11 / 106
第一章
十一
しおりを挟む
「時計で、切ったんですね。ああ、痛そう。動きますか? ぐっぱ、ぐっぱ、できます?」
「……馬鹿にしているのか」
「してませんよ、骨折してたらどうするんですかっ」
「骨折していても、動くときは動く」
「えっ」
「いい加減、離せ」
引き抜くように、露骨に腕を引き寄せた男は、また修羅のような顔で麻野を見た。そして、足元に転がる時計を見て、ますます、整った眉を吊り上げる。
「貴様は、ありえないことをした」
「踏んでしまって、ごめんなさい」
「まず一つ目。私が至福としている音読の時間を邪魔した」
え、と麻野は首をかしげる。音読、という言葉と、地面に転がった小説を見て、もしかしてさっき聞こえた声なのか音なのかわからない妖怪じみた音は、この男の音読する声だったのかと納得した。
納得したが、なぜここで、とか、音読をする意味がわからない、とか、色々な疑問は残ったが、それを問える立場でないことくらいは、わかる。
「二つ目。この私を、妖怪扱いした。甚だしく、不愉快だ。生まれて一度として、私は、妖怪などと言われたことはない!」
「初体験ですね!」
「黙れっ!」
声を荒げた男は、眉間に手を当てると、深く息を吐きだした。自分で落ち着こうと努めているらしい。
「三つ目、私の大事な時計を、貴様の汚い足で踏みつけて破壊した。この時計が何か、わかっているのか」
麻野は壊れた時計を見た。
「……奥さんから貰った時計とか」
「独身だ。それに、そういった気持ちの問題を言っているのではない。この時計そのものの価値を言っている。……わからないといった顔をしているな。これは、有名イギリスブランドの限定モデルだ。生まれてはじめて購入した、三桁の買い物だぞ」
「え、百均」
「万で三桁だ!」
「ま……万? 万! え、じゃあ、それって、百万以上するって、こと」
「やっとわかったか。鳥頭め」
「ひいいいいっ、生き返って――っ!」
両手で時計を救い上げるように手を取ると、手に取った傍から、ばらばらとガラスが落ちて、針が落ちた。
あんぐり口をひらく麻野は、両手で時計を持ったまま固まる。これはもう、生き返らない。だって、針ないもん。心の中で、麻野は絶望する。
「ご、ご、ごめんなさい。弁償、しなきゃ」
「ほう、できるのか」
「……バイトをはじめます」
男は、これ以上ないほどに深いため息をついた。頭が痛いというように、首をふる。
「……馬鹿にしているのか」
「してませんよ、骨折してたらどうするんですかっ」
「骨折していても、動くときは動く」
「えっ」
「いい加減、離せ」
引き抜くように、露骨に腕を引き寄せた男は、また修羅のような顔で麻野を見た。そして、足元に転がる時計を見て、ますます、整った眉を吊り上げる。
「貴様は、ありえないことをした」
「踏んでしまって、ごめんなさい」
「まず一つ目。私が至福としている音読の時間を邪魔した」
え、と麻野は首をかしげる。音読、という言葉と、地面に転がった小説を見て、もしかしてさっき聞こえた声なのか音なのかわからない妖怪じみた音は、この男の音読する声だったのかと納得した。
納得したが、なぜここで、とか、音読をする意味がわからない、とか、色々な疑問は残ったが、それを問える立場でないことくらいは、わかる。
「二つ目。この私を、妖怪扱いした。甚だしく、不愉快だ。生まれて一度として、私は、妖怪などと言われたことはない!」
「初体験ですね!」
「黙れっ!」
声を荒げた男は、眉間に手を当てると、深く息を吐きだした。自分で落ち着こうと努めているらしい。
「三つ目、私の大事な時計を、貴様の汚い足で踏みつけて破壊した。この時計が何か、わかっているのか」
麻野は壊れた時計を見た。
「……奥さんから貰った時計とか」
「独身だ。それに、そういった気持ちの問題を言っているのではない。この時計そのものの価値を言っている。……わからないといった顔をしているな。これは、有名イギリスブランドの限定モデルだ。生まれてはじめて購入した、三桁の買い物だぞ」
「え、百均」
「万で三桁だ!」
「ま……万? 万! え、じゃあ、それって、百万以上するって、こと」
「やっとわかったか。鳥頭め」
「ひいいいいっ、生き返って――っ!」
両手で時計を救い上げるように手を取ると、手に取った傍から、ばらばらとガラスが落ちて、針が落ちた。
あんぐり口をひらく麻野は、両手で時計を持ったまま固まる。これはもう、生き返らない。だって、針ないもん。心の中で、麻野は絶望する。
「ご、ご、ごめんなさい。弁償、しなきゃ」
「ほう、できるのか」
「……バイトをはじめます」
男は、これ以上ないほどに深いため息をついた。頭が痛いというように、首をふる。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
形だけの妻ですので
hana
恋愛
結婚半年で夫のワルツは堂々と不倫をした。
相手は伯爵令嬢のアリアナ。
栗色の長い髪が印象的な、しかし狡猾そうな女性だった。
形だけの妻である私は黙認を強制されるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる