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7、
6、
しおりを挟む目についたコンビニでコンドームを買い、手を繋いだまま帰宅する。
買い出しのことなんてすっかり頭から抜け落ちており、結局食材を買い忘れてしまった。
あとで買いにいこう、夕暮ならばタイムサービスをしているかもしれない、などと考えながら玄関をあがった刹那、後ろから抱きしめられて息をつめた。
男らしい胸板を服越しに感じて、緊張が一気に高まる。
「せ、先生?」
「雅」
「え」
「俺の名前。奈良雅」
私の少ない異性との関わりと、これまでに読んできた漫画や小説から、これは「名前で呼ぶように」という意味だと答えを導き出す。
「みやび、さん」
「ん」
後ろから抱きしめられたまま、首筋に唇が下りてきた。首筋にキスをされながら、匂いを嗅ぐように鼻を近づけられて、私はただただ固まってしまう。
「ひゃっ、待って、シャワー、シャワー浴びてくる」
「別にいい」
「よくないって!」
「いいっつってるだろ」
凄まれて、私は仕方なくも頷いた。
後ろから舐め回すように首筋に吸いつかれ、そのままもつれ込むのかと思いきや、奈良先生は私を解放した。そして腕を引いて、一番奥にある自室へ向かう。
「よし」
部屋に入るなり、奈良先生が呟いた。よしというのは気合を現れだろうか、よく意味がわからない。
後ろ手でドアを閉めると、奈良先生は私をベッドに押し倒した。
「言っておくが、俺は童貞だからな」
「あ……はい」
「……何度か試みたことはある。昔付き合ってた女だとか、商売女だとか。だが、結局未だに出来たことは一度もないんだ。オナニーでさえ硬度を保つのが難しいときもあるくらいで」
昔付き合ってた女、というくだりで、初彼女ではないことを知り、自分を棚上げして少しショックを受けた。
好きな女にEDだと知られるくらいなら舌を噛むと言っていたから、てっきり誰とも付き合ったことがないのだとばかり思っていたけれど。
「その、付き合ってた人っていうのは、いつ頃?」
「中学時代だ。告白されたから付き合った。流れでセックスすることになったんだが、出来なかったんだ」
「それから、誰とも付き合わなかったんですか?」
「ああ。……まぁ、さっきも言ったが商売女と試みたことはある。俺にも性欲はあるしな。でも、駄目だった」
「……そう」
「愛花とは出来そうな気がする」
その言葉に頬を染めてから、ふと気づく。
初めて名前を呼ばれた。今までは、お前、と呼ばれていたのに。
「な、名前、呼んでくれた。嬉しいです」
「何度でも呼んでやる。だから、お前ももういい加減丁寧語はやめろ」
顔が近づいてきて、唇に柔らかい感触。熱くて優しい触れるだけのキスを繰り返しているうちに、舌を差し込まれてねっとりとした深いキスに変わっていく。
結論から言うと――できなかった。
世の中はそううまく出来てはおらず、奈良先生――雅さんのペニスは中折れした。
私は雅さんからEDだと聞いていたので、特に衝撃もなく「そっかぁ」程度に済ませてしまったのだが、どうやら雅さんのほうはショックだったらしい。
私は全裸の状態で、胸の谷間に雅さんの頭を抱えて、我が子にするように優しく頭部を撫でていた。
「……俺は駄目なやつだ」
「駄目じゃないよ、カッコいいよ」
「俺は世界一ダサい」
「ダサくないって。それに例えダサくても、私は気にしないよ」
雅さんが顔をあげた。
私の首筋に顔を埋め、抱きしめてくる。
肌同士が密着する心地よさに目を眇めながら、私は再び雅さんの頭をあやすように撫でた。
「……泌尿器科にかかるか」
「泌尿器科?」
「ああ。薬を処方してもらえば、性行も出来る……はずだ。これまではオナニーで事足りると思ってたが、俺はお前とセックスしたい」
「いいの? 泌尿器科に通ったら、どこからかEDだってことがバレちゃうかもしれないよ」
雅さんは、科は違えど医者である。同じ県内ともなれば、知り合いもいるだろう。だからといって県を跨いで通院するなど社会人の雅さんには不可能だ。
「……それは困る」
不機嫌そうに答えた声に、思わず笑ってしまう。
「ゆっくりでいいじゃない」
「愛花は俺としたくないのか」
ぐりぐりと頬に頬を押しつけられて、甘い雰囲気が増す。私は雅さんの頬にキスをすると、ぱくりと顎ひげをはんで食べる真似をした。
「……出来たらしたいと思うけど、出来なくてもいいって思ってる」
私の顔を押し返して、雅さんは身体を起こした。引き締まった肢体に白いビキニ下着を穿き、パンツ一枚でベッド脇に座り込む。
私はベッドに横になったまま、そんな雅さんをじっと見つめた。
「俺はこれからもお前と試みるぞ」
「うん。何回でもしよう」
「……何回も失敗する」
「いいよ、一緒にいるだけで幸せなこともあると思うの。ふわふわした恋愛も、たまにはいいじゃない」
微笑んでそう言えば、雅さんは驚いたように振り返った。その顔がすぐに苦笑を刻み、こつんと右手が私の額を小突いてくる。
「……そうだな。少し急ぎすぎた。悪りぃ」
「悪くないよ。求められて嬉しかったよ」
「お前は俺を甘やかしすぎだ。俺に限らず、五木にも」
「え、そうかな。普通だと思うよ」
「普通じゃねぇよ。甘々だ」
私は身体を起こすと、散らばっていた下着を身に着けた。そのときやっと部屋の隅に置かれた、スポーツジムにあるような運動器具の存在に気がつく。
この前に部屋に来たときはなかったものだ。
「そういえば、身体鍛えるのが好きなの?」
「まぁ、趣味みたいなものだ」
「前来たとき、この機械なかったよね」
「ああ、少しずつ以前の住居から移動してるんだ。つっても先月いっぱいで住んでたのアパートは引き払ったから、もうここしかねぇけどな」
この人はお姉ちゃんの旦那さんなんだ。
改めてそれを思い出して、憂鬱な気分になってしまう。傍にいるだけでいいと思うのに、我侭な私は自分だけの雅さんであってほしいと思ってしまうのだ。
「……どうした」
横から手が伸びてきて、肩を引き寄せられた。
頬に噛みつくようなキスをされ、くすぐったさに笑ってしまう。
「なんでもないよ」
「愛花」
「んー?」
「好きだからな」
照れたような、無愛想な言葉だった。
私は本当に単純である。
この一言で、天にも昇る気持ちになってしまい、多幸感でいっぱいになってしまうのだから。
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