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第二章

七、

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 カメラを構えて、ぱしゃぱしゃと麻野は京都御苑を撮影していく。
 御苑に足を踏み入れた場所から、正面に真っ直ぐ伸びた砂利道は、暖かな陽気のせいか、どこかふんわりとした雰囲気を醸している。雅さを感じることはほとんどなく、むしろ、森林公園のように落ち着く。マイナスイオンが充満しているのかもしれない。
 広すぎる砂利道の左右に並ぶ、剪定されすぎない自然のままの美しさを保った木々が、心を和ませてくれる。砂利道に沿って続く、御所の壁のうえからも木々が飛び出るようにそびえ、どこを見ても、立派な大木が視界に入るのだ。
「果てがないな」
 ぽつりと、辟易した声が聞こえて、カメラを下した。
 シャツの裾をぱたぱたと動かす新居崎が、ぼうっと砂利道の先を見据えていた。
「無駄に広いんだな、御所は。初めて来たが、正直、興味がもてない」
「ここは御苑ですよ。御所は、さらに中心部です。あ、大丈夫です。今回は御所まで行く予定ではないので」
 顔をしかめていた新居崎は、ややほっとした顔をした。どうも暑さに弱いらしい彼は、一体京都でどうやって骨休めをする予定だったのだろう。だが、今の麻野は、新居崎の余暇の過ごしに対する心配よりも、目の前に広がる京都御苑が優先だ。
「こっちの壁は、石垣のうえに建ててありますね。この区画は、ひと際、壁が高くなってるんですよ。そうだ、どの壁も綺麗なのには理由があるんです。知ってますか?」
「興味がない」
「ほら、見てください。外壁の手前に、小さな堀がありますよね。これが……あっ」
 堀に流れる流水を見ようと、近づいたとき。すれ違った観光客の肩がぶつかって、麻野の身体が堀のほうへ傾ぐ。
「麻野っ!」
 新居崎が、はっと顔をあげたかと思うと、麻野の手をつかんだ。目が合う。どうやら、倒れると思った麻野を、助けてくれようとしたらしい。……だが。
 倒れかけたのは事実だが、体幹のよい麻野は踏みとどまることが出来ていた。一方、新居崎は麻野の腕を引いた反動で、なぜか砂利で滑り、そのまま体が堀へ向かう。
 とん、と地面を蹴った新居崎は、堀には落ちなかった。だが、堀をまたいで、壁の手前にある段差へ足を置いてしまう。
 その瞬間、大音響でブザーが鳴り響いた。
『皆の文化財です、大切にしましょう』
 アナウンスが流れて、通り過ぎる人々の視線が新居崎に集中した。
「……」
 新居崎は、無言でひょいと砂利道に戻ると、麻野の腕を引いてものすごい勢いでその場から離れた。途中で、ブザーを聞きつけてやってきた警備の男性に。
「大丈夫やで、よくあるんや。仲ええなぁ」
 などと声をかけられてしまい、それに続くように「また鳴らしてる人おるわぁ」「あるある、わざとやないんはわかるんやけど目立つよなぁ」などと、ベンチでゆったりくつろぐ京都府民らしき人々の、苦笑が届く。
「――壁が綺麗なのは、以前に落書きが頻発したからなんです。今はセンサーがついていて、堀を跨いだり身体を近づけると、ブザーがなるんですよ」
「……帰る」
「え?」
「東京へ帰る」
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