愛のカタチ

如月あこ

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 今日の夕食はキーマカレーである。
 八月も半ば、伸二さんの出張は相変わらず続いており、私はお姉ちゃんの新居で寝泊まりする日が増えていた。
 雅さんは仕事が忙しいようで、朝早くに仕事に行って夜遅くに帰ってくる。「いってきます」と「おかえりなさい」を告げると嬉しそうにしてくれるので、新居にいるときはかかさず言うことにしていた。
 今日はまだ、雅さんは帰宅していない。
 私はキーマカレーの鍋をかき混ぜながら、食卓でノートパソコンを使って文章を打っているお姉ちゃんを振り返った。
「もうすぐ出来るよ」
「ほんと、いい匂いね」
「ひと段落つきそう?」
「もう終わるから、大丈夫」
 お姉ちゃんの仕事は忙しさにばらつきがあり、ちょうど今は忙しい時期らしい。帰宅してもパソコンと睨めっこしていることが多く、放っておけば食事も取らないだろう。
 カタカタと響く心地よいタイピングが止み、パソコンのシャットダウンする音がリビングに響く。
 私は手早くレタスをちぎり、ベビーリーフとアボガド、生ハムを乗せて簡単なサラダをつくった。
 サラダを先に食卓に並べると、お姉ちゃんが頬をほころばせる。
「わぁ、美味しそう! さすがあたしの妹だわ、相変わらず料理が上手ね」
「ふふっ、料理には自信があるの。毎日やってるから」
「伸二さんって、あんまり家事しない人なんだっけ」
「伸二さんも一通り家事はできるけど、私がさせてもらってるの。学費も出してもらってるし、少しでも役に立ちたくて」
「健気ねぇ。キスしちゃう」
 立ち上がったお姉ちゃんに頬にキスされて、私は微笑んだ。
 キーマカレーをお皿によそおうとしたとき、ふと、サラダのドレッシングを切らしていることを思い出した。
 冷蔵庫を確認すると、そこにあったのは私の好きな「ゆずポンズ」だけ。
「ねぇ、お姉ちゃん、私ちょっと買い出しに――」
「ねぇ、あんたさ。もしかして奈良といい関係なの?」
 お姉ちゃんと言葉が重なった。
 そして身体が震える。驚いて食卓を振り返れば、お姉ちゃんが鷹のような鋭い目で私を見ていた。
「最初はさ、義理の兄として慕ってるのかなって思ったんだけど、奈良のほうもあんたには態度違う気がするのよね。甘いっていうか、優しいっていうか」
「どうしたの、急に」
「最近ずっと考えてたの。そもそもお互い名前で呼び始めた時点で、『おや?』って思ってたのよね」
 お姉ちゃんはそう言うと、眼光鋭い瞳を優しく細めてからからと笑う。
「で、どうなのよ。付き合ってるの?」
 雅さんは、私たちが付き合っていることを、お姉ちゃんには隠す必要がないと言っていた。だから新居でも名前で呼び合っていたし、軽くじゃれたりもしていたのだが、いざその事実を問われると緊張する。
 私はごくりと生唾を飲み込み、頷いた。
「う、うん。黙っててごめんなさい」
お姉ちゃんは食卓に顎肘をつき、にやにやと笑う。
「ふぅん、あいつゲイっていうかバイだったのね。まぁ、こんな可愛い子と半同棲してるんだから、惹かれるのは当たり前なんだけど」
「……怒らないの?」
「どうして? あたしには美津子がいるし、可愛い妹の恋は応援してあげたいじゃないの。でも、奈良ってすごくモテるわよ。あんた頑張りなさいよ」
 思いのほか激励をもらい、私は嬉しくなってお姉ちゃんに抱き着く。お姉ちゃんは私を優しく受け止め、頭を撫でてくれた。
「もしさ。あんたたちがこれからもずっと付き合っていくなら、離婚も考えてあげるわ」
「えっ」
 驚いて顔をあげる。
「離婚? ご両親とか職場とかいろいろと大変なんじゃないの。私、どうしても結婚したいとは思わないし、このままの関係でも大丈夫だよ」
「まぁ、すぐには無理よ。でもあんたが高校卒業するころになっても奈良と付き合ってるんなら、なるようになるべきだと思うの」
「なるようになる……?」
「だから、『結婚』のこと。偽装結婚したのは、お互いに異性と結婚できない理由があったからなの。でも奈良はその条件から外れたわけ。だったら、あたしがずっと縛りつけるのも可哀そうじゃない」
 お姉ちゃんはそう告げると、椅子にどっかりと凭れるように座った。食卓に顎肘をつき、見上げるように私を見つめる。
「ま、その辺は今後奈良と相談して決めるわよ」
 私が、結婚。
 思わず結婚式の様子を想像してしまい、一気に顔がほてってきた。もちろん、想像のなかの結婚式で私の隣に並んでいるのは、雅さんだ。
「あら、気が早いんだからぁ。想像しちゃってぇ」
「し、してないっ、してないったら! あっ、そうだ。私、ドレッシング買ってくる!」
 照れ隠しはバレバレだろうが、構わずに私は財布を持ってリビングを出た。
 既婚者と恋愛関係になる。
 その現実をすっかり受け入れていた私にとって、「結婚」は諦めつつあることだった。雅さんが傍にいてくれれば、それでいいと――本気でそう、思っていたから。
 だから、降って湧いたような未来ある結婚話に、私はつい妄想してしまう。
けれど、玄関で靴を穿くころになって、私の気分は急降下する。
 お姉ちゃんは離婚を望んでくれても、雅さんはそれを是というかわからないという事実に気づいてしまったのだ。
 今のところ、雅さんに離婚する気はないようだ。私と恋愛関係にあることは間違いないけれど、雅さんのなかで重要なのはセックスであって結婚ではない気がする。
「……はぁ。もう考えるのはやめよう。傍にいれるだけで、私は幸せだもん」
 自分に言い聞かせるように呟いたとき、玄関のドアが開いて雅さんが帰宅した。
「あっ、おかえりなさい。早いのね」
 驚いた顔をしていた雅さんは、私の言葉に微笑んだ。
「ああ、ただいま。どうしたんだ、玄関で」
「ちょっとスーパーまで行ってくる」
「一緒に行こうか」
「ううん、大丈夫。夕食出来てるの。帰ってきたらご飯の準備するけど、あとはお皿によそうだけだから先に食べてくれててもいいよ」
「待ってる。急がないから、ゆっくり行ってこいよ」
 頭を撫でられて、私ははにかんで頷いた。

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