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2.いつか醒める夢

14.新年祭②

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 「う~、流石にこの時間は寒いわね。」

 「ほんとですね。私は部屋が直ぐ近くですけど、皆さんは気をつけてくださいね。」

 イリスの言葉にユイが答えたが、クロエが歩き出す先は北一番通りの方向である。

 「駄目ですよ。女の子の一人歩きは危険なんですから。みんなでちゃんと家の前まで行きますよ。」

 クロエの言葉にユイも嬉しそうに笑うが、その視界に四つの影が映り、怯えた表情を見せた。とっさに、クロエとイリスが背後にユイとユーリアをかばい、誰何すいかする。

 「あなた達はだれ? 答えないと酷い目に遭うわよ。」

 クロエは既に無詠唱で彼らの頭上に水球を生成済みである。事と次第によっては、即座にずぶ濡れにして氷結魔法を掛ける手はずとなっている。

 「その声はイリスさんですね。助かりました、僕ですよ。アレクシスです。」

 その声に、クロエが水球を維持したまま、ライトの魔法で彼らを照らすと、既に沈没したオリバーとリアンに肩を貸しているアレクシスとワイアットの姿があった。

 「こんな時間に何してるのよ、貴方達は。」

 イリスの質問にアレクシスとワイアットが答えたのだが、どうやら男子学生の新年祭のパーティーで、ある話題で争いになり、決着をつける為に飲み比べとなり、両者共倒れという結果になったらしい。

 「呆れるわね。そっちのオリバーは成人してたはずだからいいとして、リアンはまだ未成年じゃない。なんの話題で争いになったかはしらないけど。」

 その点に関しては絶対に言えないというが、元男子であるクロエには想像がついてしまう。男子だけで集まって話が出れば、どうせ女子についての話であろう。クロエを筆頭に、彼らに注がれる女子の視線は冷たくなる一方である。頭上の水球はいつの間にか消失している。

 「私はこんなつまらない事で治癒魔法は使いたくありませんの。クロエ、何とかできる?」

 「ん~、そんなの酔った人とかに使った事ないけど。試してみるよ。『うこ○の力sobering up』」

 クロエの魔法詠唱後、しばらくしてオリバーとリアンの2人は頭を振りつつ如何にか自力で立ち上がった。

 「……ほんとになんでも有りね、貴女は。」

 イリスが呆れたように呟くが、その言葉にクロエがむくれた。

 「やらせたの、イリスさんじゃないですかぁ!!」

 クロエ激オコである。とりなすユイとユーリアを尻目に、アレクシスが4人に感謝の言葉を告げた。

 「助かりましたよ。こんなガタイだけ大きいのを下層街まで連れて行くんじゃ、明日になっちゃいますし、向うの兵士さんに何されるか判りませんからね。」

 「すみませんでしたね。イリスさん、クロエさん。リアンが何時も手間をかけさせてしまって申し訳ありません。」

 アレクシスに続き、ワイアットまで真面目な表情で謝罪するのには、クロエは驚きである。

 「へぇ? まともな表情とかできたんだ?」

 クロエの素直な言葉に、ワイアットも何時もの調子を取り戻したようだ。リアンは相変わらずそっぽをむいてなにかごにょごにょ言っているが、クロエの耳には届かない。

 「相変わらず失礼な人ですね、貴女は。だから、リアンに嫌いだと言われるんです。」

 「いや、別に嫌われてて問題ないし? あっ、そうだ残り物あげるよ。みんなで分けて家で食べてね。」

 クロエが放り投げた袋詰めされたなにかを受け取ったワイアットが、視線をあげると、4人は既に街路の角を曲がる所であった。

 「おい、それはまさか。」

 オリバーの声が冬の大通りに響いた。オリバーとて、男子生徒間に流れる噂は知っている。四季の妖精から提供される、試食じんたいじっけんという絶品か、凄惨なものかはその時次第とされる品々を。

