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第三章

五、

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「どうした、トラブルか」
 ひょい、と許可も取らずにパソコンを覗き込んでくる新居崎は、画面を見て、目を瞬いた。
「ほう、明日は自由か」
 確かに今日の取材は楽しくなかったが、精一杯やったつもりだ。神田教授は、その成果をおおむねよしとしたのだから、何も落ち込むことはない。
 なのに、明日の取材はいいと言われたことが、なんだか悲しかった。
 しゅん、と俯く麻野の背後から伸びてきた手が、マウスを触る。麻野が添付した資料をひらいて、新居崎は黙ってそれを閲覧した。
「……民俗学とやらはよくわからんが、悪くはないな。これ以上の掘り下げは、神田教授が行うべきだ。別の観点からも考えなければならないだろうから、この辺りで止めるのも無難だろう。神田教授の指示は間違っていないように思えるが」
「そ、そうですよね!」
「きみは、完全主義者か。それとも自分肯定水準が高いのか」
「よくわからないですが……明日の自由時間を、楽しむことにします」
「ああ、そうしろ」
 新居崎はさっさと座椅子に戻っていく。
 その姿を、さりげなく横眼で眺めた。相変わらず、浴衣姿が格好いい。というか、昨日より新居崎の見目が恰好よくなっている気がする。
 なんでだろう、と首を傾げつつ、パソコンの電源を落とした。
 新居崎が言ったように、明日の自由時間は、神田教授の指示なのだ。神田教授は、おっとりしているようで厳しい人でもある。不可なものには、はっきりと不可という人だ。おおむね可ということは、言葉のまま、受け取ってよいのだろう。
「せっかくだし、観光しよう」
 取材は、もう終わり。
 あと一日、麻野は京都観光を全力で楽しもう。
 パソコンを片すと、箪笥から浴衣を取り出して、内風呂の脱衣所へ向かった。ジャージから浴衣に着替える。動きにくいが、なんだか旅館という感じがしてよい。
 脱いだジャージを畳んで、箪笥の傍に置いておいた旅行鞄につっこんだ。
 この鞄は、明日自宅へ発送しておこう。財布と携帯、チケットや電子カードがあれば、十分帰れる。
 座椅子に戻ると、ぽかんとした顔で新居崎が麻野を見ていた。
「……先生?」
「いや。……そうか、浴衣か」
「はい?」
「なんでもない、きみは危機感がないのだなと改めて思っただけだ」
「昨日の話ですか? 大丈夫です、私は先生にとって論外ですし」
 大丈夫、と言っておいて、なんだか胸がちくりとする。そんな自分に気づかないふりをして、新居崎へ微笑んだ。彼もまた、なんとも言えない表情をしている。
「……先生は、明日はどこへ行くんですか?」
「清水寺へ行っておこうと思ったが、キャンセルだ。今日も金閣寺を見ておこうと思ったんだかな、途中でやめた。つまるところ、未定だ。きみは?」
「ううーん、迷ってます。個人的に好みの伝承を辿ってもいいし、寺社仏閣を転々としてもいいし。……あ」
 麻野は、ぱっと携帯電話を取り出して、この取材旅行の前に行こうと決めたが諦めた場所を、ネット検索した。だが、やはりというか、ここからだと電車で片道二時間以上はかかる。
 やっぱり遠いかぁ、と胸中でため息をついた。
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