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「そ。どうせ偽装結婚だし、名前変えても面倒だし、このままでいこうってことになったの」
「旦那さんはそれで納得してるんだ?」
「ええ。納得してるっていうか、無関心なの。好きにすればいい、みたいな。まぁ、基本的にお互いに干渉しないことを条件に、だけどね」
私には難しい世界の話だった。
好きな人がいるのにほかの人と結婚するお姉ちゃんのことも、せっかく結婚した相手と一切関係を持とうとしない旦那さんのことも、理解できない。
利害の一致のうえに成り立つ結婚なのだから、そういう関係もあるのだろうけれど。
駅から徒歩十分ほどにある八階建てのマンション、その五階にお姉ちゃんたちの新居はあった。なかなか新しく綺麗な外観で、それなりに高級そうな匂いがする。
「あら、あいついるみたい」
マンションの鍵を差し込んだお姉ちゃんが、驚いたように告げる。
何気なくついてきた私の緊張メーターのメモリが、がくんと上がった。
「だ、だ、旦那さんいるの!?」
「何焦ってるのよ。今後会うこともあるんだから、ついでに紹介しちゃうわ」
お姉ちゃんはドアをひらくと、勝手知ったる玄関をどすどすと勢いよく上がっていった。私は戸惑いながらも靴を脱ぎ、遠慮がちに廊下を抜ける。
やはり内装も新しいようで、新居独特の香りがした。
「ここがリビングよ。どう、結構広いでしょ? 十二畳だって」
自慢げなお姉ちゃんの言うとおり、リビングはとても広かった。
極端に物が少ないが部屋の奥にはソファが置かれ、リビングと一続きになっているダイニングキッチン近くには食卓がある。椅子は当然のように四脚分。
というか、逆に言うと、ソファと食卓しかなかった。
テレビや収納棚の類いもなく、花瓶や絵画などの調度品もない。かろうじてエアコンが設置されており、旦那さんがつけたのか、涼しい風を吹きだしていた。
これから物が増えていくのだろう……たぶん!
「なんか新居っぽいね」
「とりあえず全部の部屋を案内するから、奥に来てくれる?」
「うん!」
廊下の向かい側になっているリビングから一番遠い部屋は、旦那さんの部屋。その隣はお姉ちゃんの部屋。そしてさらにその隣の部屋を示されたとき、私は勢いよく手をあげた。
「はい! ここが寝室だね!」
「ぶっぶー、残念。ここは愛花の部屋よ」
「……へ? 私の部屋!?」
お姉ちゃんはたまに突拍子もない冗談をつく。
だから今回もそうだと思ったのだがどうやら違うようで、大きく部屋のドアを開くと、私をなかに導いた。
カーテンもかかってない窓から差し込む夕暮れの陽光が、フローリングの床をぼんやりと照らしていた。がらんとした部屋は少し寂しいが、私の頭のなかは今それどころではない。
「ほら、まぁ、五畳くらいしかないけど、ベッドくらいなら置けるから」
「ま、待って。なんで私の部屋があるの?」
「なんでって、あたしの世話をするのに毎日通ってたら大変でしょ? 伸二さんは出張が多いし、保護者不在の日はここで寝泊まりしなさいよ」
お姉ちゃんは当然のように、むしろ「あんた何言ってるのよ」と言いたげな口調で告げた。私は軽い眩暈を感じながらも、軽く首を横に振る。
「大切な一部屋を私が使っていいの? 大切な新居でしょ、旦那さんがきっと怒るよ」
「ああ、そういえばまだあいつに許可とってなかったっけ」
お姉ちゃんはたまに抜けている。
私だってお姉ちゃんの傍にいられるのならここで暮らしたいけれど、この新居は旦那さんと二人のものだ。どういう費用の内約になっているのかはわからないけれど。
「まぁ、許可とっとくから、とにかくここは愛花の部屋よ。そのために3LDKにしたんだから」
「……そんな無茶な」
「さ、次行きましょう!」
次に案内されたのはトイレだった。清潔感のある白いトイレは、足マットも便座カバーもないシンプルなものだ。トイレットペーパーはちゃんとつけてあったので、なんとなくほっとする。……便座が上がったままなのは、旦那さんが使ったあとだからだろうか。
「で、次が最後よ」
そう言ってお姉ちゃんはトイレ隣のドアをひらく。なんとなく予想はついていたが、ここで予想外の事態が起きてしまった。
