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「だって。なんか、こんなにカッコいい先生だなんて思ってなかったから、心の準備が!」
そう言われて、私は思わず青年医師を振り返ってしまった。
たしかに、白衣の上からでもわかる引き締まった肉体に、きりりとした理知的な目は女性の心の柔らかいところをくすぐりそうだ。
顔のパーツもそれぞれが男らしい完璧な造形でそこにあり、顎には綺麗な角度で申し訳程度に髭を生やしている。その顎鬚は、この男を益々魅力的に見せていた。
青年医師の全身をくまなく見つめたあと、私は頷いた。
伸二さんのほうが何倍もカッコいいから!
「なんか、いろいろ見られるの恥ずかしい、かも」
琴音の言葉に、私はぐっと拳を握りしめてみせた。
「大丈夫だよ、お医者さんなんだから。きっと診察なんて、流れ作業と一緒だよ」
「……酷いな」
青年医師の苦笑とともに呟かれた言葉に、はっとして振り返った。本人の前で言うには確かに失礼だったと思い至り、ぺこりと謝るように頭をさげる。
青年医師は軽く手をあげて鷹揚に答え、どうぞと琴音に席を進めてきた。
「さ、琴音」
「う、うん」
恐る恐る椅子に座った琴音に、青年医師は微笑んでみせた。
「はじめまして、奈良といいます。よろしくお願いします、久我琴音さん」
「よ、よろしくお願いします」
奈良先生は診察中、始終ほがらかな笑みを浮かべていた。話術が上手く、しだいに琴音の緊張も和らいでいき、簡単な問診のあとには、超音波検査や血液検査、尿検査、血圧検査に――内診までを、一気に終えた。
てきぱきとした信頼できる先生のようで、椅子に再び座った琴音の顔にも笑みが広がっていた。
「おめでとうございます、現在は妊娠四週目ですね」
「ありがとうございます」
奈良先生は初妊娠の注意点や現在の赤ちゃんの様子、それから分娩予定日などを説明し――ふと、厳しい顔で告げた。
「もし中絶されるのでしたら、十週間以内をおすすめします」
その瞬間、空気が凍った気がした。
赤ちゃんを愛し始めていた琴音に冷水を浴びせたのだ。
「そ、そんな言い方ないんじゃないの!」
思わずカッとなって文句を言った私を、奈良医師は手をあげて制した。
「これはみなさんに告げていることですから」
本当だろうか。
新婚ほやほやの夫婦や熱々のカップルがきても、同じことを言ったのか?
答えはすぐにでた、否だ。けれど、ここでことを荒立てて琴音の不安を煽りたくなかったので、「そうですよね、すみません」と私は苦笑とともに謝った。
次の受診日を決めてちょっと高い初診代を支払い、私たちは帰路についた。
「……赤ちゃん、かぁ」
じりじりと熱いコンクリート道を歩きながら、琴音が呟いた。うるさいくらいの蝉の声が、ふと鳴り止む。
「あたし、お母さんになれるかな」
なれるよ。喉まで出かかった言葉は気休めでしかない無責任さを伴っていたので、寸でのところで飲み込んだ。
「産みたくなった?」
「うん」
琴音は迷うことなく頷いた。
「あたしと、あっくんの赤ちゃんだもん」
「……そっか」
微笑む琴音の横顔は、すでに母親のようだった。
赤ちゃんを身ごもるってどんな気持ちだろうか。私もいつか母親になるのだろうか。そう考えた瞬間、すぅっと脳裏が冷えていく。
母は私を虐待していた。
私は、母親というものをよく知らない。
そんな私が、母親になどなれるわけがないのだ。
嬉しそうに微笑む琴音が私とは違う物質で出来ている気がして、悔しさと情けなさと琴音を応援する熱意とのはざまで、ただひたすらにこぶしを震わせた。
そう言われて、私は思わず青年医師を振り返ってしまった。
たしかに、白衣の上からでもわかる引き締まった肉体に、きりりとした理知的な目は女性の心の柔らかいところをくすぐりそうだ。
顔のパーツもそれぞれが男らしい完璧な造形でそこにあり、顎には綺麗な角度で申し訳程度に髭を生やしている。その顎鬚は、この男を益々魅力的に見せていた。
青年医師の全身をくまなく見つめたあと、私は頷いた。
伸二さんのほうが何倍もカッコいいから!
「なんか、いろいろ見られるの恥ずかしい、かも」
琴音の言葉に、私はぐっと拳を握りしめてみせた。
「大丈夫だよ、お医者さんなんだから。きっと診察なんて、流れ作業と一緒だよ」
「……酷いな」
青年医師の苦笑とともに呟かれた言葉に、はっとして振り返った。本人の前で言うには確かに失礼だったと思い至り、ぺこりと謝るように頭をさげる。
青年医師は軽く手をあげて鷹揚に答え、どうぞと琴音に席を進めてきた。
「さ、琴音」
「う、うん」
恐る恐る椅子に座った琴音に、青年医師は微笑んでみせた。
「はじめまして、奈良といいます。よろしくお願いします、久我琴音さん」
「よ、よろしくお願いします」
奈良先生は診察中、始終ほがらかな笑みを浮かべていた。話術が上手く、しだいに琴音の緊張も和らいでいき、簡単な問診のあとには、超音波検査や血液検査、尿検査、血圧検査に――内診までを、一気に終えた。
てきぱきとした信頼できる先生のようで、椅子に再び座った琴音の顔にも笑みが広がっていた。
「おめでとうございます、現在は妊娠四週目ですね」
「ありがとうございます」
奈良先生は初妊娠の注意点や現在の赤ちゃんの様子、それから分娩予定日などを説明し――ふと、厳しい顔で告げた。
「もし中絶されるのでしたら、十週間以内をおすすめします」
その瞬間、空気が凍った気がした。
赤ちゃんを愛し始めていた琴音に冷水を浴びせたのだ。
「そ、そんな言い方ないんじゃないの!」
思わずカッとなって文句を言った私を、奈良医師は手をあげて制した。
「これはみなさんに告げていることですから」
本当だろうか。
新婚ほやほやの夫婦や熱々のカップルがきても、同じことを言ったのか?
答えはすぐにでた、否だ。けれど、ここでことを荒立てて琴音の不安を煽りたくなかったので、「そうですよね、すみません」と私は苦笑とともに謝った。
次の受診日を決めてちょっと高い初診代を支払い、私たちは帰路についた。
「……赤ちゃん、かぁ」
じりじりと熱いコンクリート道を歩きながら、琴音が呟いた。うるさいくらいの蝉の声が、ふと鳴り止む。
「あたし、お母さんになれるかな」
なれるよ。喉まで出かかった言葉は気休めでしかない無責任さを伴っていたので、寸でのところで飲み込んだ。
「産みたくなった?」
「うん」
琴音は迷うことなく頷いた。
「あたしと、あっくんの赤ちゃんだもん」
「……そっか」
微笑む琴音の横顔は、すでに母親のようだった。
赤ちゃんを身ごもるってどんな気持ちだろうか。私もいつか母親になるのだろうか。そう考えた瞬間、すぅっと脳裏が冷えていく。
母は私を虐待していた。
私は、母親というものをよく知らない。
そんな私が、母親になどなれるわけがないのだ。
嬉しそうに微笑む琴音が私とは違う物質で出来ている気がして、悔しさと情けなさと琴音を応援する熱意とのはざまで、ただひたすらにこぶしを震わせた。
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