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7.女王の奏でるラプソディー

03.仮病と新装備

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 洋上にでたQAクイーンアレキサンドリアは、国内や開放都市チッタ・アペルタからのお客ゲストを乗せて東の島を目指してから二日経ちました。
 初日は海の洗礼を受けて使えなかった新人さんたちも、今日は一部任務に復帰している様です。

「衛生長、重度の船酔いの方や仮病malingerの人はいる?」

 僕は意図的に仮病を『malinger』と言ってイリスさんにたずねました。意味はイリスさんにしか解らなかったようですね。普通は、仮病の事を『playing sick』と言い、難しい『malinger』とは言わないからです。イリスさんは苦々しく顔をしかめて答えてくれました。

「そうね、重度の船酔い患者は数名かしら。仮病malingerは二名で、いずれも殿方のようよ?」

 僕はため息をついてしまいます。今回の航海では、お目付け役であったオスカーさんは乗艦していません。艦の全権は僕に委ねられていますので、甘く見られているのは仕方ありませんね。イリスさんもそれを知って、苦々しく思っているのでしょうし、それを許可した各班長の甘さもあります。そして、舐められたままでは、上官なんかやってられません。取り合えず、まずは警告を与えるとしましょう。
 僕は船務長のユイに、船酔い患者の食事を軽めのパンやヨーグルト、酔い止めを加えた特製ゼリーを与えるようにお願いしますが、仮病malingerは二名には超特製ゼリーに食事後に読むメモを添えるようにお願いします。

「イリスさん、その男性二名は食事をするのもつらいでしょうから、食事の介助要員をつけましょう。デーゲンハルトさんと薬師の男性がいましたよね? 彼らにお願いしてください」

 僕が何を考えてるのかわかったのでしょう。イリスさんは笑顔になって、副班長のカレンに指示を出しています。

「そうね、特に重度の仮病malingerの様だから、付添人は必要よね」

 僕の斜め後ろに用意された予備のシートには、エリーゼさんが怪訝な顔をして僕とイリスさんのやり取りを見ていましたが、船酔いの患者さんの中にはヘルガさんもいるので、心配になったのかもしれませんね。

「クロエさん、船酔い患者に変な事はしないでしょうね?」

 エリーゼさんも、昨日は軽い船酔いに悩まされてましたからね。つらさは身をもって知っているのでしょう。僕は、エリーゼさんを安心させるように微笑みます。

「大丈夫ですよ、本当に具合の悪い人に変な事はしませんから」

 そして、エリーゼさんの気をそらせるために、艦橋上部の情報パネルに、海上レーダーとソナーの探知状況を表示します。

「船務長、新装備の説明をするから、船務士を二名哨戒要員から当ててください。これを使えば、戦闘時以外はマスト上からの哨戒は不要になりますので」

 新装備と聞いて、エリーゼさんは黙り込みます。そうですよね、ヘルガさんは心配でしょうけど、情報収集を怠る訳にはいかないでしょう。エリーゼさんの隣に座っていたコリーヌさんも、興味深げに座りなおしました。
 ユイが船務士二人を連れてくると、僕たちは座席を立って新設された船務士用の座席に移動します。僕が座席に着座して、真後ろにユイ、その左右に船務士の二人が並びます。エリーゼさんとコリーヌさんは、彼らの後ろから見ていますが、表示パネルの情報は見えにくいと思いますので、上部の情報パネルに同じものを投影します。

「まずは中央のパネルの説明をするね。これは海上レーダーといって、この艦を中心とした十六海里以内の水面上にある物を表示しているんだ。
 表示されているチャートの最外縁は約十六海里、約二十九キロメートル以内の船を表示しているよ」

 僕の言葉に、艦橋内の士官も含めて驚きに凍り付きます。当然ですよね、水平線上に見えない船すら表示されるのですから。今回の海上レーダーは、電波を使用した一般的なものを、魔導回路で再現したものですので、逆探知も可能ですが、現在の他国の技術レベルではそれはできないでしょう。驚いている専務員に対して、僕は説明を続けます。

