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5.南海の秘宝

14.宮仕えなんて考える必要はありませんね

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 冷え込み始めた朝晩の空気が、徐々に木々を染め、イリスさんを着膨れにさせていく初秋のサロン。今日は久しぶりに4人揃ってのんびりお茶を頂いています。

「講義も始まって1ヶ月が過ぎましたが、みなさんの方は状況はいかがですか?」

 僕は意図的に明るさを保って、イリスさんやユイ、ユーリアちゃんに質問しました。ユーリアちゃんはお母さんのカタリナさんの補助ですし、講義の内容が内容なので大人が多いから余り問題は発生していないように見えますが、本人の感じ方は違うのかもしれません。

「うちは、母が講義をしているので余り大きな問題はでてないと思いますよぉ。講義のあと、『是非お話を』っていう大人の人が多いことくらいでしょうか」

 あ~、といった感じで僕達は顔を見合わせます。カタリナさんはエルフですからね。見た目は20歳そこそこの美人さんにしか見えませんから、男性受講者が言い寄ってきても可笑しくはないですね。
 まあ、似たような事はユイやイリスさんにもあるのでしょうけど、イリスさんは受講者を絞っているからそんな事は無いのかなと思えば、講義室までの往復で結構そういう話があるんですよね。僕が護衛しているから、接触はありませんけど。

「私のところは今の処問題は無いですわ。強いて言えば、安全な場所での対応限定では問題がないということかしら。戦場での応急処置などは、なかなか経験できるわけではありませんもの」

 ソーサーに手を添え、優雅に紅茶をのみながらイリスさんが言いました。むぅ、段々紅茶を飲む姿が様になってきていますね。なんだかんだ言いつつ、クラウディウス家との交流は、イリスさんのお嬢様化を進めていますね。それは別として、魔法医療学は講義と実習(僕の講義での怪我人の治療ですね)が、上手く行っているようですね。
 ただ、イリスさんが言うとおり、自分がパーティーメンバーとして戦闘行為に参加している場合では、対応が異なる事は間違いありません。MMOなんかのゲームでも、真っ先に狙われるのはヒーラーですからね。その状況で、治療しつつ戦線を支えられるかというのは、また別な話ですね。

「私の講義では、概略と興味をもってもらうことは完了しましたので、今後は実際の符を使った実践となるのですが、符に魔力を込める点で個人差がでてしまうのが問題ですね。
 最終的には自分で符を作ったものを活用するのですが、安定した符を作れる人は現時点では2,3人でしょうか。この状況だと、戦術うんぬんよりも、符を作る技術的な段階で勝負がついてしまうんですよね」

 確かにそうですね、特に符術師は『符』の力を使う為に、それが勝敗を分けてしまいます。いかに魔力を効率よく符に込めるかは、個人個人の試行錯誤の末に完成するものでしょうけど、講義に使う場合は均一な性能を出せる『符』のほうが役に立ちます。

「あれ? でも、模擬戦場盤で対戦する分には、あまり実際の『符』の力は関係ないんじゃないの?」

 僕がそういうと、困ったようにユイが首を振って笑います。

「そのつもりだったのですが、一部の受講生は実戦で使用してみたいようですね。冒険者である受講生もいますし、『符』安定供給と実戦練習の機会がそろそろ必要なようなので、クロエさんの力と、野外演習場をお借りできないかと思っていたんです」

「講義以外でも『符』を使うとなると、難しいかなぁ。講義で使う分には発行と回収に、有効期限をつければ、『符』の発行用魔道具は作れるけど、ギルドに置くとなると期限つけるわけにはいかないしね」

「それなら販売する形式で良いんじゃないかしら。ユイが認めた人物のみ購入可能にすれば、悪用されにくいでしょ?」

 イリスさんの案に、ユイは手を打って喜びます。確かにそれなら、未熟な符術師が冒険にでて怪我をする事は減るでしょうし、お金がかかるのであれば、自分で『符』を作る自己研鑽も疎外する事は無いでしょう。