 「リアンは要りませんよね?」

 「馬鹿をいうな。こんなチャンス逃したら、今年一年の運なんて先が知れちまうだろ!」

 期待を込めたワイアットの問いに、リアンが即答し、残り2人も肯くので、ワイアットは諦めて4等分にしていく。幸い袋の中身は小分けされた小さなチョコレート菓子の様だった。さすがに不評で残ったとはいえ、刺身類は持ち帰りはしなかったらしい。四季では、その頃従業員とアレクシア、リリーを含めた大人の女性の集いが開催されていたが……

 「なにか黒い物体ですが、恐らくチョコレートという溶けやすい食べ物でしょう。直接物体に触れずに持ち帰って、部屋で食べてみて下さい。」

 名残惜しそうに、4等分したワイアットの言葉に肯いて、それぞれの部屋へと持ち帰ったのであった。

◆ オリバーの場合 ◆

 寒空の下、自室に戻ったオリバーは、包みを開いて、黒い塊を早速口に放り込んだ。それは口の中で溶け、甘さが広がるが、やや甘さは控えめのようだ。思わず固まりを噛んでしまったが、中からトロリとした液体が更に口の中へと広がる。

 「これは、上等の酒じゃないか。酒をチョコレート(?)の中に封じた菓子か!」

 今回クロエが作った一品で、女性に不評だった唯一のお菓子ウイスキーボ○ボ○である。確かに上等なお酒かもしれないが、不評であるのはやむを得まい。なにせ、クロエを含めて半数以上が未成年なのだから。
 2つ目を口に入れようとして、オリバーはなんとか手を止めると、もう一つだけを机上に残し、残りは鍵のかかる机の引き出しに仕舞い込むのであった。
 オリバーは夜着に着替えると、机上に残していたチョコレートを口に含み、ゆっくりと味わった後眠りについたのであった。

 「毒見役に全て食われては堪らんからな。それにしても、アレキサンドリアはやはり面白い。出来れば何も変えずにこのまま手に入れたいものだな。」

 彼の呟きは部屋の中だけで響き、余人に知られる事はなかったのである。

◆ アレクシスの場合 ◆

 アレクシスは、通商館に戻ると、一人の技官を呼び出した。彼は通常下層街のある飲食店で調理師の修行を行っていて、既に店の中ではそれなりの位置についており、やがて暖簾のれん分けされるのが確実とされている。
 呼び出した技官が彼の部屋にやってくると、向かいの椅子に座らせて、クロエから貰ったチョコレートを一つだけ渡して言った。

 「たまたま上層街で手に入れたお菓子だが、どうだ? 同じものを作れるか?」

 アレクシスの問いに、チョコレートを口にいれた技官は、驚きの表情を見せる。

 「これは! 本当にこんなお菓子が存在しているとは、驚きです。しかし、残念ながらここまで素材の形を残していないと、材料がなにから出来ているのは推測いたしかねます。」

 それは当然である。実際チョコレートは地球での19世紀に入るまでは飲み物だったのであり、16世紀相当の文化であるアイオライトでも、一部の王侯貴族が好む飲み物の形でしか存在していない。魔法で製法の全てを省略し作り出される、この固形チョコレイトも、実はりっぱなオーパーツなのである。

 「やはりそうか、まあ良い。素材が何であるか程度は聞く事もできよう。わかったら改めて連絡する。ああ、この事は他言無用だぞ。他のものにくれてやるほど、私も心が広いわけではないのでな」

 アレクシスの言葉に、名残惜しそうに傍らのお菓子入りの袋を見つめていた技官だったが、頭をふり部屋を退出していった。

 「全く、魔法の食べ物を生み出すのも、魔法とはね。白いお嬢さんには、王宮で料理を任せてみたいのですが、それに納まるような方ではないのが困りものですね。」

 アレクシスは袋の中から、一粒のチョコレートを取り出すと口に含んだ。滑らかな舌触りに溶け出すチョコレートの中から流れ出したのは、香り高い上等のお酒である。

 「ふむ、これは未成年には少しきついかも知れませんね。かといって、他の者に差し上げるには余りにも惜しい。就寝前の楽しみとしてとっておきましょう。」

 そう語ると、やはり鍵のかかる引き出しの、更に奥へとしまい込んだのであった。
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