愛のカタチ

如月あこ

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 お惣菜が半額になっていたので、結局お惣菜で夕食を済ませることにした。
 米がないので、というか炊飯器がないので、鍋で温めるタイプのレトルトご飯を購入する。せめてレンジがあればもう少し楽なのだが、仕方がない。あれも買おうと思えば結構な値になるのだ、置き場所にも困る。
「今度はちゃんと作りますから!」
 レジを終えてから、お惣菜を袋につめる奈良先生にそう告げる。
「カルボナーラか」
「ほかにも作れますよ」
「ほかのも食ってみたいが、あれはなかなかうまかった。また作ってくれ」
 うまかった、と言われて単純思考の私は馬鹿みたいに喜んだ。そんな私の喜びが伝わっていたのだろう、奈良先生は苦笑を浮かべている。
 そのとき、ふいに聞き慣れない着信音が鳴った。
 奈良先生は携帯電話を取り出して、その履歴に眉をひそめたあと、通話に出る。
「……はい。ああ、久しぶりだな。は? ああ、え……外?」
 首を巡らせ、ガラス張りの外を眺めた奈良先生が大きく目を見張った。つられて同じ方向を見れば、肩を組んだ男性二人がこっちに向かって手を振っている。
 どうやら奈良先生の知り合いらしい。
 奈良先生は「あいつら」と忌々しそうに呟いたあと、携帯の通話を切った。
「お知り合いですか」
「さっき言ってた高校時代の友人だ。こんなところで何やってんだ」
 スーパーを出ると、奈良先生の友人ふたりが歩み寄ってきた。片方は眼鏡をかけており、もう片方は今時珍しい長髪を後ろで一つに結んでいる。長髪の男性はかなり整った顔をしており、ひと目で「この人はモテる!」と察することができた。
「よぉ、奈良。もしかしてお前の新居ってこの辺なのか?」
 眼鏡の男が聞いてきた。
「ああ。すぐそこだ」
「へぇ」
 二人組の視線が私に移る。じっと全身を眺められて、居心地が悪かった。自分から自己紹介するべきだろうか。「こんばんは、義理の妹です」と。
 けれど、私が何かを言う前に、眼鏡の男が口をひらいた。
「こんばんは、奥さん。俺、賀川って言います。こいつとは高校時代からの友人っすわ。んで、こっちの髪の長いのが林田」
「どもっす!」
 お、奥さん!
 ぽかんとした。これ以上なく。たしかによく「大人っぽいね」だの「老けているね」だのと言われるけれど、まさかお姉ちゃんと間違われるなんて。
 慌てて手をふり、否定の言葉を口にしようとするが、またしても私より早く賀川さんが話しはじめる。
「いやぁ、こんな美人な奥さんがいるなんて羨ましいなぁ。つかなに、ペアルック? ジャージ来て一緒に買い物?」
「……ああ、まぁ」
奈良先生も気まずそうだ。
だがなぜそこで頷く。私は益々ぽかんとして奈良先生を見上げる。どうやら奈良先生も戸惑っているようで、挙動不審に視線を彷徨わせていた。
「つか、お前らこんなとこで何やってんだ。職場から離れてるだろうが」
「俺、引っ越すって言ってただろ? この近くなんだわ」
 長い髪の林田さんが言った。なぜか陽気にⅤサインまでかましてくれる。
「ああ、たしか、そんなこと言ってたな。この近くか、へぇ……で、結局奥さんとは元鞘に戻ったのか?」
「戻ってたら一人暮らしなんか始めるかっつーの」
 Ⅴサインがへにょりと曲がり、林田さんは子どものように膨れた。奈良先生は苦笑を浮かべ、軽く手を振る。
「一人暮らしか。まぁ、頑張れよ。近くに住んでるなら、いろいろ構ってやれるかもしんねぇ」
「俺はペットか」
 思わず笑ってしまった。楽しい人たちだ。せっかくだから、マンションに上がってもらえばいいのに、と自宅でもないくせに私はそんな図々しいことを思った。
 奈良先生も同じことを思ったらしく、くいっと親指で新居の方向を示した。
「あがっていくか?」
「んー、いや、止めとくわ。お邪魔しても悪いし?」
「別に悪くねぇよ」
 ふと、賀川さんが眼鏡を押し上げて、にやにやと笑い始めた。
「俺さ、つか、俺らさ。ぶっちゃけ、お前のことホモだって思ってたんだよな」
「あ、そうそう。だから、結婚するって聞いてめっちゃ驚いた」
 私は顔が強張るのを感じた。「思っていた」ということは、奈良先生は、自分がゲイであることを友人たちに告げていないのだ。
そっと奈良先生の様子を伺いみると、苦い顔をしていた。
「うっせぇな、俺はそんなこと一言も言ってねぇだろ」
「でもお前、高校時代恋人一人も作らなかったじゃん。モテてたくせにさ。大学入っても恋人出来たって話は聞かなかったし。だから、俺ら勝手にお前がホモだって決めつけてたわ。別に差別してるわけじゃないぜ。そういう趣味ならそういう趣味で、別にいいんじゃないかっていう」
「お前が幸せなら俺たちはそれでいいんだよ」
 うんうん、と頷きながら林田さんがしめた。どこか他人事のようではあるが、同性愛の友人を受け入れている当たり、よい人たちなのだろう。
 世の中には同性愛者を差別するような人たちがいることを、私はお姉ちゃんから嫌というほど聞いていた。
「でもさ、やっぱホモだってことを話してくれなかったのは、俺らに信用がないのかなって悩んだりもしたんだ」
「違うっつってんだろ。俺は同性愛者じゃねぇよ」
「まぁ、そうだったんだけどな。そういうふうに俺らも悩んだ時期がありましたよってことだ。だってお前全然彼女つくらねぇしぃ」
「それはもう聞いた」
 賀川さんは肩をすくめ、林田さんはからからと笑った。
「ま、お幸せにな」
 林田さんが告げる。賀川さんも軽く手をあげ、二人は私たちが帰る方向と逆に向かって歩き出した。
 どこかほっとした思いでその後ろ姿を見送っていると、隣で奈良先生ががしがしと頭を掻いていた。困ったときや照れているときの仕草だと、なんとなく察する。
「……悪りぃ」
「悪くないですよ。楽しそうな人たちですね。誤解されちゃったみたいですけど」
 奈良先生はもう一度、小声で「悪りぃ」と謝った。
 謝れることなんて何もないのに、と思わず微笑んでしまう。けれど、その笑みもすぐに引っ込めて、思っていたことを口にした。
「……ゲイだってこと、言ってないんですね」
 最近はオネエタレントの活躍や海外で同性婚が認められたりと、世間の同性愛者への風あたりはまだ優しい。けれど、奈良先生の高校時代となると、十年以上も前になる。その時代に、自分がゲイだと打ち明けるには勇気がいったのだろう。
 豪快なお姉ちゃんでも、養子先の家族や職場には、自分がレズビアンであることを隠しているほどだ。
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