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4.アレキサンドライトの輝き

30.古の迷宮 B2F

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 迷宮の地下2階に降り、扉を開けた僕達が見たのは、それなりに大きな部屋にカウンターらしき家具と、そこに立つ1人(一頭?)のゴブリンとでした。
 彼は僕達を見ると、頭を下げて一礼しポルト語と呼ばれる、この土地の言葉を片言で話しました。

『ようこそ、地上の、方々。此度はまた随分多くの、女囚(女性囚人)ですな。多くの繁殖、相手の提供は、我々にはありがたい、事です』

『『ちが~う!!』』

 女囚とその後に続いた言葉に、僕とシャルさんが全力で否定します。皆がゴブリンが、片言とはいえ人語を話した事に、驚いて固まっているにも関わらずに……

 彼の居るカウンターには、格子状に鉄の棒が入っていますが、どう見ても外部から攻撃された場合の対抗措置にようにみえます。僕達はそこで初めて人と共存する『ヴァイヴァー・ノ・ポラオ(地下に住む者Viver no porão)』と呼ばれているゴブリンの部族を見たのです。

*****

 僕達が女囚では無い事を理解すると、彼はとても残念そうにしましたが、ひくついた笑顔のシャルさんを見て、僕達を別室に案内して説明を始めます。
 
 この地下2階は、この旧『セロ・アスル国』では一般に知られてはまずい貴族家や王家に関わる事件などの資料の保管室や、犯罪者を拘置しておく牢だけが存在しているとの事です。

「どうやら『彼ら』は、人と争わずに共存しているゴブリンの少数部族のようですね。彼らは、王家と契約していて、牢の囚人の管理を行う代わりに、囚人を労働力や繁殖相手として利用する許可を与えられていた様です。女囚が居ない事が続く場合は、奴隷女などが提供された場合もあるようですね」

 僕の言葉に、イリスさんを始めとした女性陣は皆微妙な表情を浮かべます。アーネストさんは無表情です。
 犯罪者の労働は、ごく普通ですし、場合によっては女性犯罪者は街娼などに、身分を落とす事もありえますけど、ゴブリンの繁殖相手にするのは心情的にはかなり……
 まあ『彼ら』もゴブリンとしてはかなり身奇麗で、囚人なんかよりはよほど清潔に見えますがね。

「そういえば、囚人の食事も『彼ら』が提供しているの? 地上から支給なしで、よくこの何年かもったわね」

 イリスさんが、みんなの微妙な雰囲気を変えるべく質問してきましたので、彼らに通訳して尋ねました。
 回答を聞いて、僕やシャルさんはげんなりしますが、僕はとりあえず二人の気分を変える為に伝えます。

「『彼ら』の栽培している食用キノコや家畜の肉などを与えているそうですよ。女囚はむしろ男性の囚人よりも高待遇だそうです。人向けの調理は、長くここにいた女性囚が行っているようですし」

 家畜が、大ネズミや大ミミズだとは言いませんよ? きちんと衛生的に処理されているそうですし、知らぬが仏というやつですね。

 その後、『彼ら』から地上の権力者に確認して欲しいことがあると言われました。どうやら、帝国がこの地に侵攻して来る直前に、複数人の女性が新たに投獄されたらしいのですが、その女性達はポルト語を理解できず、また繁殖相手としての利用も禁止されたらしいのです。その為、他の女性囚とは折り合いが悪く、どうしても牢内に居る事が多くなる為、健康に不安が出ているようですね。
 僕達が牢獄内に出向くのは、他の囚人が騒ぐ可能性があるということなので、1人だけ連れてくるから別室で会話してほしいといいます。但し、このフロアからその娘を出す事はできないとの事ですね。
 僕達が了承すると、暫く待たされた後で、悲鳴をあげながら1人の女性が連れてこられたのです。
 彼女は僕達をみると、「助けて!」と騒ぐので、シャルさんが自分達との会話の為に連れてこられたことを説明すると、ようやく静かにしてくれました。
 その後のシャルさんが話を聞こうと質問したのですが、囚人娘かのじょはちらちらとアーネストさんを気にしています。それに気付いたアーネストさんが、部屋の外にでていって暫く後に、ようやく女性は話し出しました。