「旦那さんはそれで納得してるんだ?」
「ええ。納得してるっていうか、無関心なの。好きにすればいい、みたいな。まぁ、基本的にお互いに干渉しないことを条件に、だけどね」
私には難しい世界の話だった。
好きな人がいるのにほかの人と結婚するお姉ちゃんのことも、せっかく結婚した相手と一切関係を持とうとしない旦那さんのことも、理解できない。
利害の一致のうえに成り立つ結婚なのだから、そういう関係もあるのだろうけれど。
駅から徒歩十分ほどにある八階建てのマンション、その五階にお姉ちゃんたちの新居はあった。なかなか新しく綺麗な外観で、それなりに高級そうな匂いがする。
「あら、あいついるみたい」
マンションの鍵を差し込んだお姉ちゃんが、驚いたように告げる。
何気なくついてきた私の緊張メーターのメモリが、がくんと上がった。
「だ、だ、旦那さんいるの!?」
「何焦ってるのよ。今後会うこともあるんだから、ついでに紹介しちゃうわ」
お姉ちゃんはドアをひらくと、勝手知ったる玄関をどすどすと勢いよく上がっていった。私は戸惑いながらも靴を脱ぎ、遠慮がちに廊下を抜ける。
やはり内装も新しいようで、新居独特の香りがした。
「ここがリビングよ。どう、結構広いでしょ? 十二畳だって」
自慢げなお姉ちゃんの言うとおり、リビングはとても広かった。
極端に物が少ないが部屋の奥にはソファが置かれ、リビングと一続きになっているダイニングキッチン近くには食卓がある。椅子は当然のように四脚分。
というか、逆に言うと、ソファと食卓しかなかった。
テレビや収納棚の類いもなく、花瓶や絵画などの調度品もない。かろうじてエアコンが設置されており、旦那さんがつけたのか、涼しい風を吹きだしていた。
これから物が増えていくのだろう……たぶん!
「なんか新居っぽいね」
「とりあえず全部の部屋を案内するから、奥に来てくれる?」
「うん!」
廊下の向かい側になっているリビングから一番遠い部屋は、旦那さんの部屋。その隣はお姉ちゃんの部屋。そしてさらにその隣の部屋を示されたとき、私は勢いよく手をあげた。
「はい! ここが寝室だね!」
「ぶっぶー、残念。ここは愛花の部屋よ」
「……へ? 私の部屋!?」
お姉ちゃんはたまに突拍子もない冗談をつく。
だから今回もそうだと思ったのだがどうやら違うようで、大きく部屋のドアを開くと、私をなかに導いた。
カーテンもかかってない窓から差し込む夕暮れの陽光が、フローリングの床をぼんやりと照らしていた。がらんとした部屋は少し寂しいが、私の頭のなかは今それどころではない。
「ほら、まぁ、五畳くらいしかないけど、ベッドくらいなら置けるから」
「ま、待って。なんで私の部屋があるの?」
「なんでって、あたしの世話をするのに毎日通ってたら大変でしょ? 伸二さんは出張が多いし、保護者不在の日はここで寝泊まりしなさいよ」
お姉ちゃんは当然のように、むしろ「あんた何言ってるのよ」と言いたげな口調で告げた。私は軽い眩暈を感じながらも、軽く首を横に振る。
「大切な一部屋を私が使っていいの? 大切な新居でしょ、旦那さんがきっと怒るよ」
「ああ、そういえばまだあいつに許可とってなかったっけ」
お姉ちゃんはたまに抜けている。
私だってお姉ちゃんの傍にいられるのならここで暮らしたいけれど、この新居は旦那さんと二人のものだ。どういう費用の内約になっているのかはわからないけれど。
「まぁ、許可とっとくから、とにかくここは愛花の部屋よ。そのために3LDKにしたんだから」
「……そんな無茶な」
「さ、次行きましょう!」
次に案内されたのはトイレだった。清潔感のある白いトイレは、足マットも便座カバーもないシンプルなものだ。トイレットペーパーはちゃんとつけてあったので、なんとなくほっとする。……便座が上がったままなのは、旦那さんが使ったあとだからだろうか。
「で、次が最後よ」
そう言ってお姉ちゃんはトイレ隣のドアをひらく。なんとなく予想はついていたが、ここで予想外の事態が起きてしまった。
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