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あっくんというのは琴音の彼氏だ。三つ年上の大学生で、真面目を絵に描いたような好青年という印象がある。その反面、真面目すぎて偏屈なところがあるが、琴音いわく「そんなところも素敵」なのだそうだ。
「……あたし、どうしよう」
琴音はぽろぽろと涙を流した。目が溶けて落ちてしまうんじゃないかと思ってしまうくらい、真っ赤に潤んでいる。
私は琴音の手を握りしめて、そっと告げる。
「あっくんに相談してみたら? あっくんだったら、ちゃんと話も聞いてくれると思うよ」
「嫌われたら怖いよ」
「どうしてそう思うの?」
「赤ちゃん出来ちゃったあたしが悪いんだもん」
あたしが悪いんだもん。
その言葉に、私は衝撃を受けた。
琴音は、この歳で子どもを身ごもることが悪いことだと思っているのだ。私はその言葉に否定も肯定もできず、ただ静かに下唇をかみしめる。
私の母は、十八で私を産んだ。
やはり母も、私を身ごもったとき「自分が悪い」と思ったのだろうか。子どもなんて欲しくなかったと、思ったのだろうか。だとしたら、母が私にしていた虐待は、行われるべくして行われていたことになる。
胸の奥がぎゅっと鷲掴みにされたような錯覚を覚えて、私は思考を強引に追い出した。
「コンドームって百パーセント避妊できるわけじゃないって聞いたことがあるの。琴音のせいじゃない、きっと、二人の問題なんだと思うよ」
「あっくんに相談してもいいのかな」
「いいと思うよ」
むしろ、ほかに誰に相談すればいいのか名案が浮かばない。
このまま妊娠を隠して何事もなかったかのように生活するわけにはいかないし、結局は誰かを頼らなければならないのだ。問題はその相手だが、両親に言う前に彼氏に告げるべきだろう。
私なら――たぶん、そうする。
「うん、あたし、あっくんに相談してみる」
琴音は大きく頷いて、ぐっと顔をあげた。
決意を固めたためか涙は止まり、ぐしゃぐしゃの目をハンカチでぬぐうと、少し躊躇いがちな笑みを浮かべた。
「ねぇ、愛花。あっくんに会う前に、その、産婦人科行こうかなって思うの。ついてきてくれない……?」
「いいよ。あっくんと一緒じゃなくていいの?」
「うん。何週間目とか、あっくんにちゃんと赤ちゃんのこと説明したいから」
私たちは昼過ぎに学校を早退して産婦人科に行くことを決めると、教室に戻った。
琴音は午前中、落ち込んだように静かだったが、もう泣きはしなかった。むしろ気丈に微笑み、体育の時間には自分で「体調がすぐれないので見学します!」と体育教師に告げていた。
一時間目の授業の長さが嘘のように、あっという間に半日が終えた。
二人で琴音の自宅へ保険証と診察券を取りに行き、その足で市立の大学病院へと向かう。初診受付の時間が過ぎていたので手続きに少し戸惑ったけれど、ほかの科を受診したことがあったので、なんとか産婦人科を受診することが出来そうだ。
産婦人科は、二階でエレベータを降りてすぐ右手にあった。
診察待ちの長椅子に座ってから、ようやく制服で来たことを後悔しはじめた。ちらほらと私たちを伺うような視線が、居た堪れない。
「……ごめんね、付き合ってもらっちゃって」
居心地の悪さを琴音も感じていたのだろう。こっそりと謝ってきたので、私は「全然いいよ」と明るく答えた。
この大学病院は内科や眼科は混むと聞いていたけれど、産婦人科はとても空いていた。呼び出しは番号で行われ、電光掲示板に自分の番号がついたら、診察室へ入る仕組みになっている。琴音の番号が電光掲示板にぱっとついたのは、問診票を書き終えて二十分ほどが経過したころだった。
琴音と一緒に、私も一緒に診察室へ入った。
「えっ」
琴音が驚いた顔をして、足を止める。
「どうしたの?」
「お、男の人なんだね」
琴音の動揺の理由がわかった。
診察室に居たのは、二十代後半ほどの歳をした、まだ若い青年医師だったのだ。確かに恋人以外の異性にお腹を触られたり膣を見られたりするのは、あまりよい感覚ではない。
