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Ⅰ章.始まりの街カミエ

16.宮社での暮らし②

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 だが、すべてが上手くいった訳ではない。
 いくつか報告することがあるが、最初に報告せねばならないとしたら、芹さんの言っていた馬鹿者どもの行動の報いについてだろう。

 自分を迎えにきたかすみさんたちを襲った悪党は、桔梗さんをはじめとする社人のみなさんと、霞さん自身で殲滅したが、彼らの行いへの報いはそれだけでは済まなかった。
 あの日の夜、都市外縁部の貧民街が夜更けに魔物の襲撃を受けたというものだ。
 その情報は紫陽花さんが教えてくれたもので、自分が住んでいた辺りの区画はさら地と化したそうだ。
 巫女を襲うということは、女性の怒りを直接買うとまではいかないまでも、他の巫女や街壁の内側に住む女性たちから、その地区に住む者たちを守ろうとする意識をぐ。
 そしてそれは街を守る『祈力』の結界をピンポイントで弱体させることにつながり、結果としてその区画は魔物に襲われることになるのだ。

 紫陽花さんの口調はあっさりしたもので、それが当然の結果と思っているのは明らかだ。実際、ここ何年も巫女を襲う馬鹿者は現れなかったために、女性が『祈力』で街を守っているという認識を疑う男性が多かったらしく、これで当面は大人しくなるだろうと言っていた。
 僕たちを襲った二十名ほどの男たちは、霞さんたちにあの場で殲滅されたはずだが、悪事に加担したしないは問題ではないらしい。

 街に常駐している軍も、魔物が人々を襲っている間は街壁を出る事は無かった。
 街の外縁、それも最外殻は本来支給された田畑をなげうって逃げ出したものや、悪事を働くものだったりして税を納める人間はいない。
 そんな彼等の為に、善良な市民で構成される軍を魔物から悪人を守るために出す理由はないらしい。

 さら地になった町があった場所は、周辺に住む人々が使える物を根こそぎ持っていき、二三日後には元の様な風景に戻るらしいし……

 そしてもう一つの上手く進んでいない件が、紫陽花さんの剣の修業だ。

 もともと、自分が知っている『草薙流抜刀術』は、普通の刀を使った一刀流の流派だ。居合・立合いともに初太刀は鞘から抜く状態で始まる。

 対して紫陽花さんは、小太刀の二刀流であり、技を覚えた後に自分のモノにするにはそれなりの修練が必要があり、そこに時間がかかっているようだ。
 同じ結果を得るとしても、構えや剣先が描く軌道が異なるから、技のイメージと身体の動きが連動しにくいらしい。

 もっとも、そこは自分では弱いといっても『剣豪』のスキル持ちなだけあって、技の理解とそれを発動させるのは、自分が『浮雲』を習得するのに要した時間よりもはるかに短く、既にいくつかの技は特定の条件では使えるようになっているようだ。
 事実、当初覚えたいといっていた『浮雲』は、五回に三回は成功するようになっており、矢や投げ槍だけでなく、突き込まれる剣に対しても応用できるようになっている。あとは、成功率を上げていくだけだが、今は他の技も含めて覚えている段階だ。 

 だから、技そのものの習得はさほど問題が無いのであるが……

「……今日もずいぶんひどい状態ですね」

「なんのことかいな~? うちは全然平気やで~」

 自分の前に現れた紫陽花さんの姿は、ボロボロのヨレヨレといった状態であり、とても言葉通りに平気だとは思えなかった。

「宮社に居る人たちは、もっと温厚だと思っていたんですけどね……」

 紫陽花さんがボロボロなのは、当然自分との訓練の結果が原因ではない。 ……いや、結局は自分との訓練が原因なのには間違いないのだが、訓練が激しくてボロボロになっている訳ではないのだ。

「はぁ、クロちゃんせんせは気にせえへんでええやって。
 これはうちがだれにも負けたないと宣言した結果なんやさかい」

 自分が見たわけではないので何とも言えないのだが、紫陽花さんは社人同士の稽古で集中砲火を浴びているようで、その結果がこのボロボロの状態らしい。

 人と異なる事をすれば当然目立つ。紫陽花さんは、ここで自分との訓練を終えた後も、空き時間を修練に明け暮れているらしく、当然のごとく護衛を主任務とする社人の中でうわさになってしまったようだ。

