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「お前、なんだこれは」
「なにって、あたしの服だけど?」
いつの間にか、この短時間のあいだにお姉ちゃんは下着姿になっていた。燃えるような赤色をしたブラと同色のパンツしか身に着けていない状態で、足元に脱ぎ捨ててあるスーツを睥睨していた。どこの女王様だと問いたくなるポージングである。
「スーツを床に置くな。皺になるだろうが」
「いいじゃない、あたしのなんだし。それに愛花が片付けてくれるから心配いらないわ」
「お前、何様だ。片付けくらい自分で――」
「待ってください! わ、私が片付けますから、怒らないで!」
お姉ちゃんと奈良先生のあいだに割って入り、素早くスーツを拾い上げた。社交辞令の笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げる。
「すみません、お姉ちゃんずぼらで」
「そうよ、あたしずぼらなの。ちょうどいいから、言っておくけど。ほら、空いてる部屋一つあるでしょ? あそこ、愛花の部屋にするから」
「は? お前、なに勝手に決めてるんだ」
「空いてるんだからいいじゃない。それとも恋人でも連れ込むつもりだったの?」
奈良先生は仏頂面になり、ため息をついてエアコンを睨むと、肩に乗せていた上着を着た。
「そういうわけじゃないが。……妹も一緒に暮らすってことか」
「一緒に暮らすっていうか、あたしがここで暮らすあいだ、世話をしてもらうの。そしたら夕食とか作ってもらうことになるんだけど、夜中とか一人で帰らせたら危ないでしょ。そうなったら、泊まる部屋が必要じゃない」
「……まず、なぜこの子がお前の世話をするんだ。バイトで雇ってるのか」
「お金なんて払ってないわよ。何言ってんの?」
沈黙が下りた。
激しく息苦しい沈黙だ。
最初に沈黙が耐え切れなくなったのは、私だった。慌てて両手をあげて、「私、部屋とかなくても大丈夫だから!」と告げた言葉にかぶせて、奈良先生が口をひらく。
「ここで暮らすあいだってことは、最初のうちだけってことだな。まぁ、永住するつもりじゃないなら、いいだろう」
「当然よ」
ふんぞり返る下着姿のお姉ちゃん。
ふと思い出したように、お姉ちゃんは私を振り返った。
「あ、そうそう。こいつ、ゲイだから」
そしてトンデモ発言をかましてくれた。といっても大体の予想はついていたので、私は笑顔で「そうなんだ」と返事を返す。
奈良先生は眉をひそめると、無言で立ち上がってリビングを出て行った。
「もう、愛想のないヤツねぇ」
「う、うん。なんかちょっと怖いね」
思わず本音が漏れた。
お姉ちゃんはおかしそうに肩を揺らし、手の中にあった携帯電話をいじった。
「あれでも医者なのよ。患者にはすっごい愛想いいらしいわ」
知ってるよ、といいかけて、止めた。
産婦人科に何の用で行ったのだと問われたら、琴音のことをしゃべらざるを得なくなる。まだ琴音が妊娠したことは、二人だけの秘密なのだから、例えお姉ちゃんであっても私が口外してはいけないだろう。
「病院でも人気あるんですって、知り合いのナースが言ってたわ。……まぁ、イケメンだしね、身体もいいし。あたしの好みじゃないけどねぇ」
からからと笑い、お姉ちゃんはソファに無造作に置いてあったエアコンのリモコンを手に取った。
「寒いから温度あげるわよ」
まず服を着ろ、と言いたいのを我慢した。
「なにって、あたしの服だけど?」
いつの間にか、この短時間のあいだにお姉ちゃんは下着姿になっていた。燃えるような赤色をしたブラと同色のパンツしか身に着けていない状態で、足元に脱ぎ捨ててあるスーツを睥睨していた。どこの女王様だと問いたくなるポージングである。
「スーツを床に置くな。皺になるだろうが」
「いいじゃない、あたしのなんだし。それに愛花が片付けてくれるから心配いらないわ」
「お前、何様だ。片付けくらい自分で――」
「待ってください! わ、私が片付けますから、怒らないで!」
お姉ちゃんと奈良先生のあいだに割って入り、素早くスーツを拾い上げた。社交辞令の笑みを浮かべて、ぺこりと頭を下げる。
「すみません、お姉ちゃんずぼらで」
「そうよ、あたしずぼらなの。ちょうどいいから、言っておくけど。ほら、空いてる部屋一つあるでしょ? あそこ、愛花の部屋にするから」
「は? お前、なに勝手に決めてるんだ」
「空いてるんだからいいじゃない。それとも恋人でも連れ込むつもりだったの?」
奈良先生は仏頂面になり、ため息をついてエアコンを睨むと、肩に乗せていた上着を着た。
「そういうわけじゃないが。……妹も一緒に暮らすってことか」
「一緒に暮らすっていうか、あたしがここで暮らすあいだ、世話をしてもらうの。そしたら夕食とか作ってもらうことになるんだけど、夜中とか一人で帰らせたら危ないでしょ。そうなったら、泊まる部屋が必要じゃない」
「……まず、なぜこの子がお前の世話をするんだ。バイトで雇ってるのか」
「お金なんて払ってないわよ。何言ってんの?」
沈黙が下りた。
激しく息苦しい沈黙だ。
最初に沈黙が耐え切れなくなったのは、私だった。慌てて両手をあげて、「私、部屋とかなくても大丈夫だから!」と告げた言葉にかぶせて、奈良先生が口をひらく。
「ここで暮らすあいだってことは、最初のうちだけってことだな。まぁ、永住するつもりじゃないなら、いいだろう」
「当然よ」
ふんぞり返る下着姿のお姉ちゃん。
ふと思い出したように、お姉ちゃんは私を振り返った。
「あ、そうそう。こいつ、ゲイだから」
そしてトンデモ発言をかましてくれた。といっても大体の予想はついていたので、私は笑顔で「そうなんだ」と返事を返す。
奈良先生は眉をひそめると、無言で立ち上がってリビングを出て行った。
「もう、愛想のないヤツねぇ」
「う、うん。なんかちょっと怖いね」
思わず本音が漏れた。
お姉ちゃんはおかしそうに肩を揺らし、手の中にあった携帯電話をいじった。
「あれでも医者なのよ。患者にはすっごい愛想いいらしいわ」
知ってるよ、といいかけて、止めた。
産婦人科に何の用で行ったのだと問われたら、琴音のことをしゃべらざるを得なくなる。まだ琴音が妊娠したことは、二人だけの秘密なのだから、例えお姉ちゃんであっても私が口外してはいけないだろう。
「病院でも人気あるんですって、知り合いのナースが言ってたわ。……まぁ、イケメンだしね、身体もいいし。あたしの好みじゃないけどねぇ」
からからと笑い、お姉ちゃんはソファに無造作に置いてあったエアコンのリモコンを手に取った。
「寒いから温度あげるわよ」
まず服を着ろ、と言いたいのを我慢した。
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