27 / 106
第二章
三、
しおりを挟む
「どこまででしょ?」
「あ、えっと。まずは」
「四条河原町の、ここまで。この近くにコインロッカーがあれば、そこへ行ってほしい」
いつの間に取り出したのか、新居崎が旅館の住所を携帯電話に映して、運転手に見せた。運転手は「わかりました」と軽快な返事をする。
「まずは荷物を置く。それから移動する。いいか、否定と拒絶は認めない。言ったとおりにしろ」
「わかりました」
確かに新居崎が決定したやり方のほうが、効率がいいだろう。大きく頷いた麻野に、新居崎は片眉をあげた。
「随分と素直だな」
「えへへ」
「嫌味だ、馬鹿め」
心底嫌そうな顔をする新居崎だが、なんだかもう、慣れつつあった。麻野は意外に順応性が高いのだ。
「先生は、今日はどこへ行かれるんですか?」
「きみと同じところを回る」
「え、タクシー代がうくから??」
「子守り代を考えれば、まったくもって足りん。いいか、麻野。私ときみが同じ行動をするように、田中静子が仕向けたんだ。そして、この旅館の宿泊費は神田教授が出すという。つまり、神田教授も田中静子とグルだということだ」
「えっと、つまり?」
「高級旅館の宿泊費をだす、それだけの価値がきみの取材にあると神田教授は確信しているんだ。ぺーぺーのきみに、だ。果たしてそれはなぜか。私が一緒だからだ」
首を傾げた麻野に、新居崎はやっとシャツのぱたぱたを辞めて、じろりと睨んでくる。
「ここで私がきみを放り出したら、神田教授から私への心象が暴落する。表向きはよき関係を築いてきたのに、だ。きみが思っている以上に神田教授の力は大きい。それは学部が違うとかそういう問題ではなく、大学の運営を担う者としてということだ」
麻野は、新居崎の言った言葉を頭の中で組み立てていく。最後、笑顔で麻野を送り出した神田教授と静子の腹黒い笑みが重なって見えたところで、はっと顔をあげた。
「先生の人の好さにつけこんで、私と行動するように教授が仕向けたってことですかっ?」
「そう言っているだろう」
静子から神田教授へ、麻野と新居崎が一緒にいると情報がいっているとする。というか、二人で今回の旅行計画をたてていたのだから、麻野と新居崎が二人で行動するよう仕向けたに違いない。
ということは。神田教授が忙しくてやむを得ず、麻野へ取材依頼をしていることを、新居崎が知ることになる――というところまで、画策されているはず。
なのに、麻野が一人で四苦八苦のちに、単身取材を終えて帰路に就いたとしよう。神田教授は、「なぜ苦労している学生がいると知っていて、見過ごしたのです?」とやんわり新居崎に問うはずだ。
もちろん、新居崎は休暇中だし、取材につきあう義理はない。麻野も単身で取材を行うつもりだ。だが、大学内での教員関係や、人としてもモラルなどという面倒なものも加わると、「休暇中だから」などという言い訳は通用しない。新居崎が神田教授の「休暇中なので関係ありません」と告げたところで、神田教授は表面上は引き下がるだろうが、その後、教員同士の関係に壊滅的な打撃を与えることになるだろう。
つまり、これは無言の圧力に他ならない。
「あ、えっと。まずは」
「四条河原町の、ここまで。この近くにコインロッカーがあれば、そこへ行ってほしい」
いつの間に取り出したのか、新居崎が旅館の住所を携帯電話に映して、運転手に見せた。運転手は「わかりました」と軽快な返事をする。
「まずは荷物を置く。それから移動する。いいか、否定と拒絶は認めない。言ったとおりにしろ」
「わかりました」
確かに新居崎が決定したやり方のほうが、効率がいいだろう。大きく頷いた麻野に、新居崎は片眉をあげた。
「随分と素直だな」
「えへへ」
「嫌味だ、馬鹿め」
心底嫌そうな顔をする新居崎だが、なんだかもう、慣れつつあった。麻野は意外に順応性が高いのだ。
「先生は、今日はどこへ行かれるんですか?」
「きみと同じところを回る」
「え、タクシー代がうくから??」
「子守り代を考えれば、まったくもって足りん。いいか、麻野。私ときみが同じ行動をするように、田中静子が仕向けたんだ。そして、この旅館の宿泊費は神田教授が出すという。つまり、神田教授も田中静子とグルだということだ」
「えっと、つまり?」
「高級旅館の宿泊費をだす、それだけの価値がきみの取材にあると神田教授は確信しているんだ。ぺーぺーのきみに、だ。果たしてそれはなぜか。私が一緒だからだ」
首を傾げた麻野に、新居崎はやっとシャツのぱたぱたを辞めて、じろりと睨んでくる。
「ここで私がきみを放り出したら、神田教授から私への心象が暴落する。表向きはよき関係を築いてきたのに、だ。きみが思っている以上に神田教授の力は大きい。それは学部が違うとかそういう問題ではなく、大学の運営を担う者としてということだ」
麻野は、新居崎の言った言葉を頭の中で組み立てていく。最後、笑顔で麻野を送り出した神田教授と静子の腹黒い笑みが重なって見えたところで、はっと顔をあげた。
「先生の人の好さにつけこんで、私と行動するように教授が仕向けたってことですかっ?」
「そう言っているだろう」
静子から神田教授へ、麻野と新居崎が一緒にいると情報がいっているとする。というか、二人で今回の旅行計画をたてていたのだから、麻野と新居崎が二人で行動するよう仕向けたに違いない。
ということは。神田教授が忙しくてやむを得ず、麻野へ取材依頼をしていることを、新居崎が知ることになる――というところまで、画策されているはず。
なのに、麻野が一人で四苦八苦のちに、単身取材を終えて帰路に就いたとしよう。神田教授は、「なぜ苦労している学生がいると知っていて、見過ごしたのです?」とやんわり新居崎に問うはずだ。
もちろん、新居崎は休暇中だし、取材につきあう義理はない。麻野も単身で取材を行うつもりだ。だが、大学内での教員関係や、人としてもモラルなどという面倒なものも加わると、「休暇中だから」などという言い訳は通用しない。新居崎が神田教授の「休暇中なので関係ありません」と告げたところで、神田教授は表面上は引き下がるだろうが、その後、教員同士の関係に壊滅的な打撃を与えることになるだろう。
つまり、これは無言の圧力に他ならない。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?
ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」
ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。
それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。
傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる