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第一章

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 とはいえ、転んだ先に、突き出た枝や蔦がなくて、本当によかった。身体に穴をあけた状態で、静子に会いにいくのは憚られる。
 大木にキスをするような状態で停止していた麻野は、うーんと唸った。
――近道作戦、失敗かなぁ
 胸中でため息をついて、ゆっくりと起き上がる。全速力で走ってきたために、さすがに息が切れつつあった。
「……あれ?」
 地面に手をついて起き上がろうとしたところで、手がくしゃりとした白いなにかに触れた。綺麗に折りたたまれたソレを手に取って広げれば、なんと、白衣だ。
――なんで、白衣?
 首を傾げる前に、視界の端で森林にはない紺色が見えた。ビシッと固まる麻野は、荒い呼吸を無理やり押し込めて、息をひそめる。
 白衣があった。しかも綺麗に折り畳んであるやつだ。
 そして、視界に映った紺色。ほとんど無意識に視線を向けると――そこには、紺色のスーツに身を包んだ男が、手首を押さえて蹲っていた。
「ひいいいいいいいっ、ようかいいいいいっ」
 前言撤回。
 本当に驚いたときは、やはり、声が出るものらしい。
 麻野は大木に背中をこすりつけるまで下がり、さっと辺りを確認する。四方はどこも雑草や木々でふさがっており、逃げ場はない。なぜかこの辺り一帯だけぽっかりと空いており、まるで秘密基地のようだ。
 俯く男の周辺には、スナック菓子の袋に、宇治茶入りと記載されたお茶のペットボトル、読みかけのまま放り出したとみられる文庫本。
 男が座り込んでいる場所は、ついさっき、麻野が着地した地点だ。一
 もしかして、と麻野は血の気が引くのを感じた。
「き、貴様」
 男が、幽霊の悲鳴をあげて逃げるだろう、低い声音でつぶやいた。ひっ、と悲鳴をあげる間野を見て、男はかっと目を見開いた。
「ふざけるなあああああっ!」
「ぎゃああああ、ごめんなさいいいい」
 わかっている。
 麻野が、男の腕を踏んだのだ。
 だって、飛び降りたとき、ぐにゃりとしたし。なかなかの勢いだったし。けれど、こんなところに人がいるなんて思わないではないか。
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