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第二章

三、

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「どこまででしょ?」
「あ、えっと。まずは」
「四条河原町の、ここまで。この近くにコインロッカーがあれば、そこへ行ってほしい」
 いつの間に取り出したのか、新居崎が旅館の住所を携帯電話に映して、運転手に見せた。運転手は「わかりました」と軽快な返事をする。
「まずは荷物を置く。それから移動する。いいか、否定と拒絶は認めない。言ったとおりにしろ」
「わかりました」
 確かに新居崎が決定したやり方のほうが、効率がいいだろう。大きく頷いた麻野に、新居崎は片眉をあげた。
「随分と素直だな」
「えへへ」
「嫌味だ、馬鹿め」
 心底嫌そうな顔をする新居崎だが、なんだかもう、慣れつつあった。麻野は意外に順応性が高いのだ。
「先生は、今日はどこへ行かれるんですか?」
「きみと同じところを回る」
「え、タクシー代がうくから??」
「子守り代を考えれば、まったくもって足りん。いいか、麻野。私ときみが同じ行動をするように、田中静子が仕向けたんだ。そして、この旅館の宿泊費は神田教授が出すという。つまり、神田教授も田中静子とグルだということだ」
「えっと、つまり?」
「高級旅館の宿泊費をだす、それだけの価値がきみの取材にあると神田教授は確信しているんだ。ぺーぺーのきみに、だ。果たしてそれはなぜか。私が一緒だからだ」
 首を傾げた麻野に、新居崎はやっとシャツのぱたぱたを辞めて、じろりと睨んでくる。
「ここで私がきみを放り出したら、神田教授から私への心象が暴落する。表向きはよき関係を築いてきたのに、だ。きみが思っている以上に神田教授の力は大きい。それは学部が違うとかそういう問題ではなく、大学の運営を担う者としてということだ」
 麻野は、新居崎の言った言葉を頭の中で組み立てていく。最後、笑顔で麻野を送り出した神田教授と静子の腹黒い笑みが重なって見えたところで、はっと顔をあげた。
「先生の人の好さにつけこんで、私と行動するように教授が仕向けたってことですかっ?」
「そう言っているだろう」
 静子から神田教授へ、麻野と新居崎が一緒にいると情報がいっているとする。というか、二人で今回の旅行計画をたてていたのだから、麻野と新居崎が二人で行動するよう仕向けたに違いない。
 ということは。神田教授が忙しくてやむを得ず、麻野へ取材依頼をしていることを、新居崎が知ることになる――というところまで、画策されているはず。
 なのに、麻野が一人で四苦八苦のちに、単身取材を終えて帰路に就いたとしよう。神田教授は、「なぜ苦労している学生がいると知っていて、見過ごしたのです?」とやんわり新居崎に問うはずだ。
 もちろん、新居崎は休暇中だし、取材につきあう義理はない。麻野も単身で取材を行うつもりだ。だが、大学内での教員関係や、人としてもモラルなどという面倒なものも加わると、「休暇中だから」などという言い訳は通用しない。新居崎が神田教授の「休暇中なので関係ありません」と告げたところで、神田教授は表面上は引き下がるだろうが、その後、教員同士の関係に壊滅的な打撃を与えることになるだろう。
 つまり、これは無言の圧力に他ならない。
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