の事、アッシュですらも若干テンションが上がって来るのを感じていた。
アッシュはそんな内心を押し隠し、んっと一つ咳払いし、平静を務めてフィアに声をかける。
「フィア、ネーベルでは、どんな武器を使っていたんだ?」
「ん……師匠には、どんな状況にも対応できるようにって色々な物の使い方を習ったけど……」
ナイフ、棍棒、槍、弓……あとは……と、そんな風に思い出しながら、指折り数えていくフィア。
その数が両手の指では足りなくなったところで、もういいわ……とアッシュががっくりうな垂れた。
「でも、やっぱり剣が多かったな。こんな感じの――」
そう、何気なく棚に掛けられていた、刃渡り70cm程の幅広の剣――グラティウスに手を伸ばし、持とうとして。
「あっ……っ」
「――危ねぇ!?」
持てなかった。
剣を持とうとしたフィアの腕が、その剣の重量に勝てず、ガクンと落ちた。
それが床に当たり跳ねる前に、咄嗟に動いたアッシュの手が、その柄を空中で掴み取り、事なきを得た。
そんな光景を……フィアは、呆然と眺めていた。
――フィアは、強い。
だが、それは気による身体強化と、技術によるもの。大男を地に転がす技があっても、素のフィアの筋力は、見た目通りの少女に毛が生えた程度でしかない。
故に……使い慣れていた筈のサイズの剣を保持できずに取り落とした事が信じられず、ただ呆然と己の手を見つめていた。
「あ、危ねぇ……刃物なんだからな、気をつけろよ……フィア?」
そんなフィアの様子を不審に思ったアッシュが、訝しみながら声を掛ける。
その目は、普段の能天気さが鳴りを潜め、動揺に揺れていた。
「……ごめん、大丈夫だと思ったんだ。おれ、本当に弱くなってしまってるんだな」
「……そうか。単純な筋力だと、まあ仕方ないだろう」
「うん……大丈夫、また鍛えればいいんだ、おれは大丈……」
どうにか笑顔を作り、自分を鼓舞しようとまくし立てるフィアを……アッシュは、気がついたら抱きしめていた。
……この能天気な少女の、そんな歪な笑顔を見たくなかったのだ。
「……あんまり無理をするな。な?」
「…………ん、ごめん、少しだけ」
腕の中から聞こえてくる、ほんの僅かなしやくり上げる声と、服に液体が染み込んでく感触。
それが収まる間、アッシュはただ、少女のか細い背中を優しく叩き続けるのだった。
「……ん、もう大丈夫!」
バッと、照れたようにフィアがアッシュの胸から顔を離す。
目は少し赤かったが、どうやらすっかり落ち着いたらしい。その目にはもう、動揺の色は無かった。
「な、なんかごめんな、おっさん!」
「いや、それは別にいいんだが……無理してないな?」
「ああ、どうにもならない事を気にしていても仕方ないからな、また頑張るよ!」
そう言って、細い腕で力こぶを作る真似をして、ニッと笑うフィア。
「……はは、お前は、強い奴だよ」
「そ……そう?」
「ああ、おれが保障してやる。あと、言い忘れてたがおっさんって言うな」
そうして普段通りに戻ったところで……ふと、アッシュの中に疑問が湧き上がる。
「ところで……フィア、お前は体に異常は?」
「……ん? いや、別に何もないぞ。今朝、血も貰ったばかりだし、むしろ今は調子がいいくらいだ」
「そうか……なら、良いんだが」
……呪いが全く効いていない?
弱体も姦淫の呪いも全く発生していない様子に、首を傾げる。というより、呪いの気配自体感じられないのだ。
とはいえ油断は出来ないとは思い、気を引き締め直す。きちんと調べるまで安心はできない、もしかしたら遅効性で突然発現するかもしれないのだ。
「なぁ、それより早く武器選ぼうよ」
「あ……ああ、そうだな」
ふむ、とアッシュが考え込む。
とりあえず、重い武器は無しとして……
「フィア、ちょいコレ持ってみ?」
そう言ってまずアッシュがフィアに握らせたのは、指を引っ掛けるような形状の短い柄を持った、ごく短いナイフ。
「……投げナイフ?」
「そうだ。試しにこれ、あそこのお試し用の的に投げてみてくれ」
「ん、わかった」
そう言ってフィアがひょいと手を振ると、予想外な鋭さで飛翔したナイフは、人型の的の頭……を僅かに逸れた場所へと突き立った。
もしかしたら……と思ったが、いきなり命中とはいかないらしい。
「ん……まぁ、筋はいいがちったぁ練習が必」
要か、と続けようとした時。
「ん、だいたい分かった。何本か借りるぞ?」
そんな呑気な声が、的を眺めていたアッシュの背後から聞こえ――次の瞬間、ガガガッ! という激しい音を立てて、アッシュの横を掠め、的の頭と心臓にあたる場所、寸分違わぬ位置に二本ずつ計4本のナイフが連続で突き立った。
「どうだ、おっさん! 上手いもんだろ!?」
「……あー、うん……凄いな、本当に……」
どうやら、外した最初の一投はバランスを確かめただけらしい。
これが天才ってやつか……そんな事を考えながら、『褒めて』オーラを全開にしたフィアがやや興奮気味に見上げているのを、アッシュは内心で冷や汗を流しながら褒めてやるのだった。
「それじゃ、問題なく使えるようだし、このナイフも数本買っていくとして……フィア、お前は結構格闘も得意だよな?」
「おう。闘技場じゃ武器がボロですぐ折れたり、そもそも支給されないとかザラだったからな、師匠に真っ先に叩き込まれたぞ」
「そ、そうか……」
あらためて、少女の置かれていた過酷な環境に戸惑いつつも、店内を物色するアッシュ。やがて、目的の物を見つけてフィアを手招きする。
「とりあえず……こういうのはどうだ?」
「これ……手袋?」
それは、革でできた指ぬきの手袋に、金属片を固定した物だった。動かしやすいようにかするためか指の部分は無いが、手首までガードするそれは、まるでガントレットのような形状をしていた。
「格闘用の小手……ナックルだ。手の保護と、相手に与える衝撃の底上げ用だな」
「へー、刃物とかも反らせる?」
「まぁ、技量次第ではな。それと、武器の保持や相手を掴みやすいように、内側にはグリップ力を上げる加工もしてあるからピッタリじゃないか?」
「へぇ……良いな、これが良い!」
「よし……それじゃ、サイズの調整を頼まないとな。リスティ、おーい!」
そう声を上げながら、調整と値段交渉のためリスティを探しに行くアッシュ。
そんな中、フィアは新しい得物となる予定のそのナックルを見つめていた。
一人取り残され静かになった中で、フィアは改めて、先程の出来事を思い返す。
――自分は、変わってしまったのだ。それが、ようやく実感として浸透してくる。
突きつけられたのは、元の身体との違いと失った力。その事実が心理的に与えていた影響は、自分が思っていたのよりも大きかった。
――だけど……生きている。
ならば、まだ道は無限にある筈だ。
なぜならば……自分はまだ全然、何も知らないのだから。
そう思うと、すっと胸が軽くなった気がした。
――そうだ、弱くなったのなら、また強くなればいい。また様々なことを学べばいい。どんなに変わり果てても、おれはまだ生きているのだから。
そう再度自分に言い聞かせたフィアの目には、もう迷いの色は存在しなかった。
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