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第一章

十六、

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「妖怪がいるとかいないとか、それぞれ好きに考えればいいし。麻野が実証したいっていうんなら、その証明とやらを見てあげる。遠慮なく、不自然な点は突っ込むから」
 もういい、と言いながらも、なぜもういいと言ったのか、その理由を律儀に説明してくれるあたりに、彼女の優しさが現れている。えへへ、と笑う麻野を見た静子は「ネジ緩んでるわよ」と遠慮のない一言をくれた。
「やっぱり、しーちゃんと話してると楽しいよ。もっと校舎が近かったらよかったのにね」
「そうねぇ。ま、仕方がないわ。文系と理系の違いでしょ。麻野はどう見ても文系肌だし。勉強したいって言ってた民俗学について、学べてる? 神田教授のところよね」
「うん! すごいんだよ、神田教授。博識なんだ」
「……だから、教授なんじゃないの。こっちの学部まで、噂は流れてきてるわ。独身貴族のイケオジで、女生徒から大人気なんですって?」
 ぶはっ、と麻野はりんごジュースを吹き出す寸前で顔をあげた。神田教授は、御年五十六歳。確かに見た目は若くて紳士的だが、五十六歳だ。独身貴族と静子は言ったが、離婚歴があるため、結婚していた時期もある。
 思えば、神田教授の講義は、女生徒が多い気がする。神田教授の授業は要点をまとめてあり、わかりやすい内容として人気あるため、生徒が集まってくるのだと思っていたけれど。どうやら、静子の話を聞く限り、それだけが理由ではないようだ。
「そうなんだ。たしかに、格好いいよね。あんな人がお父さんだったら、自慢できるのになぁって思うよ」
「あら、歳の差も燃えるじゃない。麻野には神田教授くらい包容力のある人が似あうと思うけど?」
 静子が、にんまりと笑う。こういう悪い顔で笑うときは、たいてい何かを企んでいるときだ。麻野はあえて触れずに、視線を逸らすことで話を終わらせようとした。
 そのとき、ふいに、黄色い声があがり、辺りを見回す。静子の斜め後ろに見える渡り廊下を、女生徒をわらわらと連れた新居崎が颯爽と歩いていた。
 爽やかな笑みで、取り巻きのような女生徒たちへ何かを話している。黄色い声をあげたのは、カフェテラスにいる周囲の女生徒たちだった。新居崎の姿を見ただけなのに、まるでアイドルにでも遭遇したかのように色めき立っている。
「まぁ、新居崎准教授の人気に比べたら、神田教授は劣るけどね。講義のわかりやすさ、生徒への丁寧な指導は勿論。あの見た目だし。笑顔もふわふわで、なんだか優しそうよね。彼女を大事にしそう」
 褒める静子だが、言葉とは裏腹に心底興味なさげだ。静子には決まった恋人がいるらしく、他への興味が極限まで薄れているのだろう。
 恋人に関して、麻野は詳しく知らない。いつか紹介するわ、とじらされ続けているため、最近では、本当に恋人がいるのか怪しんでいたりする。
 それにしても、と麻野は新居崎を見た。
 爽やかすぎる。まるでコマーシャルに出てくる俳優のような笑顔。何かを説明しているようだが、口の動きは左程ないため、どちらかというと口数は少ないのだろうと察することができた。
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