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8.未来へ……

0.人の善悪を問うための存在……

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 QAクイーンアレキサンドリアの士官用ラウンジは、二十一世紀の軍艦と比較しても、ゆったりした空間がとられている。
 テーブル席は十二人掛けの円卓が一つあり、壁面は必要に応じて任意の風景が表示されるようになっている。
 一般用のラウンジも、デッキ毎に四人掛けのテーブル席がデッキ三つあるだけだが、士官・一般を問わず、アルコールの提供がない為に静かな一角となっていた。

 そんな円卓の一方に、クロエは椅子の背もたれ側を向いて艦首方向の風景をみていたが、ふと人の気配を感じて視線を向けた。

「珍しいね、キミがここに現れるなんて」

 クロエが声をかけたのは、白い士官服に白い髪と青い瞳を持った、クロエとうり二つの姿を持つ存在だ。

「……僕は僕の行きたい場所に行くことができる。ここに、これない訳じゃないさ」

 そういいながらも少しすねた様子を見せたのは、クロエがクイーンと呼んでいる、この艦自体の意識体である。

「……エメラルド島を出航して十日。もうすぐ、母港戻るっていうのに、浮かない顔をしてるじゃないか」

 クイーンの言葉にクロエは苦笑いを浮かべた。

 エメラルド島での事後処理の大半は、アレクシアたち現当主たちが処理を行った為、クロエやイリスといったQAクイーンアレキサンドリアの士官たちは暇であったのだ。

 とはいえ、別にクロエたちがハブられていた訳ではなく、軍としての権限の問題であり、クロエたちの権が及ぶのは、QAクイーンアレキサンドリアのみであるためだ。
 そして、ワイアットやリアンといったやることが多い士官とことなり、イリスとクロエは割と暇であった。

 そしてなぜか暇なはずのイリスは、艦内の図書室やタブレットを使って本国と連絡をとり、なにやら調べものにいそしんでた。
 時折その隣に、船務長であるユイがいる事もあることからいって、二人で何かを調査していることは明確である。
 イリスだけであれば、脳筋姫の治療結果やミリアム少尉の使用した毒を魔力によってコーティングする術式などについて調べているのだろうとおもったが、ユイが絡むとなると話は変わってくるのだ。

(……ユイは臓器や毒による影響なんて気味の悪いものに興味を持つはずありませんからね。そうなると、二人で調べているのは『セラフィム』のことでしょうね~……)

 はふっと、ため息をつくクロエを見やったクイーンは、何をいまさらという顔をしている。

「お前だって、うすうす判っていただろう? ただの人間にしては『力』を持ちすぎていると……
 そもそも、気まぐれな精霊や低級神ならいざしらず、ただの人間、それも一個人を気にする訳もない。
 神からすれば、本来人間なんてアリに等しいんだ。アリという群体を認識することはあっても、一匹一匹を気にするわけもないし、知覚もできないだろう。
 神がお前を常に知覚できる存在にしたのなら、それは既に一介の人間じゃないさ」

 あえて見たくなかった現実を突きつけるクイーンを、僕はにらみます。でも、クイーンはそしらぬ顏でこちらを見つめるばかりです。
 僕は諦めてクイーンに向き直って尋ねます。

「『セラフィム』って、こっちでも天使という意味なんですか?」

 僕の言葉に、クイーンは少し考えて答えてくれました。

「『天使』という言葉はしらない。
 こちらで近い言葉であれば、『使徒』だろうな。それも、古い口伝に残る程度で、一般人はしいらないだろう。アレキサンドリアでどうかまでは知らないけどね」

 確かに地球でも、『天使』は一神教の神に使わされるものでしたね。多神教では聞いた記憶がありません。
 僕の知識では一神教の神様は、直接人に啓示を与えたりしません。人に掲示を与える為に使わされる存在として、天使の存在があるように感じます。

 多神教では、一神教の唯一絶対神と異なり、人にとって身近な存在です。人に直接接触する場合も多く、人と交わることさえします。

 そういう意味では、天使というのは多神教の神と同格なのかもしれませんが、では自分が神や精霊と同一の存在であるなどという認識は持てません。

「……それは肉体に縛られているからだろうな」

 口をはさむクイーンですが、僕の思考を読みましたね?

