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しおりを挟む「あたし、ビアンなの」
蝉の声がうるさい日中の喫茶店で、お姉ちゃんが言った。
からん、とミルクティの氷が音をたてて崩れ、私はぱちぱちと目を瞬く。
「……知ってるよ?」
姉は同性愛主義だ。そんなこと、一緒に孤児院にいた頃から承知のこと。
どうして今頃同性愛主義だという話を持ち出すのか。
私は身体を机に乗り出して、お姉ちゃんに顔を近づけた。
真紅のキャミソールに薄手の白い七分袖上着を羽織ったお姉ちゃんは、にっこりと優雅ともいえる余裕ある笑みを浮かべた。
「もしかして、みっちゃんと喧嘩でもしたの?」
「してないわよ。まぁ、軽い口喧嘩ならいつもしてるけど」
みっちゃん――美津子さんはお姉ちゃんの彼女だ。お姉ちゃんは高校卒業後に就職し、現在は二十二歳。二十歳のころに美津子さんと知り合い、それから二年間に及ぶ交際を続けている。
仲睦まじい二人を見るのは好きだった。男女の恋愛のように性に結びつくいやらしい雰囲気はなく、どこかふわふわとした優しさに包まれていたからだ。
私はほっとして、乗り出した身体をもとに戻した。
「じゃあ、どうしたの?」
「実は、結婚しようと思って」
「結婚!?」
とっさに同性愛結婚の出来る国を思い浮かべる。フランスに、スウェーゼンに、アルゼンチンに――。
とにかく、日本では無理だ。
お姉ちゃん、海外に行っちゃうんだ。お姉ちゃんとは血の繋がりはないけれど、数少ない大切な家族である。離ればなれになるのは寂しい。
そう思うと胸のなかがもやもやとして、喜ばしいことなのにしょんぼりしてしまった。
だから、次にお姉ちゃんが言った言葉は本当に不意打ちだった。
「相手は高校のころOBだった先輩なんだけど、この前ばったりバーで会ってね。昔からすっごいモテてたけど、成長してもっとカッコよくなってたわ」
「……え?」
ぽかんと呟けば、お姉ちゃんは苦笑した。
「みっちゃんと結婚するんじゃないの?」
「何言ってるのよ、同性じゃ結婚できないでしょ」
諭されるように告げられて、私は、「う、うん」と戸惑いがちに頷いた。
「……じゃあ、みっちゃんと別れちゃうの?」
「馬鹿ね、別れるわけないじゃない。私は美津子一筋だもの」
益々持って意味がわからない。
疑問符を頭に浮かべる私に、お姉ちゃんは悪戯を考えついた子どものようににんまりと微笑み、唇に人差し指を当てて「しー」と呟いた。
「実はね、偽装結婚なの」
*
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