9 / 106
第一章
九
しおりを挟む
とはいえ、転んだ先に、突き出た枝や蔦がなくて、本当によかった。身体に穴をあけた状態で、静子に会いにいくのは憚られる。
大木にキスをするような状態で停止していた麻野は、うーんと唸った。
――近道作戦、失敗かなぁ
胸中でため息をついて、ゆっくりと起き上がる。全速力で走ってきたために、さすがに息が切れつつあった。
「……あれ?」
地面に手をついて起き上がろうとしたところで、手がくしゃりとした白いなにかに触れた。綺麗に折りたたまれたソレを手に取って広げれば、なんと、白衣だ。
――なんで、白衣?
首を傾げる前に、視界の端で森林にはない紺色が見えた。ビシッと固まる麻野は、荒い呼吸を無理やり押し込めて、息をひそめる。
白衣があった。しかも綺麗に折り畳んであるやつだ。
そして、視界に映った紺色。ほとんど無意識に視線を向けると――そこには、紺色のスーツに身を包んだ男が、手首を押さえて蹲っていた。
「ひいいいいいいいっ、ようかいいいいいっ」
前言撤回。
本当に驚いたときは、やはり、声が出るものらしい。
麻野は大木に背中をこすりつけるまで下がり、さっと辺りを確認する。四方はどこも雑草や木々でふさがっており、逃げ場はない。なぜかこの辺り一帯だけぽっかりと空いており、まるで秘密基地のようだ。
俯く男の周辺には、スナック菓子の袋に、宇治茶入りと記載されたお茶のペットボトル、読みかけのまま放り出したとみられる文庫本。
男が座り込んでいる場所は、ついさっき、麻野が着地した地点だ。一
もしかして、と麻野は血の気が引くのを感じた。
「き、貴様」
男が、幽霊の悲鳴をあげて逃げるだろう、低い声音でつぶやいた。ひっ、と悲鳴をあげる間野を見て、男はかっと目を見開いた。
「ふざけるなあああああっ!」
「ぎゃああああ、ごめんなさいいいい」
わかっている。
麻野が、男の腕を踏んだのだ。
だって、飛び降りたとき、ぐにゃりとしたし。なかなかの勢いだったし。けれど、こんなところに人がいるなんて思わないではないか。
大木にキスをするような状態で停止していた麻野は、うーんと唸った。
――近道作戦、失敗かなぁ
胸中でため息をついて、ゆっくりと起き上がる。全速力で走ってきたために、さすがに息が切れつつあった。
「……あれ?」
地面に手をついて起き上がろうとしたところで、手がくしゃりとした白いなにかに触れた。綺麗に折りたたまれたソレを手に取って広げれば、なんと、白衣だ。
――なんで、白衣?
首を傾げる前に、視界の端で森林にはない紺色が見えた。ビシッと固まる麻野は、荒い呼吸を無理やり押し込めて、息をひそめる。
白衣があった。しかも綺麗に折り畳んであるやつだ。
そして、視界に映った紺色。ほとんど無意識に視線を向けると――そこには、紺色のスーツに身を包んだ男が、手首を押さえて蹲っていた。
「ひいいいいいいいっ、ようかいいいいいっ」
前言撤回。
本当に驚いたときは、やはり、声が出るものらしい。
麻野は大木に背中をこすりつけるまで下がり、さっと辺りを確認する。四方はどこも雑草や木々でふさがっており、逃げ場はない。なぜかこの辺り一帯だけぽっかりと空いており、まるで秘密基地のようだ。
俯く男の周辺には、スナック菓子の袋に、宇治茶入りと記載されたお茶のペットボトル、読みかけのまま放り出したとみられる文庫本。
男が座り込んでいる場所は、ついさっき、麻野が着地した地点だ。一
もしかして、と麻野は血の気が引くのを感じた。
「き、貴様」
男が、幽霊の悲鳴をあげて逃げるだろう、低い声音でつぶやいた。ひっ、と悲鳴をあげる間野を見て、男はかっと目を見開いた。
「ふざけるなあああああっ!」
「ぎゃああああ、ごめんなさいいいい」
わかっている。
麻野が、男の腕を踏んだのだ。
だって、飛び降りたとき、ぐにゃりとしたし。なかなかの勢いだったし。けれど、こんなところに人がいるなんて思わないではないか。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?
ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」
ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。
それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。
傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる