上 下
58 / 349
2.いつか醒める夢

27.不穏な気配③

しおりを挟む
 「は? クロエ・ジャンヌ・ルキウス? 誰ですそれ?」

 夏季休業も終了間近となり、エルフの町『クレナータ』から帰ってきた僕に対する、アレクシアさんの質問の答えです。アレクシアさんの隣には真剣な顔のエリックさんと、リリーさんが座っています。

 「貴女の本当の名前、私達にいえないことの中に、貴女の真名として『クロエ・ジャンヌ・ルキウス』という名前は入っていないのね?」

 いつもは多少おふざけ要素が見受けられるアレクシアさんですが、今日はそんな処は片鱗も見せていませんね。僕の真名は、確かにクロエだけではありませんが、そんな長い名前じゃありませんよ。
 僕がうなづくと、3人とも少し緊張が解けたようですね。どこからそんな得体の知れない名前が出てきたのでしょう?

 「間違いなく、僕の名前じゃありませんが、どこからそんな聞いた事もない名前が出てきたんです?」

 僕の質問に答えたのはリリーさんでした。

 「今朝、帝政エリクシアからの定期商船がきてね。それには、オリバーが乗っていたのだけれど、もう1人来訪者がいてね。ルキウス教の司祭だったのよ。その司祭が伝えてきた依頼というか、要求が2つあってね。」

 リリーさんがそこまで言って言葉を濁しますが、アレクシアさんが続けます。

 「1つ目は、現在の上層街の全てを、至高神ルキウス様への聖堂としてルキウス教に提供すること。
 そしてもう1つが、至高神ルキウスが教団に授けた巫女『クロエ・ジャンヌ・ルキウス』の引渡しよ。」

 はぁ? オリバーは一体国で何をやらかしてくれたんでしょうね。それは後で機会があったら問い詰める事にするとして、目の前の3人(こういう言い方をするのは心苦しくはありますが)は、どういう結論を下したのでしょうね。別に、売られても文句はありません。現地に着いたら逃げ出しますけど。
 着た当初と違いますからね。そこそこ、この世界での知識も付きました。油断さえしなければ大抵の所でも生きていける気はします。勿論、アレキサンドリアの人達と別れるのは残念ではありますが、一度死を経験した僕としては、別れに対する心の準備が出来るだけましのような気がします。

 「……それで、アレキサンドリア共和国としてはどの様な結論を下したのです?」

 僕の問いに答えたのは、やはりアレクシアさんでした。

 「貴方が『クロエ・ジャンヌ・ルキウス』ではないのなら、2番目の条件に応じる必要はないわね。そもそも、上層街をまるごと引き渡せなんて条件を飲む心算もないわ。
 彼らはエリクシアの正当な使者ですらないんですもの。まあ、いずれ国家として正式要求はしてくるかもしれないけどね。
 どのみち、エリクシアは東への版図拡大を鮮明にしているのだから、遠からず攻めて来る事は確実だったしね。オリバーを留学生としてよこしたので少しは変わったのかとおもったけど、悪い方向に変わったようね。」

 どうやら、逃げ出さなくても良いようですが、どうしましょうね。そういえば、こんな要求を突きつけてきたエリクシアとオリバーはどうなるんでしょう。

 「回答を教団側に伝えた後、エリクシアとの付き合いはどうなるんです?」

 僕の質問に、3人は顔を見合わせます。やがて、口を開いたのはエリックさんですね。ここで口を挟まないと、ここにいた意味がなくなりますもんね。

 「今回の件は、あくまでルキウス教団が独自に要求してきたことだから、当面は変わらないだろうね。だが、裏では開戦の準備は確実に進めているだろう。オリバーが居るうちは攻めてこないと思うが、オリバーは別に王太子でもなんでもない。国策で必要とあらば平気で犠牲にするのはエリクシアのやり口だしね。正式な宣戦布告まで、戦時物資に関する貿易は絞る事になるくらいだね。」

 エリックさんは言葉を続けました。

 「恐らくエリクシア以外との交易自体も、量は徐々に減る事になるだろうね。商人は危険に敏感だ。戦時に港に船を留め置けば、大損害になりかねない。開戦が近づくにつれ、交易船の入港はへるだろうね。」

 なるほど、確かにそうですね。

 「学院での、今年のカリキュラムはどうなりますか? 僕が受けておいたほうが良い科目があれば、教えてください。僕が前線に出るのを前提としてですが。」

 「本気かい? 仮に戦時となっても、未成年の君を戦闘の前面に出す気は無いし、必要とも思っていない。むろん怪我人の搬送とかは学院の生徒である以上、発生するとは思っているが。」

 エリックさんの言葉に、リリーさんもアレクシアさんも頷きますが、僕の見解は違います。戦争になれば、僕がやらかした全てのものが使用されるでしょうし、エマやジェシーも本来の任務である前線に出向くでしょう。エリクシアは過去2度の戦役より、多くの戦力を投入する事は確実ですからね。

 「だめよ。今回の学年編成は、14歳以上と未満で編成します。14歳以上は戦闘を前提としてのカリキュラムを行います。14歳未満は後方支援を前提とします。一般の人々に対し、被害がでないようにするにも、後方支援の1つです。国内の魔物・魔獣退治に専念すればいいでしょう?」

 アレクシアさんの言葉ですし、僕以外の子達はそれでよいでしょう。でも、僕はそれでは納得いきません。

 「さすがに、戦時となれば相手を侮って余裕を見せる事はしないでしょう? なら、車両や船舶、銃といった僕がやらかした物が使われるでしょう。それを使って死亡する生徒も居る中で、僕が後方でおとなしくしている事はできませんよ。それは、アレクシアさんやイリスの脂肪と同じで、僕の責任です。」

 さすがに、死亡と脂肪を語呂合わせしたわけではありませんが、僕の言葉にアレクシアさんもリリーさんも苦笑いをしています。

 「貴女は既に戦闘術Ⅲや、攻撃魔法Ⅲを履修済みよ。そういう意味では、特に必要な講義はないわ。あとは実戦で、人を殺せるかどうかよ。特に魔法攻撃や銃は相手が死ぬのを目前で見ることはないから問題は無いと思うけど、貴方が得意とする格闘術は、目の前で相手が血を流して死んでいくの。魔物や魔獣が相手でも、女の子がそれを成すのは難しいのに、それが出来るかを実戦で試すわけには行かないわ。」

 アレクシアさんの言葉も最もですね。でも、僕には当てはまりません(たぶん)。魔物ならば既に2年前に人型の者は倒しています。イリスやユイ、ユーリアちゃんの顔が浮かびます。僕が守りたいものを傷つけ壊すなら、非情になれますよ。たとえ相手がエリクシアで、良い父、兄、叔父であっても、僕にとってはただの殺人未遂者に過ぎませんから。ただ、攻撃を撃退するだけでは、戦争が繰り返されるだけです。相手は負けるとは思っていないので、何度でも攻めてくるでしょう。国民の数が、アレキサンドリアの3万人強に対し、帝政エリクシアは2000万人以上の人口を誇っていますからね。

 「1つお願いがあります。それは……」

 僕のお願いは、3人をひどく驚かせる結果となってしまったようです。直ぐには答えは出せないという事なので、その場は解散として後日席を改めて設ける事になりました。

*****

 冶金の工房で、僕は1つの魔導具を作っています。アレキサンドリアでは符術が盛んでなかった為、エリックさんもまだユイに対して魔道具の製作が出来ていないんですよね。なので、僕はその基(ベース)となればとユイの魔道具を試作をしています。
 ユイが使う符術は、日本の物と異なり遼寧独自の物のようですが、ユイの資料や護符を見せたもらったところ、六十四卦の卦名(遼寧版)を太極を中心に配したもののようですね。
 64種の護符がありますが、全てを必要な枚数持ち歩くことは難しい為、戦局や戦略にあわせて符術師が選んで持っていくことになります。それ故に、符術師には高い戦略性が要求されるのです。当然、経験が少ない符術師は簡単に裏を読まれてしまいますので、対人戦でも難しい立ち回りなんですよね。符の行使に魔力・呪力が裂かれることはありますが、元々護符に書かれている術を展開する分、高位の護符でも初心者が展開する事が出来るのはメリットなんですが、扱いきれなければ術者が危険となるデメリットもあります。
 僕は天球儀をベースに太極を中心に配した魔道具を、『太極六十四卦球 Edition0』と名付けました。展開すると、外周を四重のリング状に六十四卦の護符が回転していて、使用された護符は補充される仕組みです。これなら、常時全ての護符を運用できるでしょうから、その場の対応力を鍛えれば、実戦に耐えうるでしょう。

 数日後、明日から新学年という日に、再びアレクシアさん達と僕の話し合いが行われました。アレクシアさんは、ここ数日ですこし憔悴しているように見えますね。正直、この数日のアレクシアさんの様子は痛ましくてあまり見ていられなかったので、僕は自分の部屋か、治金の工房に引きこもっていたのです。

 「……前回のクロエ君の提案だけど、僕達としては残念な結果だけど、議会の了承はとれたよ。明日の午後、教団側へ回答する事になっている。
 だけど、君は本当にいいのかい?」

 僕は3人をみて肯きます。

 「別に死ぬわけじゃありませんし、僕の強さはご承知でしょう? それに、まだそちらの条件を伺ってませんし……」

 リリーさんが、アレクシアさんを見ますが、俯いていて顔を上げてくれそうも無いですね。諦めたのか、リリーさんが次の言葉を続けます。

 「こちらの条件は、貴方がイェンに勝つことです。それがかなえば私達は貴女の提案を受け入れますよ。」

 イェンさんが相手ですか。これはまた難しい相手を出してきましたね。こちらは手の内を知りませんし、相手は知っているでしょうからね。

 「いいんですか? そんな相手だしたら、議会の決定に逆らう事になりますよ?」

 「「「……」」」

 誰も答えてくれませんね。まあ、どの道やらないといけないのなら、早速片付けてしまいましょう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

精霊王女になった僕はチートクラスに強い仲間と世界を旅します

カオリグサ
ファンタジー
病で幼いころから病室から出たことがなかった少年 生きるため懸命にあがいてきたものの、進行が恐ろしく速い癌によって体が蝕まれ 手術の甲斐もむなしく死んでしまった そんな生を全うできなかった少年に女神が手を差し伸べた 女神は少年に幸せになってほしいと願う そして目覚めると、少年は少女になっていた 今生は精霊王女として生きることとなった少女の チートクラスに強い仲間と共に歩む旅物語

貴族の家に転生した俺は、やり過ぎチートで異世界を自由に生きる

フリウス
ファンタジー
幼い頃からファンタジー好きな夢幻才斗(むげんさいと)。 自室でのゲーム中に突然死した才斗だが、才斗大好き女神:レアオルによって、自分が管理している異世界に転生する。 だが、事前に二人で相談して身につけたチートは…一言で言えば普通の神が裸足で逃げ出すような「やり過ぎチート」だった!? 伯爵家の三男に転生した才斗=ウェルガは、今日も気ままに非常識で遊び倒し、剣と魔法の異世界を楽しんでいる…。 アホみたいに異世界転生作品を読んでいたら、自分でも作りたくなって勢いで書いちゃいましたww ご都合主義やらなにやら色々ありますが、主人公最強物が書きたかったので…興味がある方は是非♪ それと、作者の都合上、かなり更新が不安定になります。あしからず。 ちなみにミスって各話が1100~1500字と短めです。なのでなかなか主人公は大人になれません。 現在、最低でも月1~2月(ふたつき)に1話更新中…

転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜

上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】  普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。 (しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます) 【キャラクター】 マヤ ・主人公(元は如月真也という名前の男) ・銀髪翠眼の少女 ・魔物使い マッシュ ・しゃべるうさぎ ・もふもふ ・高位の魔物らしい オリガ ・ダークエルフ ・黒髪金眼で褐色肌 ・魔力と魔法がすごい 【作者から】 毎日投稿を目指してがんばります。 わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも? それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。

異世界で魔法使いとなった俺はネットでお買い物して世界を救う

馬宿
ファンタジー
30歳働き盛り、独身、そろそろ身を固めたいものだが相手もいない そんな俺が電車の中で疲れすぎて死んじゃった!? そしてらとある世界の守護者になる為に第2の人生を歩まなくてはいけなくなった!? 農家育ちの素人童貞の俺が世界を守る為に選ばれた!? 10個も願いがかなえられるらしい! だったら異世界でもネットサーフィンして、お買い物して、農業やって、のんびり暮らしたいものだ 異世界なら何でもありでしょ? ならのんびり生きたいな 小説家になろう!にも掲載しています 何分、書きなれていないので、ご指摘あれば是非ご意見お願いいたします

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

処理中です...