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しおりを挟むパパンに膨れたエコバックには、二日分の食材と少しの日用品が入っている。
私はその重さにふらつきながら、自宅のマンションにたどり着いた。合鍵でドアを開け、蒸し暑い玄関に向かって「ただいまー」と告げる。
玄関の奥、リビングから「おかえり」という軽やかな男の声が帰ってきて、私はにっこり微笑んだ。
リビングに顔を覗かせれば、ソファに座ってテレビを見ている年配の男がいた。私を養子として迎えてくれた義父であり、かけがえのない家族である。
名前を、牧瀬伸二さんという。
私は義父のことを、伸二さんと呼んでいた。
伸二さんに配偶者はなく、私には義母がいない。このマンションで伸二さんと二人暮らしをしているのだ。
もともと伸二さんは私がいた孤児院に、週末ボランティアとして来ていた。週末になると孤児院の子どもを預かり、自宅に泊めることで家族というものを体験させる――という、ボランティアである。
私は伸二さんの家に泊まるのが大好きだった。小学校で孤児だということを理由にいじめにあっていた私の唯一の楽しみであり、「週末のお泊り」という喜びがあったからこそ、生き続けることが出来たといえる。
大げさかもしれないが、幼いころに父が他界し、母から虐待を受けて育った私にとって、生きることそのものが辛く厳しかったのだ。
私は伸二さんが大好きで、何度も繰り返し伸二さんの自宅に泊まった。そのうちに養子縁組の話が来て、現在に至っている。
私は高校二年生になった。
伸二さんと本当の親子になって、十年近くが経っている。
「暑かっただろ? 買い物ご苦労さま。言ってくれたら車出したのに」
伸二さんは短い髪を掻き上げながら、苦笑を浮かべた。私は軽く首を横に振り、ダイニングキッチンへ向かう。
「お姉ちゃんと会った帰りに、ついでに済ませただけだから」
「どうだった? 久しぶりに楽しかったかい」
「うん」
少し口ごもり、けれどもそっと口をひらく。
「あのね、お姉ちゃん結婚するんだって」
伸二さんが大きく目を見張り、振り返った。伸二さんのきょとりとした目がちょっと可愛く見えて、にやけそうになる口元を引き締める。
伸二さんは今年五十二になるが、歳のわりに見目がとても若かった。特別に整った容姿というわけではないが、人を惹きつけるものをもっていると私は思う。
「……玲奈くんが? へぇ、そっか。もうそんな歳か。たしか、今年で二十歳――」
「二十二歳だよ」
「二十二か。結婚には少し若い気がするが、最近の子は進んでるからなぁ」
「ふふ、なんかオジサンくさいセリフ」
「……どうせ歳だよ、僕は」
少しふてくされてみせた伸二さんは、ふと、思い出したように口をひらいた。
「式に着ていく服を買わないとね。結婚式はいつ頃だい?」
「式はしないんだって。入籍だけで済ませるみたい」
「……そうか。それは、まぁ、個人の自由だから、僕がどうこう言うわけにはいかないけど。でも残念だよ、玲奈くんの花嫁衣裳姿が見れると思ったのに」
肩を竦めて見せる伸二さんに、私は「そうだね」と頷いた。
お姉ちゃんは美人だから、きっと花嫁衣裳もよく似合っただろう。そう思うと伸二さんの言葉と同じく、私も残念でならない。
偽装結婚であることは、伸二さんには内緒にしておくことにした。
伸二さんはお姉ちゃんがレズビアンであることを知らないし、私が勝手に告げていいことでもないだろう。
「でも、そうか。ううーん」
「どうしたの?」
「愛花は結婚なんてまだしないよね?」
伸二さんの言葉に、私は目を見張った。
「私? 私まだ十六歳だよ」
「身体は充分大人だと思うけど」
とっさに胸を隠すように抑えた。私のおっぱいはFカップある。身体だけやたらと早く成長したようで、腰の括れや臀部のむっちり感など、お姉ちゃん曰く「AⅤ女優みたい」だそうだ。
道ですれ違う人たちが私の身体を見て、「すげぇ」だの「うっほ」だと言われるのも、日常茶飯である。
「……伸二さんのえっち」
えろっちい身体はステータスにもなるが、好きでもない男まで寄ってくるので、私は「ほどほどにエロい」身体が欲しいなどという贅沢な望みをもっていた。
伸二さんが、苦笑を浮かべる。
「……二年くらい前に、十六歳になったら結婚するって言い張ってたじゃないか」
痛いところをつかれて、私はうっと唸った。
今から二年前、中学三年生のころ。私は交際していた相手に熱をあげて、十六歳になったら結婚すると豪語していた。相手が社会人だったこともあり、経済的にも精神的にも大人な相手にめろめろだったのだ。
けれど、結局浮気されて捨てられ、私は泣きわめいて伸二さんやお姉ちゃんを大変困らせた。
忘れたい過去を思い出してしまい、私は冷や汗をかきながら買ってきた食材を冷蔵庫へしまっていく。
「そ、そんなこともあったけど。私は伸二さんとずっと一緒にいるから、結婚なんてしないの」
「それはそれで心配だよ」
やれやれと言うように言われて、私は頬を真っ赤にした。たしかにずっと伸二さんに扶養してもらうわけにはいかない。いつか自立して働くようになると、ちゃんと結婚して伸二さんを安心させてあげたい。
次こそ――次こそ、ちゃんと愛を育める人に出会おう、と私はこっそり誓った。
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