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「ねぇ、お姉ちゃんは子どもが欲しいって思う?」
新居で夕食の支度をしつつ、お姉ちゃんに聞いてみた。ソファでジャージ姿のままくつろいでいたお姉ちゃんは、「思わない」とあっさり口にした。
「子育てする余裕ないもの。あたし家事もできないのよ」
「……そっか」
「どうしたの、きゅうに。何かあった?」
「子どもって何かなぁって」
ずいぶんとアバウトな物言いだったが、お姉ちゃんは身体を起こすとソファに深く座り、苦笑を浮かべて話し出した。
「子どもは愛の結晶――なんていうけど、具体的には性の結晶でしょ? あたしの持論だけど、愛は目に見えないからこそ価値があるのよ。だから、結晶化したとしても、それも目に見えないものなの」
「どういうこと?」
「人間は、誰とでも愛を育むことができるってこと。そこに子どもは必ずしも必要ないってわけ。まぁ、子はかすがいって言うように、夫婦の絆をより強固にする存在であることは否めないけれど」
「……つまり、いないよりはいたほうがいい?」
「そんなの個人の自由でしょ。あたしは子どもがいなくても美津子と二人で愛し合って生きていくわ」
お姉ちゃんの言うとおり、同性愛カップルには子どもが出来ない。男女の関係であっても、子どもを産めない、産まない人も大勢いる。
なかには伸二さんやお姉ちゃんの両親のように、養子をもらう人もいるけれど。
なんとなくお姉ちゃんの言いたいことは伝わったので、私は頷いた。
「でも急にどうしたの? なにかあった?」
「友達が中絶したの。それで、その子がすごく落ち込んでたから」
「それは大変ね。でも、それで子どもってなんだろうって思ったの? 愛花は難しいこと考えるわね」
難しいことだろうか、ただの素朴な疑問のつもりだったのだけれど。
ふと、お姉ちゃんの携帯電話が震えた。
「あら、美津子からだわ。……はい。え!」
夕食作りを再開しようとした私は、驚いて振り返る。
短いやりとりののち、通話を切ったお姉ちゃんは慌ただしくジャージを脱ぎ始めた。
「ごめんなさい、美津子調子が悪いみたいなの。美津子の家行ってくるから、悪いけど夕食はいらないわ」
「みっちゃん大丈夫なの?」
「風邪なのかも。身体がだるいんですって」
お姉ちゃんはてきぱきと外用の服に着替えると、いつものように脱ぎ散らかしたジャージを片付けることもなく、新居を出て行った。
美津子さんはどちらかといえば一人で抱え込むタイプである。少し体調が悪くても、我慢して明るく振る舞うのだ。そんな美津子さんが電話を寄越してきたということは、かなり調子がよくないのだろう。
「……心配」
そっと呟いたあと、一人残された私は、作っている途中だったソテーやら鶏の生肉を眺めてため息をつく。とりあえず完成させて、タッパーに入れて保存しておこう。問題は米である。ほぼ新品の炊飯器は、あと三十分程度で完成の音楽を奏でるはずだ。
そんなことを考えながら夕食作りに勤しめば、あっという間に夜の八時を過ぎていた。窓の外は暗くなっており、私は思い出したようにカーテンを閉めた。そしてリビングに脱ぎ捨ててあったジャージを拾い、風呂場へ向かう。
最近は毎日のように新居に着ているので、洗濯物はほとんど溜まっていない。奈良先生も私が洗濯することを了承してくれているようで、私は二人分の洗濯物をここで片すことになっていた。
ジャージを洗濯かごに入れ、リビングに戻る。
「……どうしよう」
帰ろうか。けれど、帰ったところで伸二さんはいない。ならば、ここで奈良先生が帰宅するのを待って、つくった夕食を食べてもらうというのはどうだろう。だが、いつ奈良先生が帰宅するのか知らないし、外食してくる可能性もある。
頭を抱えた。そして、あと一時間待って帰ってこなかったら一人で帰宅しようという結論に至る。
私は暇を持て余して、ソファに寝転がった。
携帯電話には琴音からメールが入っていた。
――『今日はありがとう。プール行こうね』
と。
私は嬉しくなって、すぐに返信した。
*