「黄色で表示されているものは、陸地や島、停船している船になるよ。赤く表示されているのは、動いていてこの艦の方向に向かっているもの。オレンジ色の表示は、動いているけど、この艦の方向には進んでいないものが表示されているよ」

 そしてチャートに海図を重ねて表示すると、艦の位置が手に取るようにわかります。航海長は、彼の手元にある海図と、情報パネルに表示されている情報を見ながらぽかんとした表情を浮かべていますね。

「こっちのボタンを操作すると、探知されている艦船の、過去三分間の動きを表示できるんだ。
 この機能はエコートレイルといって、これで表示された船の動きがわかるので、相手の行動の予測はある程度着くと思うんだ。この他にも機能はあるけど、今はこれで十分だと思う。艦橋要員への報告対象は、白い円内に入ってくる可能性のある場合や、白円外に不審な動きをしている船を見つけた場合や、陣形を組んで航行している船団を見つけた場合かな」

 でも、僕の言葉を船務士の人だけじゃなく、エリーゼさんや他の士官も信じる事ができないようです。

「……見えないほど遠くにいる船などが、表示されているという事ですか? いくら艦長のお言葉でもそれは……」

 船務士の一人が口を開きますが、僕は最後まで言わせずに言葉を続けます。

「……信じられないようだけど、もうすぐ本当だとわかるよ。本艦を中心として白い同心円線上に、もうすぐどこかの船がはいるね。十時方向、大きさからして中型の帆船……」

 僕がそう言った途端、マスト上の見張り員から連絡が入ります。

「十時方向、距離十二キロに大型船……」

 おっと、船の大きさが違いましたが、これは僕の基準がQAクイーンアレキサンドリアを大型船として扱っているからですね。見張り員の方は、この世界の船を基準に考えているから表現が変わるだけです。

「……まさか……本当でしたの? 見えないほどの遠方にいる船すら、場所が把握されてしまうなんて……」

 エリーゼさんがつぶやきます。僕は呆然としている二人だけではなく、艦橋にいる人全てが理解できるように、ゆっくりと伝えます。

「みなさんが気付いたように、この艦の最大の武器は飛空艇や動力艇ではありません。相手に気づかれるよりも遥かに遠くから、僕たちは相手の動きを把握できます。
 相手が近づいてくるのなら遠ざかる事も可能ですし、相手の背後に回り込むことも可能です。仮に、海賊船を百隻相手にすることになっても、風任せで近づいてくる敵ならば、見つかる前に逃げ出すことも、飛空艇によって先制攻撃をかける事も自由自在です。これらの強力な情報収集能力が、この艦の最大の武器だと思ってください」

 派手な飛空艇や動力艇に目を取られがちですが、一方的に情報を得ていることが最大の強みです。QAクイーンアレキサンドリアは、この世界での一方的な情報強者であり、常に先手を取る事ができます。
 戦いにおいて、それがどれほどのアドバンテージとなるかは考えるまでもありません。この艦は巨大ですが、誰からも見つからないように航行できるのですからね。
 そして、同様に水中の敵を発見する為のソナーも説明します。潜水艇は、まだアレキサンドリアに搭載している艦しか知られていませんので、比較的短距離の探査範囲で作動させていますが、現在の設定では体長が五メートル以上のものを表示するようにしてあります。

「ソナーの方は、極端に大きなものが近づいてきた場合は報告してくれればいいよ。本物の白鯨モビーディック大蛸クラーケン水龍レヴィアタンなんかが接近してるってことだからね」

 まあ、知性のある海龍などは、自分よりもはるかに大きなQAクイーンアレキサンドリアにケンカを売ってくることは無いと思いますが、縄張りに侵入されたと思う可能性はありますからね。

 こういった情報は、他国に知られていても全く問題になりません。相手国には、対抗策が一切ありませんからね。エリーゼさんたちを乗艦させる際に、反対意見も当然出ましたが、魔道具制作などの技術系の人間が乗艦しない限り、仕組みすらわからないでしょう。
 なにせ紅家の傘下でも、かなりの知識を持つものでさえ、エリックさんが秘匿しているブラックボックスを解除することはできないのですから……
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