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第四章
一、
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長いようで短かった京都旅行兼取材は、本当に楽しかった。
麻野は、東京駅で新幹線を下りると、新居崎へ何度もお礼を言った。別段やましいことはないはずなのに、なんとなく、ホームから時間差で駅を出たのは、なぜだろう。
麻野は、携帯電話で静子へ連絡をして、今から向かうことを告げる。
今朝方、大江山付近のビジネスホテルで起きたとき。携帯電話に、すさまじい量の着信とメールが届いていた。どうやら昨夜、疲れていた麻野は一言「帰宅明日になった」とだけ連絡を入れて、そのあとに来ていた静子の返事を無視してしまっていたらしい。
静子は、東京駅の東改札口を出た辺りで、壁に寄りかかるようにして麻野を待っていた。麻野を見つけて駆け寄ってくる静子の表情は、険しい。
「ただいま、しーちゃん」
「おかえり。……で、何があったのよ。あんたが、新幹線をキャンセルもせずに京都でもう一泊したことには、理由があるんでしょう?」
眉を吊り上げた静子に、麻野は肩をすくめた。
じわじわと伝わってくる怒りに気圧されつつも、お土産の八つ橋を渡し、とりあえず、ここから近い場所にある静子が暮らしているマンションへ行くことにした。
最初こそ、新居崎へ画策した静子を、さすがにやりすぎだと叱咤するつもりだった麻野だが、静子へ心配をかけてしまったこともあり、なんとなく、その件については切り出しにくい。
静子は、マンション暮らしだ。
結構よい値段がするだろうに、静子は当たり前のように賃貸している。
セキュリティを三つほど通過して、やっと自由に廊下を歩き回れるようになるマンションの二階に、静子が借りている部屋はある。ファミリー向けらしく、一人暮らしには不向きな広さだ。
ダイニングキッチンで静子がお茶を入れるのを、麻野はリビングの食卓にちょこんとついて、じっと見つめた。
静子はさっきから、ほとんど話さない。
京都旅行中、嬉々として連絡を入れてきた彼女だから、てっきり「何があったのうふふー」とか言って、質問攻めにしてくると思っていたのに。
やがて、目の前に座った静子は、静かに息を吐きだした。
差し出されたお茶は、緑茶だ。外では洋風な茶を飲む静子だが、家ではもっぱら日本茶を好む。
「……うまくいったの?」
「え?」
「とぼけないで。新居崎准教授とよ。さらに一泊だなんて、私が思っていたよりヤツ軽い男だったんじゃないの? 私が仕組んでおいてあれだけど、いいように騙されてない?」
「先生は、そんな人じゃないよ!」
思わず強い口調で言ってしまってから、慌てて口をつぐんだ。静子は、やや驚いた表情をしているが、すぐに真顔になる。
「あんた、人がいいから。騙されてても、わからないじゃない」
「そんなことない、少なくとも先生はそんな人じゃないからっ。沢山助けてくれたの、本当に、沢山。先生がいてくれて、すっごく楽しい旅行になったんだよ。だから」
麻野は、観念したように、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。先生を騙したのはよくないけど、私のことを考えてくれたんでしょ? しーちゃんのおかげで凄く楽しく過ごせたの」
「……そう」
静子は、何かを言いたそうに口をひらいたが、すぐに閉じて。結局、麻野が買ってきた八つ橋を開けることにしたらしい。
麻野は、東京駅で新幹線を下りると、新居崎へ何度もお礼を言った。別段やましいことはないはずなのに、なんとなく、ホームから時間差で駅を出たのは、なぜだろう。
麻野は、携帯電話で静子へ連絡をして、今から向かうことを告げる。
今朝方、大江山付近のビジネスホテルで起きたとき。携帯電話に、すさまじい量の着信とメールが届いていた。どうやら昨夜、疲れていた麻野は一言「帰宅明日になった」とだけ連絡を入れて、そのあとに来ていた静子の返事を無視してしまっていたらしい。
静子は、東京駅の東改札口を出た辺りで、壁に寄りかかるようにして麻野を待っていた。麻野を見つけて駆け寄ってくる静子の表情は、険しい。
「ただいま、しーちゃん」
「おかえり。……で、何があったのよ。あんたが、新幹線をキャンセルもせずに京都でもう一泊したことには、理由があるんでしょう?」
眉を吊り上げた静子に、麻野は肩をすくめた。
じわじわと伝わってくる怒りに気圧されつつも、お土産の八つ橋を渡し、とりあえず、ここから近い場所にある静子が暮らしているマンションへ行くことにした。
最初こそ、新居崎へ画策した静子を、さすがにやりすぎだと叱咤するつもりだった麻野だが、静子へ心配をかけてしまったこともあり、なんとなく、その件については切り出しにくい。
静子は、マンション暮らしだ。
結構よい値段がするだろうに、静子は当たり前のように賃貸している。
セキュリティを三つほど通過して、やっと自由に廊下を歩き回れるようになるマンションの二階に、静子が借りている部屋はある。ファミリー向けらしく、一人暮らしには不向きな広さだ。
ダイニングキッチンで静子がお茶を入れるのを、麻野はリビングの食卓にちょこんとついて、じっと見つめた。
静子はさっきから、ほとんど話さない。
京都旅行中、嬉々として連絡を入れてきた彼女だから、てっきり「何があったのうふふー」とか言って、質問攻めにしてくると思っていたのに。
やがて、目の前に座った静子は、静かに息を吐きだした。
差し出されたお茶は、緑茶だ。外では洋風な茶を飲む静子だが、家ではもっぱら日本茶を好む。
「……うまくいったの?」
「え?」
「とぼけないで。新居崎准教授とよ。さらに一泊だなんて、私が思っていたよりヤツ軽い男だったんじゃないの? 私が仕組んでおいてあれだけど、いいように騙されてない?」
「先生は、そんな人じゃないよ!」
思わず強い口調で言ってしまってから、慌てて口をつぐんだ。静子は、やや驚いた表情をしているが、すぐに真顔になる。
「あんた、人がいいから。騙されてても、わからないじゃない」
「そんなことない、少なくとも先生はそんな人じゃないからっ。沢山助けてくれたの、本当に、沢山。先生がいてくれて、すっごく楽しい旅行になったんだよ。だから」
麻野は、観念したように、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。先生を騙したのはよくないけど、私のことを考えてくれたんでしょ? しーちゃんのおかげで凄く楽しく過ごせたの」
「……そう」
静子は、何かを言いたそうに口をひらいたが、すぐに閉じて。結局、麻野が買ってきた八つ橋を開けることにしたらしい。
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