 それによると、彼女は元奴隷であり、数年前に他の奴隷達と共に、帝政エリクシアの各地からつれてこられたそうです。そしてフォレストフォートより北、谷が狭くなる地域で軍により数名の女性と共に谷を超えさせられ、食料とともに森の中に放置されたそうです。
 理由が何故かわかりませんでしたが、その場にオークの群れが現われた事で、すぐに理解しました。自分達は、オークへと差し出されたのだと……
 そして数年が経ち、何故帝国がオークに女と食料を提供していたのかが判ります。魔物は人よりも早く成長します。十分な食料と交配相手がいれば、群れのオークの数はあっという間に2倍3倍になります。そして帝国からの女と食料の供給が止まれば、飢えたオークの群れは森から溢れたのです。『セロ・アスル国』の辺境の町へと向って……
 結果、国軍は魔物の氾濫の対応の為に国内の各処に散り、魔物との戦闘で多数の被害を出します。魔物は不利になると森へと引いていくため、森の周辺からも残った軍は動かせず、王都はほぼ空の状況となったところへ、第3軍が襲い掛かったというわけです。
 囚人娘かのじょ達は帝国の侵攻前に、この国の軍隊が潰したオークの巣から救出された、女性達だったのです。
 救出時に半数以上の女性達が自ら死を選んだようですが、狂いもせずに生き残り、そしてその後ここに連れてこられて、今の生活になったようですね。

「どうせ地上には、オークに慰み者にされた女の生きる場所はないわ。彼らゴブリンの村で労働している方がまだマシよ。魔物の相手をさせられるのは、もうごめんだけどね……」

 最後に囚人娘かのじょはそう言って黙り込みます。僕達は言葉なく囚人娘かのじょを見るしかありません。帝国第3軍の電撃戦による『セロ・アスル国』征服の下準備は、実に数年前から行われていたのです。
 繁殖相手と食料を供給することによって、魔物の暴走を引き起こす。食料の供給をやめれば、膨れ上がった群れの維持が出来なくなるでしょうから、氾濫時期もある程度予測が付きます。
 帝国は、奴隷女と雑穀などの安い食料の供給だけで、敵国内に敵の敵を作り出したのです。多くの敵兵を殺害し味方の損失なく敵の戦力をそぐという、戦略としては効果は絶大だったのでしょうね。
 そして、『セロ・アスル国』の王が、囚人娘かのじょ達をここに閉じ込めたのは、帝国と交渉を行う才に、帝国の無法ぶりを非難する為の証人だったのでしょう。事は成らずに、彼女達はその後をここで過ごす事になったようですが。自分達は、ゴブリンを相手に同じことをしている事は棚にあげての話ですが、国家とはそういうものです。

 とりあえず、地上に戻ったら統治者に話しをしておくと囚人娘かのじょとゴブリンに伝えて、僕達はその場を去るしかありませんでした。
 下層に向う僕達を、ゴブリンが下層への階段室へと案内してくれてます。片言のポルト語で下層には魔物がでるので、気をつけてと言ってくれました。しかし彼が扉を閉め、遠ざかるまで僕達は無言だったのでした。

「はぁ、今回の話を聞いただけでも、戦争なんてろくな物ちゃうとわかるやん」

 シャルさんの言葉に頷きながらも、イリスさんが僕を見つめて言いました。

「帝国って貴女よりだったのね……ほんとに『黒死病』をアレキサンドリアに蔓延させる可能性もあったのね」

「ちょっと、イリスさん。そのってなんなんですか」

「上には上が居るんですね……」

 ちょっと、ユイまでそんな事言うなんて酷すぎですよ!
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