 見たことのない型や技の修練に励む紫陽花さんは、もともとが秘密を抱え込む性格ではない為、より強くなる為の修練だと公言したのだ。

 見習いを除いた社人のなかで、最年少・最小・最軽量を誇る紫陽花さんのその言葉は、加護が絶対とされるこの世界で、下克上を宣言したようなモノと捉えられたらしい。

 大抵の社人の方は無理なことに励む奴と、さげすんだりあわれむ視線を向ける者が大半のようだ。残念ながら、芹さんやハクもその人たちと同様の考えの持ち主で、紫陽花さんを無駄なことに時間をかける酔狂ものと見ているのがわかる。

 だが一部の『剣聖』の加護を持つ社人を中心として、『剣豪』である紫陽花さんが、『剣聖』を超えるための訓練は面白くないらしく、特訓と称した苛めが行われているようなのだ。

「ほな、今日も訓練頑張ってまうで~」

 しかし紫陽花さんは、全く気にしておらず、かえって技の練習になると喜んでいるくらいだ。実際、自分と紫陽花さんでは、実力は紫陽花さんのほうが完全にうえであり、自分との訓練は紫陽花さんの練習にはならない。
 だから、紫陽花さんより実力の高い社人の人と戦えるのは、願ったりかなったりなのだという。

「まあ、正直せんせと修練してる時間のほうが、癒しになりつつあるのが怖いくらいやで」

 そういう紫陽花さんだが、あの時一緒に自分を迎えにきた、他の面々の事は一言もはなさない。もちろん、霞さんの事もあれからずっと口にはしていないのだ。
 それが仲間との確執の結果なのか、ただ単に言わないだけなのかは自分にはわからない。

 紫陽花さんは、自分が聖剣を維持する訓練をしている間、立木に寄り掛かった状態でこちらを見ていたが、やはり疲労が溜まっていたのだろう、うつらうつらとうたた寝ををしはじめた。

『ん~、あの娘だいぶ疲れてるみたいだね~。大怪我はしてないけど、生傷絶えないって感じだし』

 七星刀を維持するために無心でいると、きまってこいつが顔をだす。そういえば、こいつに聞いておきたい事があったんだ。

「そういえば、なんで自分のステータスからデバフが消えない? お前何かしてるのか」

 そう、寝る直前に自分のステータスを確認するのだが、ここにきた初日にあったステータスのマイナス補正、いわゆるデバフが消えないのだ。

 ちなみに現状のステータスは次の通り……

・【基本情報】
 姓   :なし
 名   :鷹隼(ようじゅん)
 真名  :北斗(ほくと  )
      ※レベルⅢにて隠蔽いんぺい
 性別  :男
 年齢  :七歳
 生年月日:戒歴 十六年 卯月 十二日生まれ

・【状態】
 身体状態
  体 力:0016/0020
  筋 力:0006/0010
  敏 捷:0032/0040
 精神状態
  魔 力:0005/0025
  SAN:095/0100
  羞恥度:025/100
 耐性
  物 理:0010/0020 装備補正±0
  魔 法:0005/0020 装備補正±0

・【加護】
 巫女神の加護:[容姿]

・【スキル】
 アイテムボックス:時間停止機能付き 容量はほぼ∞
 鑑定     :レベル1 Exp(00015/10000)
 言語翻訳   :レベル∞ 人語に限定
 Wiki Reading :レベル∞ 表示される情報は、この世界のものではありません

・【技能】
 抜刀術:草薙流抜刀術(裏)  レベル2 Exp(01050/20000)
 鍛 冶:刀匠         レベル3 Exp(00100/40000)
 
・【封剣】
 七星刀:解放状態0/7

 ざっと、身体状態は四割、魔力にいたっては八割のマイナス補正が入っている。抜刀術の経験値が高いのは、例の槍をそらした経験値が大きかったからで、通常の鍛錬だけでは微々としてあがらない。
 刀匠もフライパンを作った時の値が大きいが、安定した品質のものが作れるようになると経験値は入らなくなってしまった。
 どうやら、同じものを繰り返し実行することでは経験値は入らないのは予想通りだ。鑑定にしても、技能にしても最近では全く経験値が入らない。

