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第三章

十六、

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 麻野にとって、酒呑童子はとてつもなく大切な存在だ。
 その酒呑童子のことについて、聞き出そうとするこの女に、麻野は決して屈しない。
 酒呑童子の姿が目の前の女と重なる。雰囲気が、よく似ていた。
 けれど、彼の笑みはもっと柔らかい。
「さぁ、答えなさい、マノ」
 威圧が増して、吐き気がこみ上げてくる。
 喉の奥で、ひゅっ、と奇妙な音がなった。
「あなたを殺したら、彼はここへ帰ってくるかしら」
 女の手が、麻野の首へ伸びた。つつ、の指先で撫でたあと、優しく冷たい手つきで首の脈をとんとんと長い爪でつつく。
「言うの? 死ぬの?」
「――い」
 麻野の声はかすれていた。
 女は、首をかしげる。麻野は、一度ぎゅっと唇を噛んでから、叫んだ。
「言わないし、死なない!」
 麻野は、今度こそ、はっきりと告げた。
 女が目を見張り、麻野を見下ろす。彼女の爪の先が麻野の首筋に食い込んだ、そのとき。
「麻野!」
 女の背後。
 生い茂る木々を掻き分けて、新居崎が現れた。いつもばっちり整えている髪は乱れ、衣類のあちこちは枝にひっかけて破れている。右手にはバッテリーつきの携帯電話をもっていた。
 麻野の姿を見るなり、新居崎はほっと表情をゆがめた。泣きそうな、悔しそうな、嬉しそうな、見ていて心が切なくなる表情だった。
「あら、ここで救世主とか、タイミングが良すぎるんじゃ……え?」
 呟いたのは、女だった。
 女は麻野を離すと、新居崎のほうへ歩み寄り、新居崎の顔を食い入るように見つめた。新居崎は女を見て、安定の、眉間にしわを寄せる。
「麻野に何をした。……貴様、麻野へ何をっ」
「先生っ、まって!」
 咄嗟に女の着物をつかんだ新居崎の手を、女が叩いた。予想外の力だったのか、新居崎は斜め後方に倒れ込む。麻野は足を踏ん張って、新居崎の傍へ駆け寄って、新居崎をかばうように覆いかぶさった。
 それから、女を見上げる。
「先生に、触らないで」
「……なぁんだ、そういうことなのね」
 女は一人で納得すると、深いため息をついた。そして、がしがしと長い髪ごと頭をかくと、吐き捨てるように言う。
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