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4.アレキサンドライトの輝き

25.『死界』1日目夜

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 日が暮れだすと、各処で夕食の支度などが始まりますが、僕達は周囲を動き回ることなく、家出娘の天国Heaven of my elopement daughterの周囲に固まっています。
 公爵家の選抜した方々なので、身の安全は問題ないのですが、女性(特に未成年者)がふらふらしていると、親切に注意をしてくれる人が多いので、煩わしかったり、逆に申し訳なくなったりしますしね。

 座席に座り、左右のガンブレードを確認しているで、イリスさん達も各々の魔道具を取り出して、磨いたり感触を確かめています。エマ&ジェシーも、武器や防具の点検は怠りませんよ?

「クロエ、『アスクレビオス』に違和感があるのですけど、少し見てもらえない?」

 イリスさんが、綺麗に布で磨いていた『アスクレビオス』を僕に差し出します。んん~? 珍しいですね。イリスさんの魔道具『アスクレビオス』は可動部が無いですし、常時取り出しているわけでもないので、損耗も劣化も少ないのですが、違和感があるというなら確認しておいた方が良いでしょう。

「良いですよ、じゃあ確認してみるね」

 僕は左腕の腕輪を外して、『アスクレビオス』に魔力を流します。腕輪では僕の魔力波のパターンに変調が加えられているので、そのままだと『アスクレビオス』の個人認証に弾かれてしまうんですよね。
 魔力を流し込んだ『アスクレビオス』は、全体が薄っすらと白い燐光をまとって輝きますが、石突(杖の下部、先端)にやや損耗がありますね。若干のヒビとそこに入り込んだ水気などで皮膜の様な物が出来て、魔力の流れを阻害しているようですが、本当に微弱な物なのに良くわかりますね。

「んっ、石突部分に多少の劣化があるね。魔法の行使には影響はないと思うけど、気になるなら直して置く?」

「ええ、お願いいたしますわ。手入れ不足で、誰かを死なす事になっては困りますもの」

 僅かな違和感で集中を乱してしまっては、微妙な治療の際に致命的な失態を演じかねないのは事実ですしね。
 保守用の工具を取り出して、石突に入った微細な亀裂の内部に入り込んだ成分を分析します。
 んと、組成は『NH3』ですね。水溶性が高いので、高圧水で洗浄後、補修用のミスリルを液化して隙間無く亀裂を埋め込みます。亀裂が埋まった事を確認して、石突を軽く研磨すれば完了です。
 最後に、魔力を『アスクレビオス』に流して循環させて、石突の具合を確認しますが、問題はなさそうですね。

「はい、終ったよイリスさん。念の為具合を確認してみて?」

 『アスクレビオス』を受け取ったイリスさんは、自分の魔力で淡い青の燐光を放つことを確認すると、満面の笑みを浮かべます。

「いいわね、辺に邪魔されるような感覚がなくなったわ」

「そう? ならいいけど、原因は石突の劣化による亀裂に、『NH3』アンモニアが入り込んでいて皮膜となってたみたいだよ。アンモニアは生体には毒になる事も多いから、治療用の魔法を行使するとき阻害になるみたい。
 最近、なにかあった? 石突で水気のある所を突いたとか?」

 何か思い当たる節があったのか、イリスさんは傾げていた首をフルフルと振って、笑みを浮かべます。

「そうね、先日お仕置きをしたから、そのときかも知れないわね。とにかく助かりましたわ」

 そういうと、そそくさと逃げ出します。お仕置きでアンモニアですかぁ。また、誰かイリスさんに泣かされて漏ら……いや、へたり込んだんですね。冥福をお祈りしましょう……

*****

 深夜、放っていた十二神将の『六合』の知らせで、僕は目を覚ましました。昼間の斥候が、仲間を連れて戻ってきたようですね。僕はイリスさんとユイをそっと起こします。毛1人、長椅子で毛布をしっかりかぶって寝息を立てているフローラさんも、起こさないとですね。

