古書屋を営む私と、変人作家探偵 ―抜刀島連続殺人事件―

如月あこ

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第五章 真犯人

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「そう言うからには、理由があるんだろうな?」

 シノザキ刑事が、一通り文句をいったあと、先生に問うた。苛立たしげな口調だが、文句を言いきって満足したのか、怒りは感じられない。最初から理由を問えばよいのにと思うけれど、文句から入る辺りのも、シノザキ刑事の素直さなのだろう。
 先生は軽くため息をついて、玄関ドアを施錠した。
 エントランスに立ちっぱなしだった私たちは、誰にともなく、先ほどまでいた広間へ歩き始める。

「ああ、その前に。食堂へ寄っても構わないか」

 先生が、さも今思いついたと言わんばかりに、顔をあげて言った。私には先生のその言動が、たった今閃いたものではなく、いつ言おうかタイミングを伺っていたことに気づいた。
 きっと先生には先生の考えがあるのだろう。私は、素知らぬふりをして、わかったと頷いた。

「ちっ、作家先生の推理ショーは、ディナーショーも兼ねてんのか?」
「そう怒るな。わかりやすい証拠が、食堂にある。それを見てもらい、私の考えを認めてもらおうと思う」

 先生は、先頭に立って食堂のほうへ向きを変えた。その後ろをシノザキ刑事が憤然と追いかけ、さらに、私とゼンヤが続く。

「顔色が悪いようだが、無理はするな」

 ゼンヤは、眉をひそめて私を見ていた。こんな状況だというのに、他者に心配されている自分が情けなくて、無理やり笑みを返した。

「大丈夫です。ゼンヤさんこそ、大丈夫ですか。先生があんな不安になるようなことを言ってしまって、申し訳なく思います」
「あと一人死ぬというやつか。あの探偵が言うのだから、根拠があるのだろう。下手に隠されるよりいい。……だが、こうも緊張が続くと、さすがに疲れるな」

 ゼンヤの苦笑に、同じように笑い返した。

「それにしても、最初に見たときは破天荒な人間だと思ったが、なかなかもって、出来た人間だ」

 ゼンヤの呟きに、え、と私は首を傾げる。

「きみの同行者だ。あの作家先生は、素行も言動もおかしな部分が目立つが、なぜか信用できる」

 私は驚いた。先生と知り合って四年経つが、先生を「信用できる」と評価した人間を、はじめてみたのだ。大体の人間は、先生の口の悪さにぎょっとして、最後には剣呑な雰囲気になって去っていくばかりだったので、信用どうこう以前の問題なのかもしれないが。

「……そうですか。先生をそんなふうに言う人は滅多にいないので、驚いています」
「本当か? ピンチに強い性格をしているのだろうか。頼りがいがあるように見えるぞ」

 そう言われれば、孤島へ来てから、先生は何に対しても動じず、言いたいことを言って、やりたいことをやっている。だからといって他者を危険にさらすような真似はしていないし、協調性が必要な部分は、しっかりと抑えていた。
 はたから見ると、ブレないうえに堂々とした先生の態度は、安心できるのかもしれない。
 いつもならば、変人奇人を最後まで押し通し、他者と関わることを極端に避けている先生が、今は皆の先頭に立って歩いているのだ。
 そのことが妙に、引っかかった。
 まるで――最初から予定していた、シナリオにそって動いているかのようだ。
 私はまた、酷く危険な考えをしようとしていることに気づいて、強引に思考を振り払った。そんな私は、ゼンヤにどう映ったのだろう。ゼンヤが奇妙な顔をしたのが見えたが、取り繕う余裕はなかった。
 私は、自分の考えを否定するのに精一杯だったのだ。
 食堂に入ると、先生は入り口のドアを大きく開いたまま全員を部屋にいれて、シノザキ刑事に、「そこの椅子を取ってくれ」と頼んだ。
 先生は、その椅子でドアを閉じないように固定した。

