愛のカタチ

如月あこ

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「……ああ、つか。違うんだ」
 ややのち、呟くように奈良先生が言った。
「違う?」
「俺は別に男が好きなわけじゃねぇ」
「バイセクシャルってことですか」
「俺は女が好きだ。これまで惚れたやつも全員女だったしな」
 目を見張る。
 あれ? お姉ちゃんは奈良先生を、ゲイって言ってなかったっけ?
 混乱する私に、奈良先生はやっと聞きとれるくらいの小声で話し出す。
「五木には、俺がゲイだって説明した。偽装結婚するにあたり、もっともらしい理由になるだろ?」
「それは、そうかもしれませんが……え、だったらなんで偽装結婚なんかをしようと思ったんですか?」
 奈良先生が黙り込むのを見て、聞いたことを後悔した。私が土足で踏み込むべきではないのかもしれない。
「無理に話さなくてもいいですよ。帰ってご飯食べましょう」
 マンションへ向かって歩き出せば、奈良先生もついてくるように歩き出した。
二人で静まり返った夜道を歩く。空は快晴、さすがに瞬きは見えないが、綺麗な星空が広がっている。
「……EDって知ってるか?」
 ふいに、奈良先生が口をひらく。
 私は肩ごしに振り返り、前を歩くのを止めて奈良先生の隣に並んだ。
「知らないです。なんですか?」
「勃起不全」
 やっと理解した。
 これはきっと、先ほどの話の続きなのだ。
 勃起不全という言葉はネットなどで見たことがあったが、女子高生である自分の身の回りで話題に出す人はいない。
 あまり馴染みないその言葉に、私は首をかしげた。
「先生がそうなんですか?」
「……まぁな」
「だから、偽装結婚を?」
「ああ」
 なぜ勃起不全だと偽装結婚を行うのだろうか。益々首を傾げた私に対して、奈良先生は説明をくれる。
「俺はプライドが高いんだ。だから、俺が不能だってことは誰にも知られたくなかった。友人にも言ってない」
「でも、それって偽装結婚するほどじゃないですよね」
 そう言うと、睨まれてしまった。
「親は結婚はまだかとうるさい、職場や私生活では毎日のように好きでもない女にアプローチされてうんざりなんだ。結婚したら、そういった煩わしさはなくなるだろうが」
「好きな人と結婚したいって思わないんですか」
「……俺は一生誰とも結婚しないつもりだった。そこに現れたのが、五木だ。だから、俺は偽装結婚の話に乗った」
 なるほど、と頷きかけて、湧いた疑問を口にする。
「どうして結婚しないつもりだったんですか? EDでも人を好きになることってあるんですよね?」
「まぁな。言っておくが、俺が好きになるのは女だぞ、男じゃないからな」
 念を押して、奈良先生は続ける。
「さっきも言ったが、俺はプライドが高いんだ。好きな女に不能だと知られるくらいなら、舌を噛み切って死ぬ」
「……そういうものですか」
「想像してみろ、彼氏がふにゃちんだったらお前だって引くだろうが」
 花の女子高生になんという質問をするのだろうか。奈良先生もすぐに察したらしく、戸惑ったように視線を反らした。
「悪りぃ、お前まだ高校生だったな。老けてるから忘れてた」
「私ってやっぱり老けてるんですね」
 わかっていたけれど、真正面から堂々と言われると堪える。見た目が老けているのか中身が老けているのかで意味合いは違ってくるが、せめて「大人っぽいね」と言ってほしかった。
「……でも、私は別にふにゃちんでもいいと思いますよ」
「女子高生がふにゃちんなんて言うな。つか、よくねぇだろ。セックスできねぇんだぞ。できても中折れして終わりだ。膣内射精のためには、薬とか飲まなきゃなんねぇし、そんなめんどい男なんて嫌だろうが」
「面倒じゃないですよ。惚れた相手なら、関係なくないですか?」
「お前はセックスの重要性がわかってねぇんだよ」
 そうだろうか。
中学二年のころから、私はすでに人より発達した身体を持っており、いろいろな人から好奇の目にさらされた。教師にセクハラされたこともあるし、満員電車に乗ればすぐにお尻をさわられる。
ナンパしてきた元彼も、今なら私の身体だけが目当てだったのだとわかっていた。
 だからか、私はセックスというものがさほど重要には思えなかった。性に嫌悪感を抱いているわけではないし、好きな人からセックスを望まれれば受けたいと思うけれど、別になくてもいいと思っている。
 それは、私が子どもだから、奈良先生の言うようにセックスの重要性をわかってないのだろうか。
 かもしれない。けれど、私が望んでいることははっきりしていた。
「私は、お姉ちゃんみたいに愛し愛される恋人が欲しいです」
「……同姓でもいいのか。子どもが出来ないぞ」
「傍にいるだけでいいんですよ。子どもが出来なくても……セックスができなくても、ずっと一緒にいたいから」
 伸二さんとは家族だ。そこに血のつながりも身体の関係もないけれど、ずっと傍にいる。そんなどこかふわふわとした愛しさに包まれた関係というもの、あっていいのではないか。
 けれど、あくまでそれは私の望みであって、考えや価値観を奈良先生に押し付けるものではない。
 私はにっこりと笑って、話を変えた。
「でも先生、私に言ってもよかったんですか?」
「よくねぇだろ。つか、誰にも言うなよ」
「言いませんよ」
 奈良先生は顔を反らして、がしがしと頭を掻いた。
「……誰かに聞いてほしかったのかもしんねぇ」
 呟きに近い言葉に、私は微笑んだ。その「相手」に自分が選ばれたのだと思うと、とても誇らしい。たまたまでもよかった。誰かの役にたてる自分を見つけられるだけで、私は生きていてよかったと思うのだ。それが奈良先生だと思うと、尚のこと嬉しい。
「なに笑ってんだ。俺がふにゃちんだからって馬鹿にするなよ」
「してないですよ。いいじゃないですか、ふにゃちんでも」
「ばか、『ふにゃちん』なんて言葉を使うなって言ってるだろ、恥じらいを持て」
 こんな話をしておいて、恥じらいもなにもない気がするけれど。
 私は不満げながらも、素直に頷いた。

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