「昼間の斥候が、仲間を連れて戻ってきたようです。数は10人ですので、大規模な戦闘にはなりませんが、物資の略奪狙いかもしれません」

 僕の言葉に、熟睡していたフローラさんも完全に目を覚ましたようですね。

「彼らが『黒死病』の感染していると面倒な事になりますので、町の外で迎撃しますが、フローラさんは同行しますか? その場合、蚤避けの腕輪は装着していただかないといけません」

「判りました。彼らはこの『死界』となったこの地で今まで生きていたのですから、無闇に争う必要はないと思います。まずは彼らの要望を聞いてみましょう」

 フローラさんの言葉を聞いて僕達はそっと、『家出娘の天国』の天国を抜け出しました。出掛けにアレキにユーリアちゃんの事を頼むのは忘れてませんよ。誰が言ったのか覚えていませんが、『子供には大人より多くの夢を見る時間が必要なんだ』そうですからね。

 西街門脇には、兵士さんが警戒についていますが、誰もいないこの地では、どうしても警戒心が薄れてしまうようですね。すっかり寝入っています。
 魔法使いさんや、神官さん達が街門の外に魔物避けの障壁を張ったこともあるでしょう。無理に起こす必要はないので、そっと門を通り越します。

「こらこら、荒事にうちらも呼んでくれなあかんやろう?」

 不意に背後から声をかけられ、僕達は驚いて振り向きます。
 そこには、『ルース・ダ・ルーア』の二人、シャルさんとアーネストさんが完全装備で立っています。

「な、なんで、ここに?」

 僕達の驚きをよそに、シャルさんはさっさと歩き出します。

「あの人は影働きが得意なんよ」

 そう言ってアーネストさんを手に持った杖で指します。

「……時間が無い、行くぞ」

 呟かれた言葉は、やや低めとはいえなかなかのイケボです。実際、敵性反応は近いので、慌しく僕達も移動を再開しますが、当然相手に察知されていますね。周囲を囲まれるまえに、こちらから機先を制します。

「僕達は、帝政エリクシアのクラウディウス公爵家の依頼によって、この地の浄化と復興拠点の確保にやってきた、冒険者パーティー『アレキサンドリア』の者です。現在この先の町に滞在しているのは、僕たちと同じ依頼内容で動いている、公爵家の私兵と冒険者の方々となります。そちらの目的を告げてください」

 周囲で鞘走る音が聞こえますが、無視します。

「セロ・グランデの人達は、話が通じへん蛮族ちゃうちゅうのなら、そちらの代表者と話をさせてくれへん?」

 シャルさんの言葉に一瞬殺気が昇りますが、それを押さえて1人の人が草原から街道に姿を表しました。
 身長は高め、180cm近いのではないでしょうか。高い身長にすらりとした肢体に、無駄の無いバランスのとれた筋肉をもった男性とわかりますが、顔は白面に文様の描かれたお面を被っていて、顔立ちはわかりませんね。雰囲気的に、30代前の方と思いますが……

「……こちらの接近をこの距離で気付くとは、良い耳を持っているようだ。我々は帝政エリクシアより、祖国を奪還せんと戦う抵抗組織『ヴァリアント・ゲレーロ』の者だ。帝国貴族や帝国に組するハンター共は、我々の敵。それを承知で、何を話し合う?」

 男の言葉に、僕達の背後に居たフローラさんが前にでます。

「私は、この度この地の復興を任ぜられた、クラウディウス公爵家令嬢エリーゼ様付きの侍女でフローラと申します。抵抗組織『ヴァリアント・ゲレーロ』というと、かつてのセロ・アスル国復興を目指す組織という認識で、誤りはありませんか?」

 男とフローラさんの政治的な交渉が開始されたようですね。周囲は彼らに囲まれていますが、10人程度ですので、よほどの事が無い限り脅威にはなりえません。
 アーネストさんは腰の長剣を何時でも抜けるような状態で、後方警戒をしてくれていますし、シャルさんも恐らく攻撃魔法を詠唱済みでホールド中でしょう。杖の水晶球が淡い光を放っています。
 見た目僕達は、大人はシャルさんとアーネストさんしか居ませんし、貴族のお嬢様の遊びに付き合わされた娘達くらいにしか思っていないようです。
 周囲を囲む面々の中でも、何人かはシャルさんやフローラさんを、下卑た視線でちらちら見ていますね。チラ見のつもりでもしっかりばれてるのに気付いてないのでしょうか?
 『男のチラ見は女のガン見』とは、誰に言われたんでしたっけ? ばれてないと思ってるのかなって聞かれた時は、答えられませんでしたが、こうして見るとマジでバレバレですね。
 フローラさんとリーダーとおぼしき男の話し合いは続いていますが、彼らは自分達が優勢と思っている所為なのでしょう。まともに話を聞くつもりも無いようですね。そうこうしている内に、彼らの中でも焦れて来た者も居るようです。一人の男が僕の右手首を掴み、自分の方へ引き寄せます。