「また何か秘密があんのか」
「施錠部分に細工がある。昨日はなかったものだ。おそらく、一度閉めると内側からはひらかない仕組みだろう」

 先生に言われてドアを見れば、ドアノブと連動して動く鉄のでっぱり部分に、細いワイヤーが括り付けてあるのが見えた。

「なんだそりゃ?」
「このドアはひらくと自動で閉まる、よくあるタイプのドアだ。それなりに勢いがつくので、閉まると同時にワイヤーが奥へ押し込まれる。ここを見ろ、ドアノブと連動して動く、この部分の形状が扇型だろう? 押し込まれたワイヤーは潰されて、ドアががっちりと固定される仕組みになっている」
「すまん、まったくわかんねぇ。とにかく、一度閉まると開かないってことだな」
「その通りだ」

 先生はしっかりとドアが固定されたのを確認すると、中央のテーブルへ歩み寄り、ゆっくりとテーブルの周りを歩いた。
 自然と先生を目で追う私たちは、その場で立ち尽くしたままだ。
 昨日つまんだ夕食は、乾いた状態でまだそこにあった。ネームプレートも、メインディッシュも、椅子も、家具の一つ、装飾品の末端まで見ても、昨日と何一つ変わらない。

「長いテーブルに、椅子が七脚。……そして、ネームプレートも七つ」

 ふいに。
 先生は、「探偵どの」と書いてあるネームプレートの前を通り過ぎる際、微かに笑った。だがそれはほんの一瞬で、気づいたのは私だけだろう。
 テーブルを一周した先生は、腰に右手を当てて、気だるげにため息をついた。

「犯人の目的は、やはり、私が考えている通りのようだ」

 先生の一言に、私は首を傾げた。

「先生、犯人はここにいる人たちを殺すこと、それが目的、なんですよね?」
「いいや。犯人は最初から、殺す人物と生きて返す人物を分けている。そして犯人の予定ではあとひとり、おそらく今夜死ぬことになっているはずだ」
「だから、それは誰なんだって、聞いてんだろっ!」

 憤然と腕を組んで声を荒げるシノザキ刑事に、先生はふんと鼻をならした。

「そう急ぐな。名前だけ言っても、理由を聞いてくるのだろう? ならば、理由から説明してやろう」

 先生は、テーブルに戻ると、ある人物のネームプレートが置いてある椅子に手をかけた。あいにくと、私たちがいる場所からは反対側になっているため、ネームプレートが見えない。あそこは、誰の席だったか。
 先生は、手早く自分の上着を、背もたれの内側にかけた。
 すると、なんということか。
 椅子の背もたれから、等間隔に並んだ銀色の針が、一斉に突き出てきたのだ。もし座っていたら、背中に針が刺さることになっただろう。
 これが、昨日先生が言っていたトリックなのだろうか。

「子ども騙しじゃねぇか。確かにちくっとはするだろうが、そんな細い針がいくつも飛び出たところで、人は死なねぇぞ」
「調べたわけではないが、針の先には毒が塗ってあるはずだ。この椅子へ座ったものを、確実に殺すために」
「……それも、何かの小説の模倣か?」

 青くなったシノザキ刑事の問いに、先生は「ああ」と頷いた。

「普通なら、指定された場所に座りはしない。怪しすぎるからだ。だが、もしドアが開かなくなり、ここが密室になれば、被害者になる相手が椅子に座るかもしれない」
「おい、そりゃ、確率的にどうなんだ。低すぎねぇか?」
「そう。犯人は、そういったあやふやなトリックを、いくつも仕掛けているんだ」

 私は、先生の言わんとしていることを理解するのに、時間がかかった。

「あの、先生。いくつも仕掛けてあるのなら、すでに引っかかっていてもおかしくないですよね? その席のひと」
「それはない。すべて私が先回りをして、防いできた。その、ドアのように」

 私は何気なくドアを振り返ろうとして、先生の言わんとしていることに気づいた。手足が冷たくなる。小さく震えが起きて、さっと冷たいものが全身を覆う。
 皆が、テーブルを回り込んで、その椅子に座るはずだった人物の名を、確認した。
 そこには。
 カタカナで、『リンキコナツ様』と書いてあった。
 先生が、犯罪のトリックを未然に防ぐことで誰かを守ってきたのだとしたら、誰よりも傍にいた私以外にはいないだろう。
 最後に狙われるのは、私だったのだ。
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