「ん、とりあえず講義で使う『符』を発行する魔道具は作ってみるよ。発行する符の種類と、枚数はユイが設定できるようにしておくし、有効時間は1時間くらいでいいかな?」

 僕がそういうと、ユイは形の良い人差し指を右頬にあてて、小首を傾げて考えています。むぅ、なんかみんな女の子らしい仕草が様になってきている気がしますよ。

「有効時間も私が設定できるようにお願いしてよいですか? 最大4時間くらいでよいですけど」

「それは良いけど、何か理由があるの?」

 困ったような顔をしたユイが、意を決したのか言葉を発します。

「同じ条件で、私とも対戦して実力を知りたいっていう人がいるんですよ。太極六十四卦球さえ使わせなければ、実力は自分のほうが上だという人が……
 実際、私も本格的な勉強はここ数年しただけですし、戦略や戦術の才能がある方からすると、講義の内容にも不満があるらしくて」

 はぁ、ユイの処もですか……
 今回こんな話を僕が振ったのも、同じ事を言う受講者が多いからなんですよね。僕達は、見た目もミドルティーン~ローティーンの女子だけの編成です。仮に実力に差があっても、アレキサンドリアの魔道具がその力のほぼ全てとみる冒険者さんも少なくありません。

 ユイの講義は戦略や戦術に関係してきます。いわゆる軍師の才能が必要で、才能が努力を凌駕する厳しい世界なんですよね。経験豊富でも頭の固い戦略家が、若い柔軟な発想をする若手にあっさり負けることもあるのですから。

 僕の講義は実戦が中心ですから、実力を見せれば良いという考えもあります。ですが、一般の冒険者さんの参考にはならないでしょう。イリスさん曰く、貴女は色々特殊なのだそうですから。
 とは言え、普通の冒険者さんに討伐をお願いしても、オーク程度までの依頼しか受けてくれません。オーク程度までなら、駆け出しを少し出た冒険者でも対応がききますから、手の内云々は関係ありませんからね。それ以上になると、脳筋では勝てない相手が多くなるので、戦法などは他の冒険者に見られたくないのが普通です。
 そして、要求され始めたのが対人戦なんですよね。山賊や強盗といった盗賊退治の模擬戦は、魔獣や魔物以上に手の内を知られたくないものが多い、逆に言うと上位者の手の内が知りたいというわけです。

「考える事はみな同じって事ですね……」

「そうね。自分で口にしている事を、自分が出来るのかって思う人は居るのは事実ですわ。自分よりも遥かに年長者であれば経験を積んだのだろうと、自分の中で認めることも出来るのでしょうけどね」

 そういうイリスさんは、少なくても僕の治療をした時点から、治療の前線に立っています。ですが、他国ではそのようなことは判らないですからね。

「精霊樹様の力が及ばない場所でも、同じ事ができるのかって思う人がいるのといっしょですねぇ」

 間延びしたユーリアちゃんの言葉が、世間一般の人達が僕達に抱く印象なのでしょう。魔道具がなければ、精霊樹様の助力が無ければ何も出来ない、ただの小娘に違いないと……

「それで、どうやって受講者の皆さんを懲らしめるんですかぁ?」

 ユーリアちゃんが楽しそうに微笑みながら言いました。
 えっ、という感じで僕達は顔を見合わせ、その後ユーリアちゃんを見つめなおすと、天使の笑顔を浮かべた彼女が僕らに告げました。

「だって、冒険者は舐められてはやっていけないんでしょ? でしたら、何か手を打つんですよね?」

 うふ、あははっと誰知れずに笑い声があがります。そうですよね、ユーリアちゃんの言うとおりです。良いでしょう、そもそも魔術技術学院【スクオラ・ディ・テクノロジア】の為に、僕達が妥協する必要はないのです。そんな事は、僕らを招請したロンタノ辺境伯も思っては居ないでしょう。なぜなら、彼は僕達を甘く見た結果がどうなるかを知っているのですから。
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