「隊長、帝国の奴らに遠慮は無用です。こうして人質にして……ぐはっ……」

 彼は最後まで台詞を言えませんでした。捕まれた右手を、僕は回しながら相手に近寄りながら胸前に引き寄せます。この時点で、相手が握った手の親指と人差し指で作る輪の切れ目に、僕の握られた手の親指の位置が合いますので、自分の肘を相手の肘に押し付けて、てこの原理で簡単に外します。
 そのまま、身体を回転させて相手の身体の前に自分を持っていくと、相手の腕をそのまま巻き込んで、一本背負いの要領で地面に叩きつけてあげます。小柄な僕を捕まえたため、相手の身体も前傾姿勢になっていましたからね。
 起き上がられるのも面倒ですので、右手でガンブレードを抜き撃ちします。ドドドッと音を立てて、首の左右と右腕の袖、両足首の裾を、土属性の棒針が地面に縫い付られた後、お面の額に銃口を突きつけます。

「これで少しは真面目に話を聞く気になりましたか?」

反対側では、同じようにユイを捕まえようとしていたお面男が、アーネストさんに組み伏されていますし、男を助けようと動いた周囲の人は、シャルさんの魔法で麻痺していますね。
 一瞬の出来事で立場が逆転してしまいましたので、その後フローラさんと隊長らしき男の話し合い自体はすんなり進みます。

「以前の『セロ・アスル国』自体をそのまま復興できないのは、あなた方にもお分かりでしょう? 既に王家は無く、国民の大半も死んでしまっています。そして、この地は『黒死病』が現在進行形で蔓延中です。
 こうしてあなた方が何の措置も無く、野原を放浪し、拠点に戻るだけでも、黒死病を拠点に広める可能性も秘めています」

 フローラさんの言葉に男は無言で返します。

「現在、あなた方『ヴァリアント・ゲレーロ』が押さえている地域や、今後そちらで復興を行った土地は、そちらの代表者を貴族として爵位を与え、貴族領とすることはいかがでしょう?
 互いにこの地を無用な争いから開放し、共に復興するのであれば、クラウディウス公爵家がその支援を行うと、エリーゼお嬢様は約束すると言っております」

 なるほど、彼らとしても現在押さえている地域は彼らの領地として認められ、帝国からの迫害も再侵攻もなくなり、生活は安定します。かつての国があった領域を押さえようとしても、そこに住む国民が居ない現在、税収もありません。仮に旧王都を押さえたとしても、王都は人が住んでこその王都です。国民が一定以上に増えるまでは、国としての体を成さないでしょう。

「……私の判断では決める事はできん。指導者に判断を仰ぎ、後日回答するということでよいか?」

 漸く搾り出した答えは苦渋に満ちていますが、一指揮官では決定は出来ないでしょうね。

「よろしいですわ。その回答が出るまで、双方一時休戦ということで宜しいですわよね?
 そこは双方徹底していきましょう」

「了解した。引き上げるぞ」

 隊長の声に、周囲の男達が動き始めます。アーネストさんが取り押さえていた男や、僕が銃を突き付けていた男もゆっくり身体を起こします。
 僕はガンブレードを収納し、男から離れ歩き出した時に、男が呟きました。

「……白……」

 そしてその意味に気付いた僕は、左右の手でガンブレードを貫き、男の背中に狙いをつけます。ユイとイリスさんが慌てて僕を抑え、その間に彼らは草原の中に消えていきました。
 くそっ、顔が赤面しているのが、自分でもはっきりわかります。スカート姿で投げ技なんかするんじゃありませんでしたよ!!
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