新居で夕食の支度をしつつ、お姉ちゃんに聞いてみた。ソファでジャージ姿のままくつろいでいたお姉ちゃんは、「思わない」とあっさり口にした。
「子育てする余裕ないもの。あたし家事もできないのよ」
「……そっか」
「どうしたの、きゅうに。何かあった?」
「子どもって何かなぁって」
ずいぶんとアバウトな物言いだったが、お姉ちゃんは身体を起こすとソファに深く座り、苦笑を浮かべて話し出した。
「子どもは愛の結晶――なんていうけど、具体的には性の結晶でしょ? あたしの持論だけど、愛は目に見えないからこそ価値があるのよ。だから、結晶化したとしても、それも目に見えないものなの」
「どういうこと?」
「人間は、誰とでも愛を育むことができるってこと。そこに子どもは必ずしも必要ないってわけ。まぁ、子はかすがいって言うように、夫婦の絆をより強固にする存在であることは否めないけれど」
「……つまり、いないよりはいたほうがいい?」
「そんなの個人の自由でしょ。あたしは子どもがいなくても美津子と二人で愛し合って生きていくわ」
お姉ちゃんの言うとおり、同性愛カップルには子どもが出来ない。男女の関係であっても、子どもを産めない、産まない人も大勢いる。
なかには伸二さんやお姉ちゃんの両親のように、養子をもらう人もいるけれど。
なんとなくお姉ちゃんの言いたいことは伝わったので、私は頷いた。
「でも急にどうしたの? なにかあった?」
「友達が中絶したの。それで、その子がすごく落ち込んでたから」
「それは大変ね。でも、それで子どもってなんだろうって思ったの? 愛花は難しいこと考えるわね」
難しいことだろうか、ただの素朴な疑問のつもりだったのだけれど。
ふと、お姉ちゃんの携帯電話が震えた。
「あら、美津子からだわ。……はい。え!」
夕食作りを再開しようとした私は、驚いて振り返る。
短いやりとりののち、通話を切ったお姉ちゃんは慌ただしくジャージを脱ぎ始めた。
「ごめんなさい、美津子調子が悪いみたいなの。美津子の家行ってくるから、悪いけど夕食はいらないわ」
「みっちゃん大丈夫なの?」
「風邪なのかも。身体がだるいんですって」
お姉ちゃんはてきぱきと外用の服に着替えると、いつものように脱ぎ散らかしたジャージを片付けることもなく、新居を出て行った。
美津子さんはどちらかといえば一人で抱え込むタイプである。少し体調が悪くても、我慢して明るく振る舞うのだ。そんな美津子さんが電話を寄越してきたということは、かなり調子がよくないのだろう。
「……心配」
そっと呟いたあと、一人残された私は、作っている途中だったソテーやら鶏の生肉を眺めてため息をつく。とりあえず完成させて、タッパーに入れて保存しておこう。問題は米である。ほぼ新品の炊飯器は、あと三十分程度で完成の音楽を奏でるはずだ。
そんなことを考えながら夕食作りに勤しめば、あっという間に夜の八時を過ぎていた。窓の外は暗くなっており、私は思い出したようにカーテンを閉めた。そしてリビングに脱ぎ捨ててあったジャージを拾い、風呂場へ向かう。
最近は毎日のように新居に着ているので、洗濯物はほとんど溜まっていない。奈良先生も私が洗濯することを了承してくれているようで、私は二人分の洗濯物をここで片すことになっていた。
ジャージを洗濯かごに入れ、リビングに戻る。
「……どうしよう」
帰ろうか。けれど、帰ったところで伸二さんはいない。ならば、ここで奈良先生が帰宅するのを待って、つくった夕食を食べてもらうというのはどうだろう。だが、いつ奈良先生が帰宅するのか知らないし、外食してくる可能性もある。
頭を抱えた。そして、あと一時間待って帰ってこなかったら一人で帰宅しようという結論に至る。
私は暇を持て余して、ソファに寝転がった。
携帯電話には琴音からメールが入っていた。
――『今日はありがとう。プール行こうね』
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私は嬉しくなって、すぐに返信した。
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