「思考を読むのは止めてくださいね。使徒という言葉があるということは、過去に使徒が存在したということですね。
 過去の使徒は何をなした存在だったのでしょう?」

 単純に使徒と言われれば、某一神教の『神の使い』という意味で、人に神の言葉や意思を授ける存在です。
 しかし僕のいた日本では、何かの目的を持った強大な存在という意味合いもありましたからね。

「どちらかといえば後者にちかいな。お前も知っているだろうけど、正しい言葉だけでは人というものは動かない。
 たとえ話だが、自然破壊が進んで森が減っているとする。将来的には人間もそれで困るから、神の意向を伝える『使徒』は木を切らずに自然を守れと伝えたとする。
 『使徒』の言葉は神の意志であり、その言葉に反するということは神の意思に反するということだろう。
 だが、木を切り燃やすことで暖をとって何とか生きている寒さに震える人々は、木を切ることをやめると思うか?
 木を切ることを止めない人々は、神の意志に反する存在であり、断罪されるべき存在となる。
 そして多くの場合、神が『使徒』に与えている力は、森を再生する力ではなく、断罪されるべきものを滅ぼす力だ。仮に森を再生する力があるとしても、『使徒』の力は強大すぎて、文明が森に飲まれることになる。いずれにしても、神の意志に反した人々は滅びるということは変わらないさ」

 また僕の思考を読んだクイーンの言葉に舌打ちしつつも、その言葉にはうなづくしかありません。仮に神という存在が、人の未来を憂えて発した言葉だとしても、それを守ることは、今を生きている人にとっては死ねと言われているに等しい場合もあるでしょう。

 ため息をつきつつ、僕はクイーンに反論します。

「僕はアリアに目的を授けられた記憶はありませんよ。人々に伝える神の言葉もありません。伝える言葉もない以上、僕は『使徒』とは言えないでしょう」

 そういった僕に対して、クイーンはジト目で僕を見ながら言葉を続けます。自分自身にそっくりな人(?)からジト目でみられるというのは双子衣装の存在ではかなりまれであることに半ば悶えますが……

「その通り、お前はそういう意味で『使徒』ではない。
 だけど人には脅威の存在なのは変わりがないさ。神の言葉を伝える存在でない以上、クロエという存在は、人の行いを判じる為の試験でもある。
 お前が神にとって悪であれば、人はお前に迎合してはいけず、お前を打たねばならない。逆に善であった場合、お前に協力しなければ、人々の存在は悪とみなされる。人にとってはいずれにしても迷惑な存在だろうね」

 ……大昔のアニメなんかにあるような設定ですね。
 人類が僕を倒せるほどの力を持った場合、神はその存在を悪と断じて滅ぼすというような設定はどこかで聞いた気がします。
 ですが、クイーンと話して僕自身の考えもまとまったような気がします。

「結局、僕は僕としてこの世界で生きていけということですね。仮にそれが人々の未来を変えてしまうことになったとしても、それが人々の選択の結果であるならば、僕が考えていても仕方がないということなんでしょう」

 結局、クイーンは悩んでも仕方ない事でうじうじ悩むなと、僕を励ましてくれたんだと解釈しましょう。
 そして僕は立ち上がり、クイーンに手を振って艦橋へと昇るエレベータへと向かいます。なので、背後でつぶやいたクイーンの言葉は聞き取る事はできませんでした。

「……自分の死を超越して、俯瞰的に世界を見ているその視点自体が、お前の存在を神側に寄せている最たるモノなんだがな。
 アリアやディス、『這い寄る混沌』すらお前の存在と、それに対する人々の行動に注目している。果たしてその結果はどうなるのか……」
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