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7.女王の奏でるラプソディー
45.眼差しの先の少女……実は、結構したたかでした……
しおりを挟む「ちょっと、なんなんですか、あれは!」
思わず叫んでしまいましたよ。艦橋前の飛行甲板には、一部の女子が集まっていましたが、幸い僕の大きな声は、スルーされたようです。
「……あんな非常識な魔法使うのは、貴女くらいだと思ってましたわ。驚いてるってことは、貴女がアンソニー砲雷長に教えたわけじゃなさそうね」
「四大精霊に属さない魔法は、アレキサンドリアでも少ないとききましたが……」
イリスさんも、ユイも驚いていますね。引力というか、重力などの概念は、地球では十七世紀初頭にニュートンらによって確立されますが、それ以前は地にあるものが地に落ちるのは、本来あるべき場所に帰ろうとする力が働いているという見方が一般的でした。
地・水・火・風などの四大元素とちがって、目に見えませんし、感じにくいものはなかなか理解が進まないはずなのですが…… みんなで顔を見合わせていた僕たちに、透き通った声がかけられます。
「そんなに驚かないでくださいませ。兄さまと私の研究の成果がやっと実った結果ですから……」
身長の低い僕よりも、やや下の高さからかけられた声ですが、その声の主は身長が決して低いわけではありません。声が低い位置から聞こえたのは、車いすに座っていたからです。
「ベアトリス……、降りてきて平気なんですか?」
彼女の名前は、ベアトリス・ブラックという子です。アレキサンドリアの中でも、旧家であるブラック家の娘さんで、人並外れた魔力の持ち主として知られていますが、生れつき体が弱く、イリスさんの継続治療を受けています。
僕がそれを知っているのは、条件付きでイリスさんによる治療に協力することにしたからですが、彼女が魔法を行使するのは条件違反になるはずですよ?
「ベアトリス、まさか契約を破って、魔法を行使したんじゃないでしょうね?」
イリスさんの低い声を聞いても、ベアトリスは涼しい顔をしています。実際、ベアトリスの身体は、一定以上の魔力の放出に耐えられません。イリスさんがベアトリスの治療を了承したのは、ベアトリスが魔法を行使しないことという条件をのんだからです。
折角治療しても、彼女の体は魔法の行使には耐えられませんからね。戦場で使いつぶすために、治療をするわけにはいきません。
「約束は破ってはおりませんわ。ですが、考える時間だけは私にはたくさんありましたので、いただけたヒントの中からくみ上げた理論を、兄さまと確立しただけですもの」
そう言ってほほ笑むベアトリスの視線の先には、アンソニー砲雷長の姿があります。心なしか、ベアトリスの顔が上気しているように見えるのですが、まさかですよね?
「……ベアトリス、僕がイリスさんに協力する条件を覚えているよね?」
高い魔力と虚弱な体。ベアトリスの実家、ブラック家の女性は早世する家系なのです。二十代前半で亡くなる人も多く、長くても最初のお産に耐えられずに亡くなる人がほとんどです。
ブラック家は、名前こそ黒を使用していますが、黒家であるウィンター家との関連はありません。
ご承知の通り、黒家ウインター家は女系であり、かつ子供は女児一人しか生まれない家系です。黒家は、アレキサンドリア共和国の中でも最大の魔力・最大火力を誇りますが、魔法戦力として稼働できる人材は、最大二名(当主とその母)です。
軍事上、火力の高い味方は、多いに越したことはありませんので、他の血族のなかでも、魔力が高い者同士の婚姻により、増やそうとした試みの中で発生したのが、ブラック家なのです。
そして、遺伝子操作などない時代ですので、素養のある者同士の婚姻によって、力のある家系を作ろうと近親婚を続けた結果、ブラック家の家族は高い魔力を持つことができましたが、代償として極端に虚弱な身体を持ってしまう結果となったのです。
そんなブラック家の娘さん、ベアトリスの治療に協力する際に、僕が申し出た条件が近親婚をやめることでした。ベアトリスが健康体になったとしても、近親婚が続けば生まれてくる子供が虚弱になる可能性は極めて高くになりますからね。
そう、砲雷長アンソニー・ブラックはベアトリスの兄であり、彼女が生まれたときに定められた婚約者でもあるのです。
「……もちろん覚えておりますわ。今でも私たちは契約に背くことはしておりませんわよ。確か契約の内容は、こうだったはずです」
そういって、ベアトリスは車いすからゆっくり立ち上がりながら言葉を続けます。
「『ブラック家は、これ以上近親婚を助長するような教育を、子供に施さないこと』でしたわよね?」
一瞬よろめいたベアトリスですが、すぐに立て直してしっかりと両の足で立ち上がりました。そして、僕とイリスさんはベアトリスの言葉にうなづき増した。
「クロエ様は、私たちの事に配慮して遠まわし的な発言を致したのでしょうけど、複数の解釈が取れる言い回しは、目的を果たせませんですのよ? なぜなら、その時点で私たち二人には、すでにそのような教育は終了していたのですから」
僕とイリスさんは呆気に取られてしまいました。治療開始時点で、ベアトリスは十歳にもなっていなかったはずですから。
そんな僕たちの顔を悪戯っぽくっ見つめたベアトリスは、僕たちに笑いかけます。
「ですが、少しは安心してもらってよろしいですわ。確かに、わたくしと兄は現在一番好きあった者同士ではありますが、あくまでも今現在のことですの。
兄はどう思っているかは知りませんが、わたくしは皆様方を見ていて思ったのです。このまま雰囲気に流されて、子をなし死んでいくだけの生を送るには、あまりにももったいないですわ。
わたくしも、皆さんのように楽しめる生を求めようと決めたんです。まぁ、現時点では兄アンソニーが一番好きですが、ほかの方々や一人で生きるというのもありだと思っていますわ」
そういってほほ笑むベアトリスの視線の先には、アンソニー砲雷長の姿があります。ですが、ずっと寝たきり娘だったベアトリスが、両の足で立ち上がったことに気づいた男子からはどよめきが上がってますね。
ほっそりとした、はかなげな佇まいのベアトリスさんは、今まで常に車いすかベッドの上で生活していましたが、実はかなりの美人さんなのですよ。そして、僕よりも身長が高いんでやんの……ちくしょうですよぉ~
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