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第二章

四、

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「パワハラじゃないですかっ。いいです、私一人で行きますから。先生は、ゆっくり休暇を満喫してください」
「結構だ。この状態で休暇を満喫できるか、ばかめ。とっととやることをやって、自由に過ごす」
「え、ええー」
 麻野は、しゅんと俯く。
 新居崎への申し訳のない気持ちと、自分を信用してくれていない神田教授への悔しさ、それになぜか加担している静子への恨めしさ、そういったもので心の中がごちゃごちゃになる。
「おい」
「はい?」
 顔をあげると、眉間に深いしわを寄せた新居崎がいた。渋い顔をしているが、今は、少しだけ種類が違う。この渋い顔は、何を表しているのだろう。この皴が消えるときはあるのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えた麻野は、ふと、新居崎の向こう側、ガラス窓を隔てた先に、京都で有名な和菓子屋を見つけた。
「あまり気を落とすな。きみは利用され――」
「ああああっ、あそこっ、あそこ行きたいっ」
 身を乗り出してガラスに顔を近づける。両手で新居崎の太ももへ手をついて体重をかけたので、新居崎が心から嫌悪したように顔をしかめた。
「先生、あそこっ」
「うるさいっ!」
 片腕一本で、元の位置に強制的に戻される。麻野が触れた膝を、ぱしぱしと手で払ったりもしていた。酷い。
「娯楽は、仕事が終わってからだ。いいか、無償だからと言ってボランティアのノリでやるな。楽しむことは大事だろうが、教授の学会への発表を担っているんだ」
「勿論です、全力で頑張ります」
 大きく頷くと、なぜか新居崎はまたため息をつく。
 ため息と眉間の皴は、新居崎を彩るに欠かせない日常なのかもしれない。
 やがてタクシーは指定した場所で止まり、近くのコインロッカーへ荷物を押し込めると、待たせておいたタクシーに戻った。なぜか、手ぶらである新居崎もコインロッカーまでついてきて、麻野が荷物を片付けると、大きく頷いたのが腑に落ちない。麻野だって、コインロッカーくらい使えるのだ。
 タクシーは、新居崎が指定した二つ目の目的地「御所」へ向かった。
「まったく、神田教授も無理なことをする。このメモは、ざっくりすぎる。きみの取材をもとに重要点を絞り込み、改めて取材にくるのだろうが、研究テーマは知っているのか?」
「ふ、ふふふっ」
「……なんだ」
「ずばり、妖怪ですっ!」
 びし、と恰好つけてグッドと手を突き出した瞬間に、叩き落とされた。やはり酷い。
「くだらん、妖怪など存在するわけがない」
「妖怪はいますよ、存在するんです!」
「数々の不可解な現象は、昔ならば怪異と呼ばれるたぐいだっただろう。だが、現在ではどれもこれも、自然科学で証明できるものばかりだ。物理学が専門の私でもわかる」
 心の底から小ばかにしたように、言われて、麻野は唇を尖らせた。途端に、不細工な顔をするなと言われ、間を置かずに、もともとだったな、などと言われる始末だ。
 麻野は、一度深呼吸をして、改めて口をひらいた。
「実際のところ、神田教授は民俗学のプロですし、もともと民俗学として様々な研究をされてきました。此度は、妖怪を信仰するという日本独自のプロセス、つまり、郷土信仰を掘り下げようとされているんです。妖怪ブームが到来している現在、需要も高く、とくに京都における妖怪話は数が多い。私が今回調べるべきテーマ、つまり重要視する点は、妖怪及び怨霊について、です」
 ちら、と新居崎を見ると、微かに目を見張っている。何も言い返してこないので、麻野はほっと胸中で息をついて、話を続けた。
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