琴音は診察室の入り口で口をぱくぱくさせ、立ち止ってしまった。
「琴音、座ろう」
「……あたし、どうしよう」
琴音はぽろぽろと涙を流した。目が溶けて落ちてしまうんじゃないかと思ってしまうくらい、真っ赤に潤んでいる。
私は琴音の手を握りしめて、そっと告げる。
「あっくんに相談してみたら? あっくんだったら、ちゃんと話も聞いてくれると思うよ」
「嫌われたら怖いよ」
「どうしてそう思うの?」
「赤ちゃん出来ちゃったあたしが悪いんだもん」
あたしが悪いんだもん。
その言葉に、私は衝撃を受けた。
琴音は、この歳で子どもを身ごもることが悪いことだと思っているのだ。私はその言葉に否定も肯定もできず、ただ静かに下唇をかみしめる。
私の母は、十八で私を産んだ。
やはり母も、私を身ごもったとき「自分が悪い」と思ったのだろうか。子どもなんて欲しくなかったと、思ったのだろうか。だとしたら、母が私にしていた虐待は、行われるべくして行われていたことになる。
胸の奥がぎゅっと鷲掴みにされたような錯覚を覚えて、私は思考を強引に追い出した。
「コンドームって百パーセント避妊できるわけじゃないって聞いたことがあるの。琴音のせいじゃない、きっと、二人の問題なんだと思うよ」
「あっくんに相談してもいいのかな」
「いいと思うよ」
むしろ、ほかに誰に相談すればいいのか名案が浮かばない。
このまま妊娠を隠して何事もなかったかのように生活するわけにはいかないし、結局は誰かを頼らなければならないのだ。問題はその相手だが、両親に言う前に彼氏に告げるべきだろう。
私なら――たぶん、そうする。
「うん、あたし、あっくんに相談してみる」
琴音は大きく頷いて、ぐっと顔をあげた。
決意を固めたためか涙は止まり、ぐしゃぐしゃの目をハンカチでぬぐうと、少し躊躇いがちな笑みを浮かべた。
「ねぇ、愛花。あっくんに会う前に、その、産婦人科行こうかなって思うの。ついてきてくれない……?」
「いいよ。あっくんと一緒じゃなくていいの?」
「うん。何週間目とか、あっくんにちゃんと赤ちゃんのこと説明したいから」
私たちは昼過ぎに学校を早退して産婦人科に行くことを決めると、教室に戻った。
琴音は午前中、落ち込んだように静かだったが、もう泣きはしなかった。むしろ気丈に微笑み、体育の時間には自分で「体調がすぐれないので見学します!」と体育教師に告げていた。
一時間目の授業の長さが嘘のように、あっという間に半日が終えた。
二人で琴音の自宅へ保険証と診察券を取りに行き、その足で市立の大学病院へと向かう。初診受付の時間が過ぎていたので手続きに少し戸惑ったけれど、ほかの科を受診したことがあったので、なんとか産婦人科を受診することが出来そうだ。
産婦人科は、二階でエレベータを降りてすぐ右手にあった。
診察待ちの長椅子に座ってから、ようやく制服で来たことを後悔しはじめた。ちらほらと私たちを伺うような視線が、居た堪れない。
「……ごめんね、付き合ってもらっちゃって」
居心地の悪さを琴音も感じていたのだろう。こっそりと謝ってきたので、私は「全然いいよ」と明るく答えた。
この大学病院は内科や眼科は混むと聞いていたけれど、産婦人科はとても空いていた。呼び出しは番号で行われ、電光掲示板に自分の番号がついたら、診察室へ入る仕組みになっている。琴音の番号が電光掲示板にぱっとついたのは、問診票を書き終えて二十分ほどが経過したころだった。
琴音と一緒に、私も一緒に診察室へ入った。
「えっ」
琴音が驚いた顔をして、足を止める。
「どうしたの?」
「お、男の人なんだね」
琴音の動揺の理由がわかった。
診察室に居たのは、二十代後半ほどの歳をした、まだ若い青年医師だったのだ。確かに恋人以外の異性にお腹を触られたり膣を見られたりするのは、あまりよい感覚ではない。
琴音は診察室の入り口で口をぱくぱくさせ、立ち止ってしまった。
「琴音、座ろう」
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