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7.女王の奏でるラプソディー

46.雷霆

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 アンソニーの重力場を使った大魔法に、騒然となったのは甲板上で観戦していた、女性乗組員ばかりではなかった。
 他の班の男性乗組員も、動揺を隠せないのは当然であった。彼女持ちであり、ある意味で安全牌だと思われていたアンソニーが、こうも目立つとは思われていなかったのだから。

「これは猫を被っていたのは、あの厄介なお嬢さんだけじゃなかったようですね」

 ワイアットはつぶやくと、隣の班であるハリーとリアンを確認した。ハリーは普段と変わりないようだが、予想通りリアンは多少なりと舞い上がっているように見える。

「リアンも彼女たちに、良いところを見せる必要は無いはず何ですがね」

 海上の戦いに慣れた青家の海兵に、浮ついた様子がないのをみて、珍しく安堵の表情をみせたワイアットだったが、改めて表情を引き締めると、詠唱を続ける。
 複数人で協調して詠唱する魔法というのは、普段は使うことのない魔法である。意図的に威力を弱めたモノを使用するにしても、クロエのように一人で行使するときとはちがい、威力やタイミングを合わせることは難しい。僅かな気の緩みが、自分自身の身を危うくするだけではすまないことは、ワイアットの身にしみていた。

戦闘証明済みコンバットプローブンされている複合魔法は多くありません。皆さん、しっかりとお願いします」

 そうつぶやくと、ワイアットは目前で自らが起こしている事象へと集中する。ワイアットの目の前では、他の班員による土魔法で、鈍く銀色に光る一本の槍上の物体が回転を始めていた。

「回転はこのまま維持。いつも通り、魔力の出力と他の班員とのバランスに留意」

「了解、回転は高速化を維持します。班長は仕込みをお願いしますよ」

 ワイアットを囲む班員は、適度な緊張感を持ちながらも周囲の状況を見る余裕をみせていた。それは隣に陣取るハリーたちの班も同様であった。彼らはQAクイーンアレキサンドリア乗艦以前より海兵であり、実戦経験も豊富であった。

「黒家の娘が引き起こす騒動、見てたのは女どもだけと思われちゃぁ、男の名折れっていうものですよ」

「まぁ、タダ酒飲んでるだけと思われちゃってますからね。どっかの誰かさんたちのせいで、女の尻を追いかけてるか、飲んでるだけと思われちゃってますし」

 そう言いながら、懐から小瓶を取りだすと、幼顔の少年は片手で器用に封蝋されたコルクを弾き飛ばした。

「《加速せよ、白金の大槍。いにしえより天空を切り裂く光の刃をまとえ》」

 そして大きく右手を振って、小瓶の中身を銀色に光る物体に振りかけた。振りかけられた青味がかった銀色の液体は、渦を巻いて槍へと形状を変えた金属の周囲で渦巻くと、槍の本体から紫電が放たれ始める。

「紅家の邪魔をしたといわれちゃうるさいからね。予定通り自滅してくれたからそれは良しとしよう。お調子者が想定外の行動をしてくれたのは予想外だったけど」

 苦笑いしながらも、ワイアットは自分自身も得意とする氷魔法の詠唱を始めた。詠唱とともに、槍の先端部分に、複数の氷による返しが形成され、さらに槍の周囲に微細な氷の結晶による雲状の者が形成されると、槍から放たれていた紫電がさらに勢いを増した。

「《倍加せよ、全てを貫き滅ぼす神々の槍、雷霆ケラウノス》」

 具現した雷霆ケラウノスは、その穂先を徐々に引き起こし、クラーケンの十本の足の付け根にある口球へと正確に狙いをつける。そして、槍の先端の空中には、四連の魔法陣が形成された。

「《原初の神クロノスよ、陣を通りし全てのものを加速させたまえ》」

 空中に出現した魔法陣は、アンソニーのモノとは異なり、虹色に輝きながら回転を始めた。投射準備が完了した事を受け、ワイアットが後方を見やると、ポカンとした間の抜けた表情を浮かべたクロエを目にした。魔法障壁の部分解除を示す合図を送ると、それに気づいたユイがクロエの脇を突き、慌てた様子でクラーケンの口球が接触している魔法障壁を解除する。

「《我らの敵を滅ぼせ、雷霆ケラウノス投射!》」

 ワイアットによる詠唱とともに、紫電を放つ雷霆ケラウノスは虹色の魔法陣の中心を通過し、回転音と空気を切り裂くすさまじい音を残して、クラーケンの口球に一瞬で命中し……

 雷霆ケラウノスは、クラーケンの口にある顎板を一瞬で破壊すると、その先端にまとっていた氷の返しが急激に成長し、クラーケンの体内を貫通せずに本体を留めた。そしてまとっていた紫電は、クラーケンの胴体から十本の腕や足の先端まで、落雷のように駆け巡り煙を上げる。

「……予想に反して、ほぼ仕留めてしまいましたね。まあ、これだけ巨大な死骸は邪魔ですから、リアンたちにはその処理をお願いしましょうか」

「いや、触媒として貴重なオリハルコンの粉末を溶かした乙女の血まで使ったんだから、このくらいはやってもらわないとコスパが合わないよ。今回は、班員の魔力二割の消費と考えれば、帳尻が合うってとこかな」

 幼顔の少年がワイアットのつぶやきを受けて返した一言。既にこの時点で、クラーケンの生命活動は終焉を迎えていたのであった。
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