『ん~? 平均的な女の子の体力と同じくらいにしてるだけだよ~ クロちゃん♪
 あとは内緒。しいて言えば、魔力は刀身の補修に常時回させてもらってるくらいかな。まあ、悪いようにはしないって』

 くそっ、初日よりましにはなっているものの、二か月は経過しているというのに、能力値の母数が少しも増えていないのは、こいつが何かしているということか。

「そういえば、紫陽花さんのステータスはどうなんだ? 居眠りするくらい疲れてるのは確かなんだろうが……」

 自分の問いに、思い出したかのように答える少女の声。

「あ~、そういえば初めて会った巫女さんのステータスのぞこうとして、怒られたことあったっけね~(笑)
 女の子のステータスはいろいろ見ちゃいけないものがあるんだよ。
 お・ば・か・さ・ん♪」

 ……古い事を持ち出しやがるな……

 ステータスは開示する項目を決める事ができるが、設定できるのは自分自身が鑑定の能力を持っている者だけだ。
 紫陽花さんは鑑定の能力を持っていないので、ステータスの秘匿項目の設定は所属部署の巫女さんがやっているらしいが、基本的に男性からは名の部分しか見えないらしい。

 らしいというのは、あれ以来女性にステータスの鑑定をかけたことがないからで、霞さんに脅されたこともあるが、相手の許可を得ずに鑑定をするのはよろしくないと思い至ったからでもある。

『あはは、名しかわからないんじゃ鑑定しても仕方ないしね。それに、クロちゃんは巫女神様の加護を持っているから注意した方がいいしね。
 もしかしたら、巫女がかけた隠蔽くらい突破しちゃうかもしれないし~。あ~でも、それも面白そうかなぁ』

 うん、絶対見ないことにするわ。

「それで、どうなんだよ? 紫陽花さんの状態は……」

 改めて問い直すと、面倒だのどうのこうの言いながらも、答えてくれる。

『身体にある痣は一時期よりかなり減ってるから安心していいんじゃない? 見える場所へのキズは問い詰められるから、胴体への突き攻撃がメインだろうけど、【浮雲】で上手く逃がしてるみたいだし』

 どうやら、確実に紫陽花さんは技をモノにしてはいるようだ。自分は人に教えたことは無いから、正直上手く教えられているかが不安でもあったのだが……

 いつのまにか熟睡している紫陽花さんは、ぽかんと口を開けて立木に寄り掛かっている。
 そのあどけない寝顔をみて、ついついいたずら心が起きてしまい、アイテムボックスに収納してある『けんびん』を取り出した。

 『けんびん』は小麦粉、砂糖、黒胡麻、胡桃を醤油水で練って、卵焼き用の四角いフライパンでごま油で焼いたもので、古くからのお菓子として食されていた物だ。
 食べ物を置いておくと、芹さんとハクがどこからか嗅ぎ付けてくるので、最近はアイテムボックスへの収納一択となっている。
 食糧以外でアイテムボックスに入っているのが、古ぼけた下帯だけというのが悲しい現実ではあるのだが……

 気を取り直して、取り出した『けんびん』を、開いた口の中に放り込むと…… むにゃむにゃ、ごっくん……寝ながら食いやがった…… そして、ゆっくり目を覚ます。

「ん~、なんかおいしい夢見てた気がする…… って、クロちゃんせんせ、いつから見とったんや~
 乙女の寝顔、黙って見てるなんていやらしいわぁ」

 なぜにいやらしい? 首をかしげてると、手を差し出される。

「? なんです?」

「さっきの甘辛いの、もっとちょうだいな♪」

 起きてたのか、なら寝顔がどうこういうのはなんだったんだ? とはいえ、満面の笑顔で手を差し出されたんじゃ、断れないか…… この日自分のアイテムボックスから、大量の『けんびん』が消費されたのは言うまでもない……
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